第5話 かいとう編

 ――お夕飯どきのにぎやかな通り。空はすでに暗くなっていますが、いろいろな建物からあふれる光はやみを感じさせませんでした。

 その建物の列の中にまぎれてたっているコンビニから、いまひとりの青年が出てきました。青年はかばんを肩にかけ、ぱんぱんにふくれあがった大きなゴミ袋を持っています。

 青年は光に背を向け、建物同士のすきまにすべりこみました。そのままどんどんおく――暗い方へ、暗い方へ。

 やがて青年は立ち止まると、その場にゴミ袋を捨ておきました。どうやらそこはゴミ捨て場らしく、たくさんの袋が山になっています。

 すると青年はとつぜんそこで座りこみ、いま捨てたばかりのゴミ袋をあけはじめました。

 生ゴミをねらう黒ねこがなきごえをあげるなか、青年はいっしんふらんにゴミをあさり続けます。しばらくそうしていると、めあてのものを見つけたのでしょうか。口にちいさな笑みをのせて、中につっこんでいた手をひきました。その手のなかににぎられているのは……。


「こんばんは」

「わっ……!」


 とつぜんの声に、青年はおどろいてふり返ります。

 そこには見覚えのある少年が立っていました。くり色の髪の毛とひとみがいんしょう的な……。


「きのうはうちのタケルくんが、すいませんでした」

「……いえ」


 やはり、あのときの。青年はまゆをひそめました。何者かはわかりませんが、こんなところにいるなんて……ただの小学生ではなさそうです。

 少年はかわいらしい笑顔をうかべて、青年としせんを合わせるように自分もしゃがみこみました。それからポケットをごそごそしだしたかと思うと、なかから一枚のシールが……なんだこれ。


「今日はおわびがしたくて……じつはきのう、けっきょくシールつきのやつを買ったんですよ。見てください、キラキラがあたったんです! よかったら、これ……」

「けっこうです」


 なんだこいつ。なんのはなしをしてるんだ、いったい。


「あちゃー。まだ怒ってるかな?」


 とぼけた口調が気に入らなくてにらみ返すと、少年は肩をすくめながら、シールをもとのポケットにしまいました。いったい、何をしにここまでついてきたのでしょう。まさか、こんなことのために?


「いやぁ、それにしてもざんねんです。僕こう見えて、おこづかいがなんと月3000円もあるお金持ち小学生なんですよ。すごいでしょ~。気に入らなかったのなら、お気にめすシールが出るまで何箱か買ってあげようかと思ったんですが……」


 そこまで言ってから、少年はまんめんの笑みをうかべます。


「あなたなら、もっといーっぱい買えちゃいますかぁ……だって、まいにちコツコツかせいでますもんね?」


 言われたとたんに、青年はみをかたくしました。手に汗がにじみます。

 その中ににぎられている紙くずを、強くにぎりしめました。


「あの、それからとつぜんで申しわけないんですけど、その手に持っているもの、見せてくれますか?」

「……お前……何者だ……」


 青年はおそるおそるそう言いました。胸のあたりが苦しくなるのがわかります。

 目をみひらいた青年を見て、少年はああすいませんと言いながら立ち上がりました。それからまたズボンのポケットに手をいれて、何かを取りだそうとしています。……いましかない。青年はそう思いました。

 青年は飛ぶようにはね起きて、そのまま少年のちいさな体を押したおしました。じめんに背中を強く打ってしまったようで、少年はうめき声をあげます。けれど青年はそんなのおかまいなしで、少年を強くじめんにおさえつけました。


「ちょっと、何するんですかっ……」

「いいか。よーく聞けよ? わんぱくぼうず。こういうことにあんまり首をつっこむとなぁ……」


 青年はニヤリ、とおそろしい表情で笑いました。とても人間とは思えない笑みです。


「……痛い目見るぞ」


 そう言ったのをさいごに青年はなんと、何も持っていないほうの手を少年の首にもっていきました。それからその手で首をきつくしめようとした……そのときです。

 こんなじょうきょうだっていうのに、少年もまたニヤリと笑ってみせたのです。けどそれは青年のようなおそろしい笑みではありません。なにかをひらめいたとき、なにかがせいこうしたときにみせる、ふてきな笑み……ミステリー同好会リーダー、イズミの笑みです。


