テレポートレイト
外出自粛から丸一週間が過ぎ去り、そろそろ二度目の週末が見えてきて、
おれはフラストレーションを感じていた。
せっかくミサキさんの知られざる一面を知り、仲良くなれたというのに、外で会うのは叶わない。どちらかの家に遊びに行くのもリスク。
自分だけならまだしも――そんな考えすらも油断でしかないのだ。
「……コロナめぇぇぇぇぇ……!」
おれは恨み節をテーブルに吐き捨て、接続要請を許可した。
「ちっすちっす……ッス?」
モニター越しの癒やしが、小首を傾げた。
「あ、あれ? どうしました? なんか、ちょっと、顔色が……ホワイトバランスとか?」
「……違いますよ」
おれは机に顎を載せた姿勢のまま、癒やしの映像を目に焼き付ける」
「ゔぁぁぁぁぁ……ミザギざぁん……」
「な、なんッスか? 変な声だして……」
「ミサキさんに会いたいよぉぉぅ……」
「……うぇ!?」
ミサキさんはポッと頬を赤らめ、両手で口元を隠した。照れるといつもそうだ。しかし今日に限っては、しばらく目を瞑ったのち、真剣な顔をして口を開いた。
「あの……大丈夫ッスか?」
「……わかりますか」
「そりゃー毎日会ってれば元気ないなーくらいは分かりマスよ」
「モニター越しで? 顔色なんてカメラの自動調整でいっくらでも変わるじゃないッスか」
「声もちょっと違うッスよ」
「さすが声フェチですね」
そう返すと、ミサキさんは両手を腰にあてて胸を張った。
「自分、引きこもりの適性はあるッスよ!」
「……なに言ってんの?」
おれは思わず笑った。
「ほらほら! 体を起こして、ちょっと胸を張るッス! で、一回、深呼吸!」
「え~……?」
「文句は言わずに、まずやってみる! ホラホラ!」
「なんかいつもとキャラ違いません?」
おれは苦笑しながら体を起こした。
「もちろん! 今日は美少女テレワーカーじゃないッスから!」
「自分で美少女って。だいたい少女って――」
「しゃっと! ざ、へるあっぷ! ほら胸を張って深呼吸! 一緒にぃ!」
「あいあい」
言われるままに息を吸うと、みぞおちのあたりが大きく膨らむのを感じた。背中に、腰に、肩周りに、なにか粘性の高い液体が流れていくような感覚があった。ちょっとだけ、ぞっとした。
「……なんかちょっと楽になったような」
「だと思ったッス! 人間、二足歩行なんで、たまには立ったり座ったりしないと!」
「二足歩行だから?」
「ですです。背中を丸めてると呼吸が浅くなって、呼吸が浅くなると鬱っぽくなるッス」
「……なんでンなこと知ってんですか?」
「今日は! 頼りになるお姉さんなミサキちゃんなので!」
元気づけようとしての、ムリな冗談なのか。それとも半分くらいは本気なのか。
嬉しそうに笑っているミサキさんを見ていると、少しだけ肩が軽くなったような気がした。
「……いま隣にミサキさんがいたら、おれ甘えまくってますね……」
なくなった重みの分だけ、思いが募った。
ミサキさんは下唇を甘噛し、左手で髪の毛をくしゃっと梳いた。
「普段は甘えさせてもらってるんで、たまにはそういうのもありかもッスね……」
「会いたい……会いに行っても」
「いいですよ」
はっと顔をあげると、カシャコー、と奇妙な効果音が聞こえた。
ミサキさんが、ニヤニヤしながら言った。
「驚き顔ゲット! ッス! ちょーっと待っててくださいねー?」
「えっと?」
どうやら、スクショなりなんなりで、おれの顔を撮ったらしい。なんのために。
ミサキさんはコードのぶら下がるスマホを片手に横を向いた。フラッシュライトの光に、モニターの映像が一瞬だけ暗くなった。
「ちょーっと待っててくださいねー?」
言って、スマホへのカメラ目線を維持したまま顔をこちらに向け、ちょっと唇を尖らせた。ふたたびホワイトバランスが少し変わった。そうして何枚か撮ってから、スマホから伸びるコードをパソコンに挿し、ちょっと真剣な顔になった。
