第68話 Blanket Toss#3

少し経つと、アマリリスの機嫌はすっかり直っていた。


ヘリアンサスとファーベルと一緒になって、輪投げに似た山の民のゲームに興じているところへ、さっきの若者が、やや卑屈な調子で近づいてきた。

毛織りのセーターらしいものを差し出している。


「なぁに? プレゼント?」


「・・・景品、って言ってるみたいよ。

さっきのブラケットトスの。」


というと、あの拷問もゲームの一種だったのか。

当の本人には、どこをどういう基準で採点されたのかまるで分からないが、アマリリスはそこそこの順位につけたらしい。


「わー、すてき。」


広げてみると、セーターというよりも、毛織りのアノラックという雰囲気の衣だった。

少し手触りは荒いが、こうして持っているだけで、手がほかほか暖まってくるような厚みがある。

白と焦げ茶の毛糸で、様々な動物と、弓矢を持ってそれを追う人々が描かれている。

襟飾りは白テンの毛皮、裾の金色の縁取りはイタチの毛皮だろうか。


「すごーい、あったかそう。」


若者は更に何か言って、2、3度へこへことお辞儀をしていった。


「怖がらせてごめんね、って言ってた。」


「・・・ファーベル、山の民の言葉が分かるの?」


「ラフレシア語だよ、あれ。

ナマリで半分ぐらい分からないけど。」


「あ、そうなんだ。

別の外国語だねぇ、ほとんど。」


アマリリスの目には物珍しい衣服に、袖を通してみた。


「うゎ、あったかい。ってか、暑い。」


「ジャコウウシの毛織だね。

暖かかろう。それさえ着てれば、どんな酷寒の世界もへっちゃらだ。」


ビールを片手に赤い顔をしたクリプトメリアが、目を細めて言った。


「ジャコ、、牛?」


「トワトワトなどよりずっと寒冷な、年中雪と氷に閉ざされた土地に住む野牛だ。

春に抜け落ちた冬毛を集めて、そういう毛織物を作るのだよ。」


「えー、面白そう。

いいな、山の民。

あたしも山の民に生まれたかった。」


「まぁ、それはそれで難儀な生活だと思うがね。

この過酷な自然に一切を委ねて一生を送ると言うのは。


彼らの主要な獲物であるレインディアは、時に百万頭の群となってツンドラを埋め尽くすこともあれば、

その大群が果てしのない大地の海にかき消え、何年も、ただの一頭も姿を見せないこともある。

せっかく育てたジャコウウシを、オオカミや魔族に取られてしまうことも多い。

ひとたび吹雪に巻かれれば、氷の海でクレバスに落ちたら、命はない。

日常の至るところに死が転がっている。

暢気のんきに見えるが、彼らが生きるのはそういう生活だ。

我々のように、文明の庇護のもとで異界の片隅に暮らすのとは、ちがうよ。」


「そうか。。

でも、楽しそう。」


アマリリスも目を細め、河原の草地で踊る山の民を眺めた。

日が傾き、金色の光が差す中を、数人の山の民が舞っていた。

祈祷なのか劇なのか、シカの角を生やした飾り帽子の少女を、オオカミを模したらしい、いささか滑稽な衣装の若者が追いかけている、、

ようでもあり、二人とも好き勝手に両腕を広げてくるくる旋回しているだけのようにも見れる。

フクロウと、ヒグマと、何かの魚に扮した被り物の3人が、丁々発止の、それでいて長閑のどかな組手みたいなことを披露している。


彼らの手足が動き、長衣の袖や裾がはためくたび、金色の光の中に長い影の尾を作る。

光芒の中を、たくさんの小さな羽虫が飛んでいるのに気付いた。


季節は、早くも夏の終わりへと向かいつつあった。


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