 青年が目を丸くしてこちらを見ているのに、少年――イズミはふてきにほほえんだまま、口をひらきました。


「お兄さんこそいいんですか? こんなことしちゃって」

「な、なにが……」


 青年のひたいに、じっとりと汗がにじみます。いやな予感が頭の中にこびりついてはなれません。

 イズミはとどめをさすように、笑いをふくんだ声で言いました。


「僕、しーらないっと」


 そのとき。それが合図だったかのように、くらやみがライトの光で照らされました。青年はあわてて顔をあげます。

 なんと、いつのまにか青年のまわりには、何人ものおとなが立っていたのです。そのおとなたちが手に持つライトの光が、青年の姿をようしゃなく照らし出しました。おどろきのあまりあんぐりと開いた口を閉じることができません。

 青年がぼうぜんとそれを見ていると、ひとりの男が近よってきました。


「あそこのコンビニでバイトをしている方ですよね?」

「……」

「わたしたちはこういう者なんですが。すこし話を聞かせてもらえますか?」


 黒い、ちいさなてちょう。男はそれを取りだして、パタッと開いてみせました。……けいさつてちょう。

 そうだと気がついたとき、青年は考えるより先に立ちあがってかけだしていました。せまい建物のすきまを、転びそうになりながら走ります。やみにさしこむ町の光をめざして、必死に。

 なぜか後ろからはだれも追ってきませんが、青年はそんなことを気にするよゆうがありません。

 やみから、ひかりに向かって手をつきだしました。






「タケルせんぱい!」


 すこしはなれた、だけどそれほど遠くない場所から声がきこえました。合図です。


「あいさー!」


 名前を呼ぶ声にさけんでこたえてから、少年は自分じしんに気合いをいれました。めいよばんかい、おめいへんじょう!!

 すぐ目の前にある建物のすきま。そこからにょきっと手が出てきたかと思うと、青年がすがたをあらわしました。あの「コンビニのうりあげドロボウ男」です。

 いきおいよく飛び出してきたその青年のからだに、タケルは力まかせのタックルをくらわせました。


「どりゃあっ!」

「わっ……!」


 そのままよろめいて転んだ青年の上に、からだを押しつけるようにしてのしかかります。タケルは心のなかでガッツポーズを決めました。やった、俺ってばやればできる子。

 まんぞく感にひたりながらもジタバタていこうする青年を必死におさえつけていると、あたまの上から拍手が聞こえてきました。


「タケルせんぱい、ブラボー!」


 そう言いながら建物のすきまからゆうちょうに出てくる少年。イズミです。


「おい! そんなこと言ってねぇではやくけいさつにっ……」

「いやー、おとなあいてに取っ組み合いのけんかですか。いいですねぇ、うつくしいですねぇ。よっ! 親にもかみつくはんこうき! えいえいんの少年!」

「いいからっ……、はやく電話しろー!」


 さけぶタケルの下では、おうじょうぎわのわるい青年が抵抗をつづけています。それを見たイズミは青年の目の前に回りこみ、ストンとこしを落としました。さっきと変わらない、まんめんの笑みです。


「なんで逃げちゃうんですかー。さっきの人たちはただの『いっぱんしみん』ですよ。けんじゅうも持ってないし、たいほもできない」

「な……」


 なんで、と青年はつぶやきます。だって、たしかに自分はけいさつてちょうを見たのです。

 イズミはよく聞いてくれました、と言わんばかりにポケットに手をつっこみました。「さっき見せようとしたのに、お兄さんがへんなことするから出せなかったじゃないですか」とひなんがましいことを言いながら、何かをそこから取り出します。……おとなたちが持っていたのとおなじ、黒いてちょう。

 あぜんとする青年を見て、イズミは得意まんめんで口を開きました。


「あなたの使った手口といっしょですよ。僕たちのこと、すごーくけいかいしてたでしょう? だからけいさつてちょうに見えた。せんにゅうかんと暗やみのおこすさっかくです」


 青年とタケルがぽかんとした顔でイズミを見つめます。どうやらタケルは、どのあたりが「犯人のつかった手口と同じ」なのか必死にかんがえているようです。


「まあ、本当にけいさつをよんでもよかったんですが……事件の最後っていうのは、思わぬてんかいがなくっちゃね。犯人にとっても、読者にとっても」


 そう言いながら、イズミはてちょうを開きました。そこには【探偵じむ所『なんでも解決! なんでも探偵団』、ちょう美少年探偵・イズミ】の文字と、本部につながる電話番号。


「……ということで、あらためて。僕はミステリー同好会のリーダーけん、少年探偵のイズミです。つみをつぐなった後、なにか困ったことがあれば、ぜひなんでも探偵団へどうぞ」


 ……青年はだつりょくし、あばれるのをやめます。

 にぎりしめられた手のひらから、くしゃくしゃに丸められたおさつがぽろりと落ちました。

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