第34話 囚われてた
夜、真白は目が覚めてしまった。しばらく寝返りを打つが、眠れそうにない。仕方ない。書斎から本を借りようと思い、部屋を出る。真っ暗な部屋から廊下に出たことによって、廊下にある照明の明るさに顔をしかめた。
──りゅか?
りゅかが廊下の突き当たりにある角を曲がったのを見て、真白は後を追う。
──こんな時間に何をしているのだろう?
真白は気になって、りゅかの後を黙って追いかける。またすぐに左に曲がるりゅか。それを真白はついていく。
「真白、どうしたの?」
角を曲がったところで、りゅかが立っていた。真白は驚いて思わず叫ぶ。
「きゃっ……ビックリした。トイレ行こうって思ってて……」
真白はつい嘘をついてしまった。りゅかはいつも通りにこにこしたまま。
「トイレはあっちだよ」
そう言いながら、りゅかは真白の左手首を掴むと、歩きだそうとして立ち止まった。
「ねぇ、僕に何か聞きたいことがあるんじゃないの?」
りゅかの声が低くなる。
「えっ何のこと?」
真白はにこにこ誤魔化す。だがそれはりゅかがよくやる手口である。
「笑っても僕は誤魔化せないよ」
本家?であるりゅかがにこにこ笑う。仕方ない観念しよう。りゅかはきっと違うだろうから。
「ねぇ、魔術を勉強していて思ったんだけどね」
真白は話し始めた。それをうんと相槌をうち、真剣な眼差しで見つめるりゅか。
「奥美を襲ったのって魔術師なんじゃないかと思うの」
見慣れぬ術、服装をしていたとは聞いていた。だが、魔術の考え方を聞いて納得した。呪文一つで何人もの人間を殺せる力なのだ。巫女の力は元々は防御や医療に優れている力。ならば、自然をコントロールする魔術は攻撃に特化しているのではないだろうか。真白がごくりと飲み込む。
「なんだ。そのことか」
りゅかがため息をついた。
「なんだって……」
真白からしたら大事なことなのだ。何より、りゅかを信じている。それに自分のことよりも両親や兄の気持ちが真白にとっては大事だ。
真白は、りゅかはどう思う?と聞いた。
「そうだよ。奥美を襲ったのは魔術師達だよ。でも僕が、その魔術師達と繋がっているって言ったらどうするの?奥美の龍の巫女、真白様」
りゅかは再び真顔に戻っていた。前方に立つりゅか。後ろを見て、今さら気付いた。行き止まりだったのだ。更に真白の左手はりゅかによって握られている
「真白って不用心すぎない?行き止まりに追い詰められた挙げ句、利き手は僕に握られている。護身用の小刀もドレスじゃ忍ばせられないかな」
真白の目が見開く。りゅかの顔を凝視した。
「僕も魔術師、僕が来てから二年後に奥美は魔術師達に滅ぼされた。残ったのは真白と武黒。出来すぎた話だと思わない?」
そんなはずと真白は声にならない声で言う。
「更に真白も巫女ならわかるよね?あの魔術師達ではなく、僕が真白をここに連れてきたことくらい」
真白はりゅかを真剣な目で見つめることしかできなかった。そう、真白はずっと、この世界の狭間という場所に連れてこられた理由がわからないままだった。何が目的なのか一向に話してくれなかったりゅか。それでも、りゅかは真白に対していつも優しくしてくれるし、ポピーとも仲良くなれた。これは、りゅかがいつか話してくれるだろうと呑気に構えていたツケなのだろうか?ここに立つりゅかの表情はいつもと違った。
──この人は誰?
まるで別人のようだ。左手を握るりゅかの手がひんやりと感じてしまう。
離したくても、離れたくても、捕らえられたまま離れられない。絡みとられてしまったのだ。
彼が自分に対して初めて向けた敵意。
──動いて、動け自分。
沈黙が流れる。だが、真白の頭の中には警告が鳴り響いている。なぜ動かないのだ。自分の体。逃げろとこんなにも伝えているのに。
りゅかは真白の反応を嘲笑った。
「そして今、魔術師の屋敷にいる。僕と魔女さん……ウィザードが二人。ポピーも魔術師。敵の城に一人でいるんだよ。もう少し自分の立場を考えながら発言したほうがいいと思うんだけどなぁ」
真白は今目の前に立っている人がりゅかだと思いたくなかった。きっと悪い夢なのではないか。まだ自分はベッドで寝ているんだ。りゅかはいつだって真白の味方だったではないか。なのになぜ?
──りゅかの考えていること、ちっともわからないよ。
真白の頭の中はとっくに容量を越えていた。鼻がツーンとするのだけがわかった。なぜ? という気持ちが溢れていく。真白は目に涙が溜まっていくのを感じた。
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