第27話 クジャクヤママユの眼

「私を、どうするの・・・」


「そうだねえ

首から下はこいつらにやって、折角だから、おれはその綺麗な顔から頂こうか」


アマロックはまわりにいるオオカミたちをゆるりと指し示した。

何匹いるのかわからない。

たとえアマロック一人からでも、逃げられるはずがなかった。


「なに、心配しなくていい

痛い思いはさせないよ」


闇の中で、残酷に笑う顔が見えるようだった。


「脳が濁るからな」


周囲の獣たちが動く気配がした。

アマロックはこちらの恐怖を楽しんでいるのか、悠々とイチイの木の幹にもたれたままだ。


「私、、」


アマロックが、次の言葉を待っているのが分かる。

何も言わなければ殺される。直感はそう告げていた。


「死にたくない。死ぬのが、怖い。。。」


そんな命乞いで、魔族の気が変わるとも思えない。

が、アマロックはしばらく考え込んだ様子だった。


永遠にも思える一時。


「嘘。冗談だよ、じょーーだん。」


余りにも軽い調子の一言に、アマリリスは何も考えられなくなって、へなへなと座り込んだ。

少し遅れて怒りがこみあげてくる。


「ばか! ずる!! 変態!!!  冗談って、言っていいことと悪いことが」


「ごめんごめん、おれが悪かった。あんまり怯えるものだから。。」


アマロックは近付いて来て、アマリリスの上に屈み込んだ。

アマリリスはいきなりその首筋にしがみつき、大声で泣き出した。


安堵で号泣するアマリリスは知らない。

オオカミたちは見ていた。

彼女の背に回されたアマロックの両手が、ナイフのような長く鋭い爪を顕していることを。


魔族の備える多重表出型、変身の能力である。

ほぼ指と同じ長さの爪を生やしているせいで、異様に大きくなって見える手は、昆虫の外骨格を思わせる強靭な表皮によって手首まで覆われ、大型動物の骨も打ち砕く攻撃能力を有していた。


そして特徴的だったのは、その手の甲に、大きな金色の目が現れていたこと。

それは実際には一種の擬態で、クジャクヤママユのような、ある種の蝶の羽に描かれた眼の形の模様と同じく、本物そっくりではあったが、視力を有しているわけではない。


しかしその眼がもつ、どこまでも冷たく、酷薄な光は、泣き喚くアマリリスに苦笑いする、アマロックの本当の目よりも、彼の真実を語っていたのかもしれない。


同じ光を両目に宿したオオカミたちは、じっと二人を見つめていた。

白夜光に鈍く光る10本の刃は、そのままアマリリスを引き裂くかと思えたが、

彼女の体に触れる寸前、白くしなやかな人間の手の形に変わり、アマリリスの背をそっと包み込んだ。


「アマロック」


ひとしきり泣いて、静かになったアマリリスが呟いた。


「ん?」


どこまでも優しく、アマロックが聞き返す。


「おしっこ漏れちゃった、、」


アマロックは吹き出し、それから大声でげらげらと笑い出した。




アマロックに手を引かれ、茂みをかき分けて出ると、そこは実験所のすぐ裏手の台地の上だった。

魔の時間はようやく終わりになり、夏至前の短い、本当の夜のとばりが降りていた。

本来の明るさを取り戻した満月の明かりに、木々や浜がぼんやりと浮かび上がる中、

人間の建物の明かりは、何とも暖かく、神々しくすら見えた。


「ここまで来れば大丈夫だね?そこに下りる道があるから。」


「うん。。ありがとう。

アマロックは?来ないの?」


「今日はいいや。

ファーベルによろしく言っておいて。」


「わかった。」


「また、森に遊びにおいで。今度は、オオカミたちに紹介してあげるよ。」


アマロックはそう言って、すり傷のできたアマリリスの額にキスした。


「うん。ばいばい」


泣き腫らした顔のアマリリスはようやく少し元気になって、小さく手を振った。


踏み分け道を下って、実験所の裏口についた頃、頭上から長く尾を引く遠吠えが響き渡った。


振り仰ぐと、台地の上に、一頭のオオカミの影が浮かび上がって見えた。

それが、アマロックだった。

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