テレトレ
届いたばかりの指ドラ機材を、ミサキさんに教わりながらセッティングして、ちょっと叩いて遊んでみたりして、打楽器の音でテンションが上り始めたところで思った。
通信ラグがウザい。
音質が辛い。
ようするに――
「どうせなら本当に会ってやりたいッスね……」
「またそんな……まぁ言われて悪い気はしないデスけど」
ミサキさんは苦笑しながらナマステって感じで両手を胸の前で合わせた。ぐっと肩を入れるようにして力をこめて、むむむと唸り、はにかむように笑った。
「またちょっと、体を動かしてみマスか」
「運動はちょっと苦手で――」
「いいじゃないッスか。自分もちょっとプヨった気がするんで、付き合ってほしいッス」
「――プヨったんですか?」
ミサキさんの一言に、おれは大いに興味が湧いた。
具体的には、
「……どこが、どうプヨったんです?」
「えっ? あの――」
「腕周りとか、お腹周りとか、どこがプヨったのか気になるじゃないですか」
「……コレまたダイレクトにセクハラしてきたッスね……」
「えっ? 知らないんですか?」
「……なにをデス?」
「男の子っていうのは、女の子のプヨってるところに興味津々なんですよ」
すぅ、とミサキさんの目がチベットスナギツネに近づいた。もう少し照れてくれるんじゃないかと期待していたのだが、昨日の今日で耐性ができてしまったのかもしれない。
だとしたら残念だが、それでも止まる気はない。
「ぜひ、プヨってるところを見せてください。えっちな目で見るので」
「……宣言……っ!?」
「まぁセクハラの言い逃れはできないですしね。なら突っ走るだけッスよ」
「しかも開き直った!」
「さぁ、ちょっとプヨっちゃったお腹を見せてくださいよ」
「お腹に限定してきおる……!」
ミサキさんはむっと頬を膨らませ、お腹を擦った。
「……見た目、ちょっとプヨってます?」
「……正直に言えば……」
「正直に言えば……?」
「見た目レベルなら全然ッスよ。ニットがモコモコなんでガタイは良さそうに見えますけどね」「えっ!? そんなに!?」
両肩を抱きしめるミサキさん。女子高生あるいは女子大生みたいな反応だ。どちらも正しくはないかもしれないが、すくなくとも社会人がするにしては――あざとい。ガタイ、すなわち体格が大きいかもと言われて否定しないのだから、実は逆に自信があったりするかもしれない。
「なんで、ちょっと診断させてくださいよ。お腹」
「え……えぇー?」
ミサキさんは困ったように言いながらお腹をなでた。頬がほんのりと色づき眼鏡が曇る。照れを象徴する反応に、おれはちょっと前のめりになっていた。
「おれは見たいですよ、ミサキさんのお腹」
「もー……まぁ、いいッスけど……」
「いいんだ」
「特別に決まってるじゃないッスかっ」
ちょっと唇を尖らせて、ミサキさんは腕をクロスしてニットの裾を掴んだ。すっと上がり始める柔らかな布地の奥に、モニター越しでも息が漏れる白肌があった。
「ちょいストップ!」
「えっ!?」
へそが見えるか見えないかギリギリのところで裾が止まった。
ここが、最高なんだと、おれは言いたい。
まず、わざわざテーブルを離して見たいところが見れるようにしてくれたということ。次に、本当にごく薄っすらと膨らんだ下っ腹。ある程度のところまでめくってしまおうと覚悟を決めていたのに、ぜんぜん手前で止められてしまった困惑。俯き、赤面、耳の赤。たまらん。
おれは届いたばかりのちょっと高品質なマイクに唇を寄せた。
「ミサキさん、いいよ」
「い、いいって……?」
困ったような上目遣いに、おれは下唇を湿らせた。
「ちょっと、ヘッドホンつけて」
「それって……」
「命令、かも」
「……かもって」
頬に朱を差しながら、ミサキさんはヘッドホンをつけた。音量と、イコライザーと、あと好みの調整と。すべてを終えるまで、ずっと静かにしていた。
長く感じる、ほんの一分。
過ぎたところで、ミサキさんが流し目を送ってきた。その妖しげな眼差しに、おれは上ずりそうな喉を押さえて言った。
「じゃあ、ミサキさん、もう一度、ゆっくり下からめくって」
