テーレッテレーワーク
テッテレー! ワークもといテレワーク二日目を、取るもの取り終わった大学三年目の春めいた感覚で終え、おれたちは在宅勤務三日目に突入しようとしていた。
あいかわらず、なにひとつ分からない。
テレワークって具体的になにすんの?
ミサキさんは答えてくれない。おれも答えを知らない。
ただ、なんとなくでテレワークしていた。
「……ていうか、なんで配信とかやってんです?」
「うぇ!?」
いきなり核心をついてしまったのか、ミサキさんは忙しく首を巡らせ、手元でもじもじ指を絡ませ、やがて諦めてようにボソボソ言った。
「や……こう……話……相手……とか……」
「……え、ここに同期が」
「いやナマとかムリくないデス!?」
「生」
おれは生という音の響きに絶句した。生て。二度では足りなから重ねるが、生て。
「生て」
「なんスか!? てか、テレワークだからって強気ッスよね!?」
「いやこれテレワークって言えるんですか?」
「じゃなかったらなんだっていうんデス!?」
「……で、なんで配信――」
「戻るんかぁい!」
バフン! とミサキさんが背後のベッドにもたれた。天井に顎を向けた姿勢のまま、うー、とか、あー、とか唸り、やがて喉をゴロゴロ鳴らすようにして言った。
「友達が、欲しくて――」
「いやだからここに同期」
「できたら行ってたって言ってんスよ!」
ガバッと起き上がり、カメラに詰め寄ってきた。
「てか、それ言ったらそっちも投げ銭とか、がっつりッスよね? 食ってますよね!?」
「食ってるとか、そんな――」
「違うんスか!? テキトーに投げ銭してテンションあげさせといて――」
「落ち着け、ミサキ」
「ゔぇっ!?」
ミサキさんは絶句ののち眼鏡を曇らせ、呟くように言った。
「……いきなり呼び捨てとか、一昔前の少女マンガじゃないッスか……」
「読むんだ」
「ゔぇぇっ!?」
「どっから声だしてんスか……」
あきらかに作業効率は落ちていた。仕事にならないと言っても過言ではない。
ただ、メンタルは確実に回復している。
……傷んでいたのかは疑問だが。
おれはモニターの端に映る自分のニヤケ面から目を背けた。
「てか、まだ配信やってるんですか?」
そう尋ねると、見るも無残というほどに、ミサキさんの両肩が垂れ落ちた。
「この三日、なにを見てたんスか……?」
「や、えっと……猫耳?」
「それは忘れてほしいッス」
神速で言った。
ミサキさんは妙にアンニュイな雰囲気を漂わせながら右手の爪の先を弾いた。この三日で知っている。まず間違いなく意味はない。
「……いやでもホント、どうしてくれるッスか?」
「……ん?」
ちょっとテンションが違った。
「や、だって、自分の趣味、潰されたようなもんじゃないッスか」
「えっ」
「だってそうじゃないッスか。せっかくひっそりこっそり楽しんでたのに」
「えぇ……?」
「もう身バレ怖くて配信とかできないし。ちょーストレスッスよ」
「……いや身バレは前から可能性があったのでは……」
すっ、とミサキさんが冷たい視線をこちらに向けた。チベットスナギツネのあれだ。あからさまにガン切れな雰囲気を漂わせながらスマホを拾い、おれに流し目をしてきた。
「……ウーバーきたッス」
「――は?」
チャイム音。立ち上がるミサキさん。おれは言った。
「ちゃんと下穿いて!?」
「今日は穿いてるッスよ!」
おっしゃるとおり、穿いていた。ちょっと残念だった。
――おい。
一瞬マジで学生のころに戻ったような錯覚をおぼえ、おれは苦笑した。例の如くのミュート忘れのせいで、ミサキさんと配達員の会話が微かに聞こえる。
声質からすると、男だ。余計なお世話と思いながらも、少しだけ心配になった。
やがて、いつもどおりの様子で戻ってきたミサキさんは――。
「――え? それ、なんスか……?」
「すごいッスよね……ウーバーイーツ、あなどれないッスよ」
言って、ミサキさんが届けられたモノをこちらに見せた。
『ねるねるねるね』
そう、書かれていた。
「ウーバーイーツ、駄菓子、いけるんだ」
「や、ねるねるねるねは知育菓子ッス」
「えっ?」
「あ、まぁ、それはその、いいんで」
なにがいいのか知らないが、ミサキさんはカメラの前でねるねるねるねを開け始めた。
「やー、細かくあれこれ選べなかったんスけどね」
「え? ああ、ウーバーイーツ?」
「デスデス。まぁ今回だけ紛れ込ませてくれるって言って。自分、交渉うまいッスよね」
「……えっと、うん。そうね」
「反応わるっ!」
いいつつ、ミサキさんはいい笑顔でねるねるねるねの中身をこちらに見せた。
ミサキさん曰く知育菓子の、ねるねるねるね。
――粉だ。
誰がなんと言おうと、粉しか入ってねぇ。
