第3話 もんだい編 ~イズミとタケル~

 さて、部屋を追い出されたイズミはというと、タケルに話しかけるのをあきらめてレジの横にあるごっちゃりしたスペースを見学していました。レジには今日も犯人であるあの男が立っていて、じゃまだと言いたげにこちらをチラチラと見ています。しかしまったくその場からどいてやる気がなさそうなイズミは、そこにあるひとつひとつのものに目を光らせていました。

 男の立つ真後ろには電子レンジがあります。そこから視線をよこにスライドさせると、よくわからないいろいろな小物がおかれている棚。その棚の横には「大当たり!一等賞!」と書かれたボードがあって、アニメのフィギュアがいくつかかざられています。かべにはポスターも貼ってありました。

 そのポスターの下には、学校にあるような大きなゴミ箱がおいてあって、そしてそのとなりには段ボールの箱が山のように積まれていて……ああ、レジのまわりってなんと物が多いんでしょう。もしかしてこれを全部きれいに片づけないといけないのでしょうか。考えただけでめまいがしそうです。

 さっきの段ボール箱はここに積んであるのを取ったんだろうな、とイズミは思いながら、心の中で「うーむ」とうなりました。

 そう、いまイズミが見学している場所は、かんしカメラからは見えないところなのです。


「おこづかい、いくら残ってたっけ……」


 まあ、考えてばかりいても仕方ありません。買い物でもしようとついついひとりごとをこぼすと、犯人が何かあやしいものを見るかのような目つきでイズミを見ました。おや、とイズミは思います。

 これは困りました。子供だからといつだって犯人には油断されっぱなしだったイズミには、こんなできごとははじめてだったのです。こんなにまじまじと見られてしまっては、せんにゅうそうさができません。まだまだ調べたいことがたくさんあるのに、これでは店を調べるどころか、犯人を見張ることもやりづらくなってきました。子どもあつかいされるのを嫌がるタケルなら単純に喜んだかもしれませんが、エリート探偵の息子はそうもいかないということです。

 イズミはため息をついてレジに背を向けると、お菓子のある棚に近づきました。たくさんのお菓子がところせましと並べてありますが、やっぱり一番目を引くのはこれ……チョコチップクッキーです。なんと3種類もおいてあります。

 どうしよう。ふつう味のクッキーにチョコチップが入っている王道タイプでいくか、チョコレート味のクッキーにチョコチップも入っている限界チョコレートぜめパックでいくか、それともここにきてのおおあな、クッキーの量は少ないけどものすごくかっこいいキラキラシールがついてるコレクターエディションでいくか……。

 そもそもおこづかい足りるかしら、とイズミがおさいふをカバンから取り出そうとしたときでした。


「おつかれー。もう交代だぜ」

「あ、おつかれです。頑張って」


 レジの方から声がふたつ聞こえてきます。イズミはそっと後ろをぬすみ見ました。

 犯人のもとにもう一人の店員がやってきています。もうそろそろ夜になるし、交換の時間なのでしょう。つかまえるならいまなのですが、団長が来る気配もないし……今日は取り押さえるのはよした方がよさそうだな、とイズミは思いました。明日もう一度何か見落としがないか確認して、それから団長にもことのいきさつをていねいに説明して、探偵団の仲間たちを近くにたいきさせてもらうようにした方がいいでしょう。さきに言った通り、犯人をつかまえるのは彼らにおねがいするつもりでした。まだ3年生のイズミには、おとなをつかまえるほどの力はないからです。団長――イズミパパの力を借りるのはしゃくですが、ここはすなおにお願いするしかありません。

 ていうか、ちょっと待てよ。なんでそもそも僕はまたこんな探偵みたいなことを……ミステリーさがしにきたはずなのに……。

 なんだかまたげんなりしてきました。やっぱり今日は帰ろう。もう疲れた。

 そう思って、今度こそおさいふの中身を確認しようと、リュックサックを開けようとした……ちょどその時。

 イズミがさっきまでいた部屋――店員がお休みするあの部屋から、ひとりの少年が飛び出してきました。


「かぁーくほぉーっ!」


――……あれは。


「タ、タケルせんぱいっ?」

「イズミ、お前は手ぇ出すなよ! 俺だって、犯人ひとり、とりおさえるくらいっ……」

「なに言ってるんですか、このおバカさん!」


 犯人の横にしっかりしがみつくタケルに、お店にいる人たちはみんなあんぐりと口を開いています。……しかも取り押さえているというより、抱き着いているようにしか見えません。