これまで職場で見てきた顔だ。いつもと違う服装と場所で見ると、なぜかドキっとした。
「……えーっと、ミサキさん?」
「うぃー……?」
典型的な生返事。ほとんど聞こえていないだろう。自宅でも職場と同じだけの集中力を保てるとなると、引きこもりの才能があるというのも、あながち冗談ではなかったのかもしれない。
おれは黙って、その真剣な顔を眺めながら待つことにした。
やがてミサキさんは画面を睨みながら腕組をして、体ごと大きく右に傾いだ。
「……あのー」
「…………」
「あの!?」
「えっ!? あ、はい!?」
まさか自分に話を振ってきているとは思わず、おれは慌てて姿勢を正した。
ミサキさんは真剣な目でモニター見ながら言った。
「場所なんですけど、被写体の格好がアレなんで、背景はそのまんまでもいいですかね?」
「えっと……ん……?」
なんの話だろうと思いはしたが、よくわからないので首を縦に振った。
りょ、と呟くように言ってミサキさんは作業を再開、しばらくして、ポン、とビデオ会議にもつかっているアプリに写真が届いた。
「あ」
「えへへー、どッスか?」
おれとミサキさんが並んで……というか、ミサキさんが鳩豆ヅラしたおれの頬にキスする自撮りになっていた。腕の感じでいうと、完全に絡まれて強引にキスされてるような、写真だ。
さっきのいまで作ったのかという驚きとともに、おれは思わず言った。
「……く、クソコラ!?」
「クソコラって! ひどい! 頑張ったのに!」
ミサキさんは両手を小さく振って抗議してきた。
「ちゃんと! ちゃんと見て欲しいッス! 背景との馴染み具合とか! 解像度とか!」
「え、えぇ……?」
「アマチュアのビックリ自撮りを再現してるッスよ! ほら、焦点の合ってなさとか!」
「あー……ああーーー!」
言われて、おれは納得した。不自然な被写界深度を強引に調整したような感じ。ピントの合わなさはボケ具合というより手ブレ補正の追いつかなさを表現している、のか。
「しかもほら、スマホとはいえちゃんとRAW撮りしてからの加工ッスよ?」
「が、頑張ったね……」
「ですです! 頼りになるお姉さんなミサキちゃんの、渾身の一枚!」
おれは送られてきた写真を眺めつつ、うんうん、と頷く。技術的な興味もさることながら、送られてきた写真の背景が非常に興味深かった。
ボカしたバージョンと、生撮りの、いわば素材写真を見比べるおれに、ミサキさんは自信たっぷり胸を張った。
「名付けて、テレポートレイト!」
「すごいですね。マジ。うん」
「……あ、あれ? なんかちょっと、反応薄くないです? 嬉しくない?」
「いえ、嬉しいです。嬉しいんですけど」
「だけど……?」
言っていいものなのだろうか。いや、置いてあるんだからいいんだろうが。
おれは顔が熱くなってくるのを感じた。粘っこい唾が口中に溢れた。
「えっと」
きょとんとするミサキさんに、おれは意を決して言った。
「その……背景に……」
「えっ?」
と、ミサキさんは訝しげに画面を見つつ、マウスを動かした。おそらく、おれがそうしたように生撮りの写真の背景をゆっくりじっくり――見て、
ミサキさんは目を最大級に見開いた。画面にかぶりつきになった。そして、あわあわと口をパクつかせながら湯気が出そうなくらいに顔を赤くし、
「けっ、かっ、こ、これは違くて! 違うんです!」
「わ、分かってます! あれですよね!? 肩こりが酷いんですよね!?」
「そそそそそう! そのとおりッス! 決して! 決してやましい気持ちで買ったのでは!」
「分かってます! 分かってますとも!」
テレポートレイトの片隅には、けしからんものが写り込んでいた。
頼りになるお姉さんは、どこかちょっと抜けている。
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