「あの……それ、ウーバーで頼んだんですよね?」
「そうッスよー? 自分のお昼ッス!」
「お昼って……えっ?」
「お水っ♪ お水っ♪」
ミサキさんはペラッペラの白いプラスチックプレート片手に画面から消え、嬉しそうに戻ってきた。水を汲んできたのだろう。
「こっちの粉を容器に流して~……」
「あの……なんで、ねるねるねるね?」
「えー? お昼どうしよーって思って見てみたら、あった、みたいな?」
「おれ、実物はじめて見たかも……」
「ね!」
なにやらすごい嬉しそうな顔をして、ミサキさんは言った。
「自分もそうで! せっかくだし! いいかなって!」
そのテンションが妙に可愛らしく、おれはキモいであろうニヤケ面を隠しながら言った。
「なにがいいのか分かんないけど、つづけて」
「つづけてって」
ミサキさんはクスクス笑いながら小さな棒を取りだし、容器に突っ込んだ。
ぐるぐるとかき混ぜながら、へっはっはっ! と奇妙な笑い声をあげた。
「ねればねるほど……」
「――あっ、なんだっけそれ、なんか聞いたことが……!」
「こうやってチョコクランチにつけて――」
「チョコクランチ!?」
そんな洒落た雰囲気のカタカナだったか!? と、おれが疑問を挟み込んだそのスキに、
ミサキさんが、タン! とキーボードを叩いた。
テーレッテレー!
なんか、どっか、聞いたことがある気がしないでもない、安っぽい効果音だった。
ミサキさんは棒の先についたロリポップめいたものを口に含み、眉をしかめた。
「……え? マッズ――」
「ちょいちょいちょい!?」
「えっ?」
「いや、『えっ?』じゃないっしょ!? なんでそんな反応――っていうかいまのなに!?」
「いまの? いまのって……ああ、これッスか?」
いいつつミサキさんがキーボードを叩くと、
テーレッテレー!
と威勢よく謎めいた効果音が鳴った。
「サンプリングしたッスよ。めっちゃめんどかった」
「『めっちゃめんどかった』じゃねーよ!? なにイイ声でごまかそうとしてんの!?」
「やー、まぁ、なんか、ちょっと味が……」
「ちょっと味が、じゃないって! え? いつサンプリングとかしてたん!?」
そう、ツッコミをいれるつもりで言った途端、ミサキさんが眉を寄せた。
「えっ? あれ? 束縛系カレシ……?」
「はあ!? 束縛系!? 違うし! 全然違うし!」
なんなら、おれは放牧系だしと思った。いや、それ以前に、
「てかカレシ!? えっ!? おれカレシでいいの!?」
「えっ!? えっ? あれ!? えー!?」
「んんんんん!? なに!? えっ!? どっち!?」
「あー、えー、んー、えと、ちょっと待ってもらっていいッスか?」
「なにを!?」
「えと。やり直しで」
眼鏡の奥で、ミサキさんの目がグルグルしている気がした。
おれは思わず言った。
「やり直すってどっから!?」
「――ッ!」
テーレッテレー!
「……どういう意味!?」
「ね、ねれば、ねるほど……」
「なにを、ねれと」
「……えーと……あーっと……」
ミサキさんはねるねるねるねのパッケージを拾って言った。
「うわっ、これ百キロカロリーないし!?」
「えっ? ――普通、そういうときって、『も』あるじゃなくて?」
「いやいやいや、マジで言ってマス? 百キロカロリーッスよ? おにぎり半分ッスよ?」
「うわ、少な」
「デスよね!? 少ないッスよね!? アニメまでやってるくせに燃費が――」
「はっ? アニメ?」
初耳だったというか、聞いたことがないし、今後も聞かなそうな話だったから、いま聞いた。
「アニメって?」
「……ねるねるねるねのアニメッス。クラシエの公式に……いまんとこ十六話まで……」
「十六!?」
衝撃だった。週一回、三ヶ月で一クール。十六ということは四ヶ月。おれの頭のなかにおぼろげに残っているコケティッシュ魔女が一クール以上を生き残るとは。
というか。
「クラシエって……」
「元はカネボウッスね」
「なんで紡績会社が食品を……」
「えっ!? そこスかっ!?」
おれはふらふらと立ち上がり、台所に向かった。腹が減っていた。
昨晩あまらせておいた白米に特売チャーシューと少量の鶏ガラスープを加えて炒め、スープには卵を投入してそれっぽくしてパソコンの前に戻った。
ミサキさんが、真顔になっていた。
「えっ、それ……えっ? なんデス? なんでひとりだけ……」
「いやひとりだけって……おれにどうしろと……?」
「……え、それ、ウーバー……ウーバーイーツできマス?」
「……はぁ!?」
テーレッテレー!
音は鳴ったが、おれは魔法なんて使えない。
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