「……りょ、了解、ッス……」
おれの声に、ミサキさんはビクリと肩を弾ませた。あきらかに動揺している。そうであってくれないと、楽しくない。
「ゆっくりでいいッスよ」
「……ゆっくりさせたいくせに……」
捨て台詞めいた分かっている言葉に、体が熱くなるのを感じた。ゆっくりと――いうより、じっとりとめくられていく衣服。本人はプヨってきたと称していたが、全然まったくそんなことはなかった。
「おへそ……縦長じゃないッスか?」
「へっ? えっ?」
ミサキさんはめくりあげたニットをそのままに、ヘソを覗き込んだ。無で擦り、左右に体を捻ってみたりして、しまににはヘソに指を添わせたところで我に返ったように言った。
「た、縦長って、変なんッスか……?」
「あれ? 知りません? 縦長だと運動してる証拠でっていう……」
「……や、どう考えても、遺伝の影響が大きくないッスか、そんなの……?」
「だとしても、ミサキさんのおへそはえっちってことですよ」
「えっ、ちょっ!」
さっと、ミサキさんがおへそを隠した。そういうのを待ってたんだよ。おれは口角が上がるのを知覚した。けれど――
個人的な趣味はともかく、なんでダボっとしたニットを着ているのだろうか。
「ミサキさんって、体もしっかり作ってますよね」
「ふぇ!? え!? や、えと――え!?」
「肌は綺麗だし、お腹も下っ腹から引き締まってるし。くびれてるし」
「く、くびれ!? くびれて……ええ? くびれてます?」
ぐいっとニットをめくりあげ、ミサキさんは側腹を見せた。腰から上体へと向かう緩やかな曲線は、ちょうどヘソから指二本ほど上のあたりで最も細くなり、しだいに広がっていく。
「じゅうぶん、くびれてますよ。なんていうか、こう……手をかけたい感じ」
「手を……かける……ッスか?」
ミサキさんは呟くように言いながら左の肘を立て、ゆっくりと脇腹のラインを撫で下ろし始めた。手はくびれをなぞりながら下がり、やがて丘に差し掛かり手首を返すと、ぐっと腰骨を掴むようにして指を沈ませた。
「……いいですね。すごく」
「そうッスか?」
吹き出すようにして微苦笑を浮かべながら、ミサキさんが瞼を閉じた。誘っている、のだろうか。確かめる方法はひとつしかない。
おれはマイクに顔を近づけ、そっと息を吹きかけた。
「――んっ」
と、驚いたように首をすぼめ、ミサキさんは笑みを零した。ずっとセクシャルな話題は苦手だと言いたのに、こうして付き合ってくれるのだから、可愛らしいと思わずにはいられない。
「お腹の……おへそから少しづつ、上に撫でてみて」
「おへそから、上……」
自らの細腰を掴んでいた右の手のひらが、へその周りに指を這わせた。色とりどりに塗り分けられた爪の背で見せつけるようにして、生白い肌を撫でる。
おれは自分の息が少しずつ上っていくのを感じた。
「……奇麗ですね。それにすごく――すべすべしてそう」
「すべすべ」
ミサキさんは、またひとつ小さく微笑み、舌先を使ってチロリと唇を湿らせた。
「すべすべッスよ? 触ってみたいデス?」
「とっても。見てるだけだと生殺しって感じ」
「ちょーっとだけ、ッスよ?」
試すような口ぶりで、ミサキさんは左手でニットをまくりあげた。
ごくん、と喉が鳴った。
不覚――と思ったときには、モニターの向こうのミサキさんが薄目でこちらを見ていた。
「これは自分の勝ちッスかねぇ?」
「……勝ち負けでいうと、おれはもうだいぶ前に負けてる気がするけどね」
「なんかちょっとだけ、いい女ごっこができた気分ッス」
言って、ミサキさんは目を閉じてゆっくりと腰をくねらせた。へその周りをなぞっていた右手をゆっくりと上に滑らせ、やがて左手と合わせて一気にニットをまくりあげる。
見え――るかと思ったら、両腕できっちり胸は隠れていた。
「下着くらい見せてくれてもいいのに」
「くらい、とか言ってるうちは見せないッスよ」
ミサキさんは、悪戯っぽく歯を見せた。
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