第2話 先進魔術研究室


「誕生パーティ?! それって、私も行ってもいいんですか?!」


茶髪を三つ編みにした大きな丸メガネの少女――、テルビー・ペニントンが目を輝かせながら言う。


場所は王宮敷地内にある研究室。俺は着替えと食事を終え、数時間前まで眠りこけていた仕事机に再び座り直していた。話題は当然、ダミアンが計画してくれている俺の誕生会についてだ。


「そりゃ誘ってるんだからいいに決まってるだろ。テルビーはダミアン様とも面識があるし、何より直属の後輩を呼ばない訳にはいかないしな」


「やった! やりました! ローレンさんの部下でよかったぁ! いえー!!」


「埃が立つから飛び跳ねるな。それで、もしよろしければ、マリオローク様もいかがですか? ぜひ奥様もご一緒に」


ぴょんぴょんと跳ね回り、勢いあまって飛びついてくるテルビーを諫めながら、俺は部屋の奥に座る禿頭の老人の方に目を向ける。

いかにも人がよさそうなマリオローク老は、自身の頭を撫でながら笑った。


「とても嬉しいお誘いではあるですが、私は遠慮させていただきますよ。せっかくのめでたい場にかような老いぼれが混じっていたのでは、宴席が白けてしまいましょう」


「何を仰います。王国随一の魔術師に参席していただいたら大盛り上がりですよ。……少なくとも俺は、マリオローク様が来てくれたら嬉しいです」


「ほっほっほ、そのお言葉だけで十分です。なに、この歳になると華やかな催しに参加するのも腰に堪えますのでな。贈り物だけまた後日、お宅に届ける準備はしておりますので、それで出席がわりということで」


「――いやいや! それこそお気持ちだけで結構です。俺なんかじゃなくお孫さんたちに差し上げてください」


「そうはいきません。同じく魔術の解明を志す者として、何よりよき同僚として、お祝いはしっかりさせていただきますとも。毎年のこと、うちの妻などは何ヶ月も前から何がいいかしらとソワソワしておるのです」


「そんな大袈裟なものじゃ」「いや、これは日頃の感謝ですから……」そんな風に、俺とマリオロークの譲り合いをしているところへ、テルビーがバッと手を挙げて、さも名案という風に言った。


「も〜、まどろっこしいですねぇ! じゃあ、間を取ってテルビーがそのプレゼントを受け取ります! そしたらお2人とも文句ないでしょう!?」


「いや、そんな間はない」


「――あいたっ」


俺が鼻先をペシッと叩くと、テルビーは大げさなジェスチャーで顔を覆う。それを見てマリオロークが愉快そうに笑った。


「雑談はさておき、では今日も始めるとしようか」


「はぁい!」


「よろしくお願いいたします」


和やかな空気のまま、俺たちは各々の仕事に取り掛かり始めた。





ローレン・ハートレイ――、元ロニー・F・ナラザリオ。

ヨルク第一王子より研究室の創設と室長を言い渡された俺が、王宮の一角の場所を借り受けて研究活動を行って3年半。

精霊教会騒動を経て、ダミアン邸を去り、晴れてかつての夢をかなえた俺ではあったが、しかし最初は何をしているのかと随分怪しまれたものだ。存在を容認されるようになったのは、ようやっとここ最近になってからである。


何事も続けることが大事なのだと当然のことを再確認しながら、俺は部屋を見回す。


事務所程度の広さの部屋の中、書類の山に囲まれ、壁はメモで埋め尽くされ、テーブルには実験器具類が所狭しと置かれている。向かい合わせの机にテルビーとマリオローク、少し離れた壁際に俺用の大きめの机。

これがマギア王国先進魔術研究室の全てである。

研究員はたったの3人。しかし、この研究室こそが、この世界における魔術研究の最先端であると俺は信じていた。


そもそも魔術研究とは何ぞやと考えた時、魔力の覚醒から、水魔法、光魔法を取りまとめ、氷魔法の発見に至るまでを思い返しても、俺自身の見地で一つずつ情報を集めるという地道な作業の繰り返しだった。

だからヨルクに人員は何人ほど必要かと尋ねられた時、俺は「数字に強い助手が一人だけ欲しい」と答えた。元々はナラザリオ家の自室で行おうと考えていた魔術の研究に、今更人手が欲しいとは思わなかったからだ。


そこで派遣されてきたのがテルビーだった。財務処理を担う文官の娘さんで、親孝行にも雑務を請け負っていたテルビーは、しかしその能力を買われてこの研究室に抜擢されたのではない。

