第13話 密かな決意

 月佳姫を部屋まで送るといい、武黒は月佳姫とともに渡り廊下を歩いていた。


 しかし二人は無言だ。月佳姫は何やら考え込んでいて心ここにあらずと言った様子で歩いている。

──私だけなら魔女のもとへ行けますが……。

 りゅかになついてしまっている真白、そしてりゅかと魔女を相手に勝算が思い付かない。武黒もあの世界へ行く方法はないものか。巫女でも術者でもない武黒が叶う相手ではないのかもしれない。それでも何か策をと考える月佳姫の顔は険しいものだった。普段のにこにこした月佳姫しか知らぬ者ならきっと、今の顔を見て驚いてしまうかもしれない。


 庭の池に写る三日月が吹いた風によって波立つ。

──もうすぐ春なのに夜は冷えますね。

 遅咲きの梅の木をみた。薄紅色の花を満開に咲かせる庭の木。風が渡り廊下を歩く二人に、梅の良い香りを届けてくれた。梅の香りに表情を緩め立ち止まった月佳姫。武黒もそれに気付き立ち止まる。


 再び歩きだそうとした月佳姫に声をかけた。

「なぁ、師匠って何者なんだ?」

 先ほどまで無言で月佳姫を見守っていた武黒がまっすぐ彼女を見つめる。

「今さらですか?」

 月佳姫はいつものにこにこした顔に戻る。

「今さらって、お前らが教えてくれなかったんだろうが」

 幽霊ではあるが力をもった術者としか武黒は聞いていなかった。実際に奥美の地が襲われた時に助けてくれた命の恩人なのだが、武黒には幽霊など視えない。彼がご先祖なのか、生前誰だったのか。どこから来たのかすらわからないままだった。

「告げたら、お子ちゃま武黒が怪しむからですよ」

 ほほほと笑う月佳姫。

「お子ちゃまって何だよ」

 武黒がにらむと月佳姫はにやりとした。

「聞きたいですか? 城の者から、また武黒がやんちゃしたって沢山の報告が届いてますよ」

 報告書の巻物をどこからともなく出した月佳姫。いつも持ち歩いているんじゃないのかと武黒は思う。

「どっから出したんだよ。それより師匠のこと聞かせろ」

 せっかくのネタ帳がとよよと嘘泣きする月佳姫。

「人の悪事をネタにすんじゃねぇ」

 武黒が怒鳴ると仕方なくネタ帳? を懐にしまった。

「自覚はあったのですね」

 月佳姫の言葉にぐうの音も出ない武黒を見て、今日はこの辺にしてやろうと思った。


 月佳姫が咳払いをする。武黒も真剣な顔に戻る。


「りゅか様もまた、西の諸国の魔術師でした。それも姫巫女のように称号ある高位の魔術師」


 武黒が息をのむ。 


「おい待てよ、なぜ母上はそんな者を招いた? 師匠に真白を守らせた?」


 そう、りゅかの魂を呼んだのは今は亡きこの兄妹の母。龍として産まれた真白を守るために招かれた幽霊ではあるが、力をもった術者だと武黒は聞いていた。

「はい、実際にご母堂様の願い通り武黒と真白を守ってくださいました」

 月佳姫は武黒の母からの遺言によってことの顛末てんまつを知ってしまった。


「言える範囲で構わない。母上は何を願ったんだ?」


 武黒は混乱する頭を整理するため、質問を投げた。母上の願いによって呼ばれた西の諸国の魔術師、その後奥美を壊滅状態にしたのも西の諸国の魔術師達。

──母上と師匠と西の諸国の魔術師達になんの関係があるんだ。


 無関係だとは思えない。


「ご母堂様は兄妹だけでも助けてほしいと願ったのです。いずれ起こる悲劇を予知し、出来る限りのことをしたのです。せめて子ども達だけでもと願ったのでしょう」

 月佳姫も奥美の悲劇が起こった後、二人の母上の想いを知ったのだった。しかし、心配そうな武黒の顔が彼女の視界に入る。

「さぁ、寝ましょう」

 月佳姫は明るく声をかけた。武黒は彼女の表情をみてあきらめた。彼女はこれ以上話すつもりはないのだろう。何を言ってもはぐらかされることを長い付き合いで知っているため、武黒は大人しく自室に戻ろうと踵を返す。しかし、何か思い付いたように足を止めた。


「なぁ、西の諸国の連中が狙ったのって龍の力なんだろ。西の諸国についてはわからなくても、凰龍に限らず、龍についてならこの城にも文献残ってんじゃねぇか」


 月佳姫は目を見開いた。盲点だったのだ。今まで西の諸国やら魔術師、奥美にばかり目がいっていた。

「武黒じゃないみたいですね」

 月佳姫はそういう割には嬉しそうだった。

「あぁっ!?俺は武黒だ。もう寝るぞ」

 武黒はそう言うと自身の部屋に向かおうと歩きだした。 


「おやすみなさい。武黒」


 月佳姫は自室の戸に手をかけたまま、声をかける。武黒はぶっきらぼうにおうとだけ返事をして廊下に消えていった。

──ご母堂様が覚悟の上とはいえ……真白を死なせることはいたしません。絶対に。

 月佳姫は自室の扉を開いた。

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