今さら遅い
波流
第1話 おっさんの日常
あの頃……自分は特別な人間なんじゃないかと
漠然と思っていた。
時は過ぎ……
淡々とした日常を過ごすなかで、
消えていった思いだけれど。
妙に機械的でコミカルな音楽が聞こえる。
ぼんやりとした頭でも、その音楽が長年朝を知らせてきた携帯のアラーム音であることを認識して、
半分眠りながらがさごそと携帯を探す。
あともうちょっとあともうちょっとと数分戦いながらも、やっとの思いで目を覚ます。
それにしてもこの朝の時間の掛け布団の破壊力といったら、どうしようもない。
もう一眠りしようとしたところで、
何度目かのコミカルな音に起こされる。
さすがにタイムアウトか。
佐々木実、49歳の朝はこんな風にはじまる。
仕方なく、食パンの準備をしながら、ニュース番組をちら見する。
ここ数年別室で寝ている妻はもちろん、起きてはこない。
かといって、夫婦仲が悪いわけではない。
お互いの生活のスタイルをつきつめて、快適にしようとしたら、この形に落ち着いた。
いつも通りの時間にスーツに着替え、静かに家を出ていく。
通いなれたとはいえ、満員電車は仕事に行く気を萎えさせる。とはいえ、この年の男がだらだらと歩いていると格好が悪いので背筋を伸ばしてほどよいスピードで歩き出した。
通勤時間は1時間半、学生の頃も同じくらいの時間通学につかっていたが、
今となっては、この時間が苦痛でしかない。
可能であるならば、一瞬で仕事場につける魔法を習得したい。
ガタゴトとなる電車の中で、早く駅に着けと心の中で呪文を唱えるが、結局いつもと変わらない。
仕事はあっという間に過ぎ去り、
行きとは違いのんびりと家に帰る。
寝る前になって初めて、翌日が自分の誕生日だと気がついた。
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