こちらの要望に叶う人材の中で、俺の研究活動を怪しむこともなく進んで手を上げてくれたのが、唯一彼女だけだったのである。


新魔術を発見したとかいう16歳の小僧の部下になる上に、仕事内容もよく分からないのだから、そりゃあまあ胡散臭いと思うのは当然だ。君子危うきに近寄らずという格言を参照するならば、警戒した多くの人たちの方が賢明と言えるだろう。


ともあれ、俺の必要とした人員は1人で、応じてくれたのも1人だったのだから、結果的には何の問題もない。

あとの問題はテルビーが助手としてどうかという点だけだったが、彼女の計算能力は俺の想定以上だった。それまでの資料の取りまとめにも大いに貢献してくれたし、現在予算周りのこまごまとした雑務を請け負ってくれているのは全て彼女だ。素直な性格ゆえ、俺の研究内容への理解も早かった。

助手として彼女以上の人材はいなかっただろうと、今では思っている。



俺とテルビーとの2人体制で研究活動を行うようになって数か月が経った頃――、前触れなく研究室のドアを叩いたのが、現在もう1人の研究員として在籍している、マリオローク・ドヴィリスコ老人である。


彼が初めて部屋に入ってきた時、俺は驚いた。

テルビーなどは驚きのあまり、悲鳴を上げてひっくり返り頭を打っていた。


それも当然、『マリオローク・ドヴィリスコ侯爵』と言えば、ダミアン・ハートレイと並び王都最高魔術師として名前を上げられる魔術の第一人者なのである。


正確に言えば、彼が魔術師として活躍していたのは数年前までの話で、現在は第一線を退き後進育成に努めているそうではあるが、かつてその類まれなる魔術により他国まで名を轟かせ、その功績により爵位を与えられたという――、言わばこの国の英雄である。

そんな御仁が「君の研究に興味がある。是非話を聞かせて欲しい」と言って、頭までを下げたのだから、驚かない方がおかしい。


ダミアンから俺の名前とその研究内容を聞き、氷魔法を目の当たりにして感激した。それはかつて実現を試みた魔術師としての夢であり、とっくに諦めていた事だった。幼い頃の熱い情熱を思い出したのだと、マリオロークは言った。


精霊教会の審問会で精霊に関する冒涜云々問題を終えている俺は、もはや遠慮することなく魔術に対する私見を打ち明けた。マリオロークから出てくる魔術論も当然、さすがこの国の第一線で長く活躍していただけの厚みがあった。


となれば当然、話は一度では済まない。テルビーが帰った後、夜遅くまで研究室に残って喧々諤々としたり、時に話の収拾がつかないのでマリオロークの邸宅に赴いて議論を続けるということもあった。


俺の考えがそれまでの魔法の常識の枠から大きく外れたものだった事は間違いない。しかしマリオロークは、決して頭ごなしに否定することをしなかった。反論をするにしても、全て地に足のついた根拠があった。


そんな日々が1ヶ月ほど続いた。


ようやく語るべきことを語り終えた後、俺の魔術研究の展望に納得したマリオロークは、驚くべきことにこんなことを言い出した。「弟子にして欲しい」と。


当然、俺は全力で「そんな申し出は受けられない」と拒否した。

いわばダミアンの大先輩にあたるような英雄を弟子に取るなど、本人がよいと言っても周りがよしとしないだろう。

しかし、マリオロークは頑なだった。許しをもらえるまで頭を上げない、何なら爵位も捨てると言い出す彼に、俺は頭をくらくらとさせた。

頭を上げてくれるまで頭を上げないと土下座をしかけたところへ――、救いの手を差し伸べてくれたのは、マリオロークの奥さんだった。


「魔術研究室の一員に加わる」「あくまで対等な関係として」という絶妙な折衷案を提案してくれたのである。あの一言がなければ俺はどうしていたのだろうと考え、今でもぞっとすることがある。



なにはともあれ――、研究室室長、俺。間も無く20歳。

助手、テルビー。19歳。

研究員、マリオローク。69歳。

こんな顔ぶれで、当研究室は運営されている。


果たして4年前からどれほど魔術研究が進んでいるのか。

ふと立ち止まって考えることがある。


一番最初に何も分からなかった頃から考えれば、立場も見える景色も随分と変わった。未だ山頂は遠く見えないことに変わりはない。しかし、魔術研究についてではなく、俺個人の話に限れば、随分な所まで来たという確かな実感がある。



具体的に言うのであれば、俺は現在――、

を扱えるまでに至っていた。



あの、魔法が使えないと16年間蔑まれていたロニーが、である。





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