 いや、しかし、とにかくそんなことを気にしている場合ではありません。イズミはレジのカウンターに手を置いて、それをじくにヒラリと向こう側に着地しました。そのまま両腕でタケルのわきを抱えて引っぱります。


「ちょっとほら、はなれなさいっ……」

「なにすんだ、じゃますんなよバカ!」

「あーもう、離れなさいったら!」


 イズミが言うようにタケルはちょっぴり「おバカさん」ですが、それでもやっぱり年上です。力いっぱいしがみつくタケルを引きはなすには相当な力がいります。

 あくせんくとうしながらも、そのままくっついてはなれようとしないタケルをやっとのことで犯人からひっぺがしました。

 犯人の男の方は何が起こったかわからないようで、目をぱちくりさせています。

 さらにわめくタケルのわきを両腕でかかえたまま、イズミは必死に話しかけました。


「タケルせんぱい、おちついて……」

「うーるーせー! おい、そこのお前! ポケットうらがえしてみろ!」

「せんぱいったらぁ……!」


 タケルの叫び声をきいて、イズミはお腹のあたりが冷えていくのを感じました。どうしたものでしょう。このままでは自分たちが彼をこっそりかぎまわっているのがばれてしまいます。

 タケルが何を言っているかはわかっているはずですが、いきなり指をさされた男はおろおろしています。……まさか、このまま知らないふりをするつもりでしょうか。ああ、そういえば学校で習いました。こういうことを「しらをきる」というのです。

 イズミはひやひやしている一方でだんだんと腹がたってきました。ここでこの男がしていることを叫んだら、みんなどんな顔をするでしょうか。

 でも、そんなことをしてはいけません。やり方は違っても、していることはタケルと同じことです。

 イズミががまんしているあいだにも、タケルの叫びはどんどんエスカレートしていきます。


「おらっ、ひっくり返せよ! それともなんだ、いけないものでも入ってんのかっ?」

「せんぱい! すいませんほんと、せんぱいは生まれつき人のポケットをひっくり返さないと気がすまないタイプの人間でしてっ……」


 イズミは必死に言いますが、とめないままでもいいかなぁ、なんてちらりと思いました。

 たしかにはやく黙ってくれなくちゃ、困ることは困ります。でもタケルはイズミが本当に言いたいことを言ってくれているので、じつは少しだけうれしく思っていたのです。心の中ではもっと言えー、とこぶしをふり上げてさえいました。

 男のポケットにはおさつが入っているのですから、まさかここでひっくり返せるわけはありません。だから困った顔をする男がおもしろくて仕方ないのです。

 しかし。そこで予想外のできごとが起こりました。イズミでさえ予想できなかったことです。

 わあわあ騒ぎたてるタケルがすこし怖くなったのでしょうか。なんと、犯人であるはずの男は……。


「あの、これでいいですか……?」


 ――こともあろうか、言うとおりに自分のポケットをひっくり返したのです。

 しかも。


「……あれ?」


 腕をつかまれたままで、タケルがまぬけな声を出しました。あんなに聞く耳を持たなかったのに、あばれるのをやめてしまっています。

 タケルは目をまんまるに開けて、男のポケットから出てきたものをじっと見つめました。

 ポケットから落ちたのは、なんとくしゃくしゃに丸められたレシートが1枚、たったそれだけだったのです。

 いやまさか、そんなはずは。そう思いながらイズミもレシートを見つめます。頭の中ではもうすでにいろいろな考えが生み出されていました。父親ゆずりの探偵のずのうがすごいスピードでぐるぐる回ります。

 あのおさつは確実にポケットに入れていて、それはしっかりカメラで確認したからまちがいなくて、ということは……だから……でもそうだとしたら……いや、ちがう、そうじゃなくて……。

