命の終わらせかた
ケーファー睦
第1話 お知らせが来ました
四月のある日、派遣の仕事を終えて自宅に帰宅したら、郵便受けに市役所からのお知らせが来ていた。窓付きの封筒で私の名前が書かれているのが確認できた。親展、と書かれていて「重要」「必ず本人が開封してください」との注意書きがある。きっと健康診断のおすすめの内容だろう。
封筒を持ったままエレベーターに乗り、3階で降りる。ただいまーというと、「おかえりー」という夫の声が自室から聞こえる。夫は自宅でシステムエンジニアをしている。
自宅に帰宅したら念入りに手を洗う。手洗いの時間は、桃太郎の歌を最後まで歌うことにしている。うがいもする。うがいの時間は、メリーさんのひつじを三回。新型のローズウイルスというのが流行しているらしい。毎日テレビや新聞でそのことを報道している。
さて夕食の支度をしなければならない。とりあえず市役所からの封筒は食卓の上に置いておいて、夕食の支度に取り掛かる。今日の夕飯は、「納豆ひき肉丼」と「きゅうりの浅漬け」それに「わかめ、豆腐、ネギの味噌汁」だ。まずきゅうりを野菜室から出して洗い、茎に近い部分をピーラーでむく。それから乱切りにして、瓶に詰め、浅漬けの素を入れて蓋をする。何回かゆすっておく。食事までには程よい味がしみる。次にネギ、豆腐、わかめを冷蔵庫から出して切り、鍋に湯を沸かす。沸いた湯にだしパックを入れて、沸騰したらすぐ取り出し、ネギとわかめを入れる。ここで味噌汁はおいておいて、納豆ひき肉丼に取り掛かる。
玉ねぎを一個みじん切りにする。サラダ油を熱してゆっくり炒め、次に豚のひき肉を入れて炒めていく。肉に良く火が通ったら臭みを消すナツメグを入れる。そして塩コショウして出来上がり。味噌汁も仕上げ、浅漬けも器に出す。
食卓に夫を呼んで食事にする。どんぶりにごはんをよそい、その上に先ほどのひき肉炒めを乗せ、さらに納豆を1パックぶん乗せれば納豆ひき肉丼の完成。夫はこれにすりごまをかけるのが好きだ。
ぼそぼそと、夫婦で、一日の出来事を話し合いながら、夕食を食べる。食後に夫が食器を洗ってくれる間、新聞を読もうと思ってふとテーブルを見ると先ほどの封筒があった。そうだった。開封すると書類が出てきた。
「謹啓 いつも市役所の業務にご協力賜り感謝申し上げます。さてこのお知らせは、皆様の『オワリ』のご希望をうかがうためにお送りしました。回答票にご記入の上、4月30日までに返送をお願いします」
そして回答票が同封されていた。それにはこんな項目があった。
「あなたは『オワリ』をいつごろにしたいですか?一つ選んでください
①いますぐ②60歳③70歳④75歳⑤80歳⑥85歳⑦90歳」
私はいったん書類から目を上げると、夫に聞いた。
「ねえ、こんな手紙、市役所から来たんだけど。オワリがなんとか」
「あ、侑子はもう五十五歳超えただろ?こないだ国会で決まったんだよな。五十五歳以上はさ、『オワリ法』に基づいて自分で自分の終末を決めるんだよ」
「え、そんな法律、いつ決まったの?」
夫がちょっと待って、と言って検索してくれたら、一か月ほど前のニュースに小さく「オワリ法 賛成多数で成立 即日施行」と記されていた。
夫は他人事のように「でもお金かかるしなあ」と言うので、何の話?と聞くと
「遅い年齢までオワリを伸ばすためにはさ、財産を沢山持っててさ、それを国に預ける必要があるんだよな。無理だよなあ10億円とかさ」
「え?どういう意味?」
夫が、市役所から来た書類に書いてあるはずだよというので書類に目を戻すと、
米粒より小さな字で、「ただし75歳以上を選択される場合はそれぞれに応じた財産を信託していただく必要があります」と書かれていて、その下に表があった。
それによると、75歳で2000万円、80歳3000万円、85歳5000万円、90歳1億円」となっている。
何かの間違いじゃないの?私は手に持った書類を何度も読み直していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます