妖狐の瞳に恋をした

心寧

第1話 日常と淋しさ

改札を抜け駅から目的地を目指す。


周囲の樹々には新しい緑が芽吹き、春の爽やかな風が新緑の香りを

運んでくる。


目的地が近づいて来ると見知った顔が多くなってきた。


すると、後ろからいつもの明るい声が聞こえてくる。


瑠璃ルリ~、おはよ~!」


「あ、モエ、おはよう!」


「今日の授業、瑠璃は大丈夫?


 仕組みや制度とかって難しくて私にはさっぱりだよ~」


くるんとカールされた髪を揺らし大きな目をクリクリさせながら

ちょっと口を尖らせて目じりを下げる萌はいつ見ても可愛い。


「そお?確かにいっぱいあるあら覚えるのは大変だけど、何度も

 勉強すれば覚えられるよ。一緒に頑張ろうね!」


「もう~!瑠璃はいつもそうだから~。

 はいはい、覚えるまで勉強すればいいんでしょ」


そう言うと萌は拗ねたように頬をぷくっと膨らませた。


その顔を見ながら私もフフッと笑みをこぼす。



萌と私はそんな会話をしつつ学校へと入っていった。



私、笠井 瑠璃カサイ ルリが通うのは、介護の専門学校。


早いもので、ここに入学してあっという間に3週間が経過した。


新しい学校にドキドキして大人しくしていたところに、入学して

最初に声を掛けてくれたのが、私の後ろの席の萌だった。


明るく裏表のない可愛い萌に、私も直ぐに打ち解けることができ

今では昔からの友達の様に仲良くしている。



「今日の1時間目は~、ゲッ!介護基本Ⅰかぁ~。」


後ろから萌の落ち込む声が聞こえてくる。


そんな声にクスクス笑いながら窓の外の風景を眺めながら

ここに通うと決めた時のことを思い出していた。



私が介護の専門学校に通おうと思ったのは、祖母の影響だった。


私が5歳の時、両親が事故で他界した。


両親を亡くした私を引き取って育ててくれたのは、母方の祖母だった。


祖母も数年前に祖父を癌で亡くし、一人になっていたので私との暮らし

をとても喜んでくれ、大事に育ててくれた。


そんな祖母のおかげで、贅沢は出来なかったが寂しさを感じることも

なく、幸せに暮らすことができた。


私もそんな祖母のために何かできないかと中学くらいから考え始めた


祖母の将来のこと、私の仕事、生活・・・


高校生になって進路を担任の先生に相談したところ、勧められたのが

この専門学校と介護の仕事だった。


先生の勧めてくれた介護の仕事は、私の思いにしっくりきた。


その日家に帰った私は、早速祖母に進路について相談した。


祖母は、私の気持ちを知って喜んで応援してくれた。



だけど・・・



そんな祖母が私が高校3年になって直ぐに倒れた。


病院での診断は、、、


ステージ4の肺癌、余命半年と宣告された。


それでも祖母は気丈に振る舞い、いつも笑顔をみせてくれていて

癌なんて治ったのかもと思う程だったが、私が専門学校に入学が

決まって直ぐに、安心したように呆気なくこの世を去った。


私の手元には、祖母がコツコツと私のために貯めてくれた預金通帳と

祖母との思い出の詰まった家が残った。



祖母が亡くなり、何のためにこの学校に通うのか少し迷う自分・・・


“ダメ、ダメ。


 とりあえず、おばあちゃんが応援してくれたこの道を進んでいこう”



呟くように自分に言い聞かせ、授業の声に耳を傾けた。


キーンコーンカーンコーン


授業終了のチャイムが鳴る。


「瑠璃、これから買い物に行かない?」


萌がニコニコしながら声を掛けてきた。


「萌、ごめん!今日もこれからバイトなんだ、また誘って!」


両手を合わせて、頭を下げる


私が断るのはいつものこと、学校の学費は祖母が残してくれた貯金

で間に合ったが、生活していくにはお金がかかる。


私は、毎日のようにバイトに入っていた。


本当は萌と一緒に買い物にも行きたいが、そうもいかないのが現実


「じゃあ、今度買い物行こう。絶対だからね!」「うん!」


笑顔で声を掛ける萌に手を振って別れた。




私がバイトするのは、駅前近くの喫茶店“デュパン”


アンティークな雰囲気が漂う店内は、流れるように心地よいJAZZを

BGMに馴染みのお客さんがほとんどの落ち着いたお店、店名は推理

好きのマスターが小説の中に出てくる名探偵の名前からつけたらしい。


専門学校に入学してから働き始め1か月となる今ではお客さんから


“るーちゃん”と声をかけてもらえるようにもなった。


デュパンのドアを開けると、コーヒーのいい香りが鼻をくすぐる。


「あ、るーちゃん、お帰り!

 るーちゃんの顔が見れてラッキーだな~」


お馴染みさんの岩井イワイさんが声をかけてきた。


「そう言ってもらえると嬉しいです。

 岩井さんもゆっくりしていって下さいね」


「もちろんだよ!じゃあ、マスターもう一杯、ブラジルを」


「はい、かしこまりました」


マスターがサーバーとドリップをセットし、お湯を注ぎはじめた。


いい香りがあたりに漂う。


ほんと、コーヒーの香りって癒しだなって思う。


「はい、るーちゃんお願い」


「はい!」


淹れたてのコーヒーを岩井さんにお出しした。


ここでの楽しみはもう一つある、それはマスターがその日の気分で

いろんなコーヒーカップでコーヒーを出してくれること。


有名なブランドやあまり知られていない窯元のものなど様々だけど、

どれも素敵なカップだった。


さっきの岩井さんには、カネコ小兵製陶所 ぎやまん陶のカップが

使われていた。


私もここで働くようになってから知って、同じものを購入して

使っている。


20:00 バイト終了の時間


電車に乗り2駅で自宅の最寄り駅に着く。


自宅までは徒歩で10分。


2階建ての一軒家が祖母が私に残してくれた家。


祖母との二人暮らしは、贅沢は出来なかったが愛情をいっぱい


与えられ幸せを感じていた。


「ただいま・・・」


真っ暗な家には、もう返事を返してくれる人はいない・・・。


ひとりの淋しさが、水面に一滴の雫を垂らした時のように


静かに心に波紋を広げていく・・・

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