 ああ、とてもじゃありませんが、イズミの考えていることすべてをここに書くことなんてできません。頭の回転がはやすぎて、こちらの手が追いつかないのです。

 そのあいだのタケルはというと、ぽかんとレシートを見つめていただけでした。それからやっと口があること思い出したように、さっきとは打って変わってゆっくりとしんちょうにたずねます。


「あのー……おさつは?」

「あ、今日はさいふ家においてきたんで……」

「ちがうよ、とったおさつ!」

「とった……?」


 男はさっきと同じようにおろおろするだけ。いったいどういうことなのでしょうか。

 タケルはどうしたものかとイズミをふりかえりました。自分がまちがったことをしたのではないか、ドキドキしているようです。

 さて、いったいどうすればいいのでしょう。イズミは犯人のことを考えるのをいったんおやすみにして、このじょうきょうをどう切りぬけようか考え始めました。

 さすが頭の回転がはやいだけはあって、答えはいっしゅんででました。


「……すいません。うちのバカの早とちりです」

「はぁ……」


 そう、こうするのが一番に決まっています。今からどうこう言いわけしたっておそすぎますし、自分たちのやっているこはとはすべてバレてしまったでしょう。イズミはこっそりため息をつきました。

 男はしばらくおろおろしたままでいましたが、自分が悪いのではないということがわかると、すぐに顔をしかめました。それからタケルを強くにらみつけて、落ちたレシートを拾いあげます。

 それを手の中で強くくしゃりとにぎりつぶすと、タケルをもう一度にらみつけました。タケルはかちんこちんにかたまってそれを見返します。それから男は何も言わずきゅうけい室へ行ってしまいました。


「……イズミ」

「なんですか」

「俺ってパートナーとしてどう?」

「……かいさんレベルにとうたつしそうですね」

「そっか……」

「はい……」


 ふたりはしばらくだまり込み、腕でしっかりわきを抱えたままつったっていました。交代で入ってきた店員がどうしたらいいのかとおろおろしていますが、だれかがどうこうできるようなふんいきではありません。重苦しいちんもくが続きました。……じつはイズミは怒っているのではなくて、おさつのゆくえを考えていただけなのですが。

 そんなちんもくを破ったのは、ふたたびきゅうけい室のドアが開いた音でした。


「あ……」


 中から現れた人はタケルがちいさくつぶやくのをまるでむしして、そのまま見向きもせずに横を通り過ぎました。さっきの男です。

 男はそのままレジにある大きなゴミ箱のところまであるいていくと、これみよがしに、そしてかなりらんぼうにさきほど丸めたレシートを捨てました。それからゴミでいっぱいになった袋を取り出すと、慣れた手つきで口を結びます。ゴミ捨て場に持っていくのでしょう。これが彼の本日最後のお仕事だったようで、肩にはすでにカバンがかけてあり、帰る準備はばっちりです。袋を持つと、そのまま店を出ていってしまいました。

 ……誰が見てもわかります。彼は怒っていました。それもものすごく。

 いつものいせいのよさはどこにいってしまったのでしょう、タケルはしょんぼりとつぶやきました。


「ごめんなさい……」

「僕にあやまらないでもらえますか」

「で、でも……」


 空気はどんよりとしていてじゅうぶんに重いのですが、イズミはそれよりも重いため息をつきました。タケルは、そのため息がとんできて乗っかりでもしたかのように肩をおとします。


「犯人、あの人じゃなかったのかな……俺なんかひどいことしちゃったかも……」


 反省したようにタケルはそうつぶやきました。

 けれど、イズミはタケルの失敗なんて気にしていないようです。男の出ていった入り口をにらみすえて、静かに言いました。


「いいえ、タケルせんぱい。犯人はあの人です」


 自信があるのか、イズミはすっぱりと言い切ります。そのたのもしい表情をタケルはぽかんと見つめました。


「犯人は彼、さっきカメラでちゃんと確認したじゃないですか」

「で、でも、ポケットにはレシートしか……」


 ――さあ、店長の言っていたとおり、本当におさつは「消えて」しまいました。犯人はいったいどうやっておさつを消したのでしょう……?


「やはり魔法使いなのかもしれませんね……りれきしょもう一度確認しますか」


 ……まだそんなこと言ってるんですか、イズミくん。

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