第13話 救いの主、マスターアカシ推参

光源氏とその従者たちは隠遁先の須磨で最初は別れた妻子を思って泣き暮らしてましたが二月三月も経つと…


「こうして田舎暮らししてると俺たち通勤しなくても食うのに困らないいい身分だったんだなー」


「ほーんとほんと落ち延びてきた貴公子、と現地で噂が広まって頼んでもいないのに漁師たちが貢物くれるし新鮮な海鮮うめーし隠遁ライフも悪くないなー」


と宮仕えから開放された僕らは貴族階級の有り難みを噛み締めながら光る君が素晴らしい腕前でお描きになる海辺の風景の絵巻物を題材に歌を詠んだり琴や笛で単発ライブを開催したり、こうなりゃ現地での暮らしを楽しんだ者勝ち!という若さゆえのお気楽さで海辺の別荘生活を満喫しておりました。

 

ある日

「そんなに忘れられないなら再アタックしろよー」

「コクって玉砕しちまえよー」


うぇーい、うぇーい!


と僕の後輩、源良清くんが従者の皆に煽られて「ほんっとあれは僕にとってトラウマですからやめてくださいよ…」と赤面して涙ぐんでる所をご覧になり光る君は「さては近くに想い人でもいるのかい?」と興味をお示しになられたので良清くんは過去に明石にいた頃の苦い思い出を自ら語る事となりました。


ここから目と鼻の先にある豪邸の主、明石の入道は元は中納言まで務めた貴族だったもののある日突然出家し、領地の明石に隠遁している裕福な坊主なのですが彼の一人娘が大層美しいと噂なので良清くんの父が「是非ウチの息子の嫁に…」と打診すると入道は烈火の如く怒り、

「ウチの娘は貴き人と縁付く強い星を持っとるんじゃい!地方受領クラスのそこら辺の源氏のせがれになぞ誰が渡すもんかっ!」


とけんもほろろに断られた過去をしょんぼりして語る良清くんを主も従者たちも哀れに思い、

「地方受領ってさ、貢物で私腹を肥やして(おい)中央の貴族よりいい暮らしが出来るのにその縁談断る。って明石の入道ってジジイどんだけプライド高いんでしょうね?」


「全くだ、両親が死んで頼るあてが無くなったらどうするつもりなんだ?」


それがですね…と良清くんはそこら辺の源氏とバカにされた事を思い出して苦い顔をし、


「その明石のクソジジイは娘に『もし父が認める縁談に巡り会えないままこの父母が死んだら…海に身を投げて海底に住む龍王に嫁いじまえ』と言い聞かせているんですよ!他に類を見ない頑固者で娘さんが哀れでなりませんが」


そこでちらっと良清くんは明石の入道の邸の方角をちらっと見、


入道の娘さんに未練はある。這ってでも会いに行きたい。「ちょっと相談したいことがある」と入道からの文が来た。でも…あんな、ひっでえ縁談の断り方をしたジジイに誰が会いに行くかよ。けっ!

とぷいっと顔を背けるのでした。


ここまで話したら光源氏のハートに火が付くか。と思いきや我が主は「ふーん、それは辛いね」と一言仰せになったきり。


どーしたんだ光源氏?26才の若さで枯れちまったのか。それともこのまま出家して坊さんになっちまうんじゃないか?


僕と良清は顔を見合わせ、


女に興味を持たない光源氏だなんて光源氏じゃないよな。


そーですよ、入道の娘さんじゃなくともせめて現地妻の一人や二人持って頂かないと配下の僕達もあのう、そのう、堪えきれないものがありますよね?


なるほどね、つまり「性処理」のことだな。


やだな先輩…そんなあからさまな…


と目顔で語り合える僕達は決してフォース使いではなくもう8年も一緒に仕事してきた同志の以心伝心で、


光る君にもそろそろ現地の愛人持って欲しいよな〜


俺達のために。


という共通の願望を抱くようになっていました。


この間

「もうどんな処分を受けてでもいいから親友に会いに来たよ。

光源氏の居ない都なんてエレクトリカルパレードの無い某テーマパークみたいなもんさ」


と今は参議に出世なさった頭の中将がふらり、と言った体で遊びに来てくださったのは本当に本当に嬉しかったです。

 

中将は光る君と酒を酌み交わし詩文を吟じ、時には須磨を現地視察なさったりして民からの「重税で苦しい」という訴えを真剣に受け止めて(こういう所彼は源氏よりも政治家らしい)一週間程でお帰りになり、



ふるさとをいづれの春か行きて見むうらやましきは帰るかりがね


いつの春わたしはふるさとに帰れるでしょう。今北に帰る雁がうらやましいことです。


と都での輝ける日々と若者が持つべき野心を我が主に思い出させてくれました。


そして須磨に移ってから2年経った春。

幾日も止まらぬ嵐と雷雨に皆生きた心地がせず睡眠も取れず、この世の終わりかと思える異常気象に


「もう嫌だ!おうちに帰りたいっ!都に帰れず妻子にも会えぬままここで死ぬのか?」

と錯乱して叫びだす従者まで出るので


もう只事では無い。


とお思いになられた光る君は願かけの準備をなさって住吉大社の方角に向かい、海に向かって幣帛を投げ、主従共々一丸となって長いこと祈りの言葉を唱え続けました。


数日後に嵐が収まった月夜の晩のこと。仮眠から目覚めた光る君は幼子のような顔つきで


「夢にね…亡き桐壺院のパパが出てくださってね、いつまでもこんなところにいてはいけないって仰ったんだよ。僕を心配してあの世から来てくださったのかと思うと嬉しくて今の我が身が情けなくってね…」


と言ってぽろぽろと涙をこぼされるではないですか。


その夜、必死の祈願で我々が呼び寄せてしまった桐壺院の御霊だけではありませんでした。


「源良清どのに会いたい」と夜中なのに船に乗って我々を訪ねに来たのは頑固そうな顔つきの痩せ気味の僧侶。


この坊さんが昔、良清からの縁談を蹴って恥をかかせた明石のクソジジイこと明石の入道だったのです。


「夢枕に異形の者が立ちましてな、嵐が止んだら直ちに源氏の君をお迎えに上がれと云うのです。ささ、我が船へどうぞ」


入道はにっと笑って光る君と僕たち従者を船に乗せると漕ぎ手に命じて対岸の明石へ船を向かわせました。


まだ夜中なのに月は煌々と輝いて視界も良く、するすると波が船を運んでくれる。


「なあに、わが邸には何でも揃ってますので源氏の君にもご従者の方々にも何ひとつ不自由はさせませんよ」


この明石の入道こそが後に光る君を大出世に導く運命の人物、マスターアカシになるのです。


従者惟光、伸るか反るか?こりゃー乗るしかないでしょーが!



救いの主、マスターアカシ推参。終わり


次回「明石の桃源郷」に続く





















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