第12話 行き行きて、須磨明石

皆さん、僕の名前は藤原惟光25才。平安中期の価値観ではちょい枯れです。

近衛大将光源氏の執事職である家司けいし。という役職で貴族の端くれなのですが…


冒頭から僕は泣きながら荷物をまとめて妻子に別れを言っています。


「いいかい、最低でも3年は都に帰らないつもりだからお前たちは実家に帰ってあまり目立たないように過ごすのだよ…あのフ○ッキンな右大臣の世の中なんてどうせ長くは続かないだろうからね」


と僕は妻に抱えられたことし三才の可愛い盛りの娘の頬に触れ、


「よしよしいい子だ…この子にはぜーったい男(ムシ)を近づけるんじゃないよ!それが例え兄弟でもだっ!」


とまだ事情のわからない4、5才の息子たちを見遣り、わざときつめの口調で妻に言い置いて自分用の荷造りを終えると…


さて、これから人目につかぬように光る君を都からお連れしなければ。とふかーいため息をついたものです。


我が主源氏の大将と僕を含めた家司たちは全ての官位を返上して須磨に隠遁する事になり、慌ただしく都から去ろうとしています。


光る君が紫の上と結婚してから3年。家庭では理想の女に育てた姫君との甘ーい新婚生活でしたがそれ以外では、


長年の愛人六条御息所が娘の斎宮に付いて伊勢にいってしまわれたり、

 

さらにお父上であり最大の味方、桐壺院が崩御してしまわれたり、


新しく即位なされた朱雀帝は決して暗愚なお方ではないもののお母上の弘徽殿の女御やその父右大臣の一派が天下を握ったようになり気に入らなかった貴族全てに報復人事が行われても強く言えない気の弱いお方。


それを止めてくださると期待していた藤壺の中宮様が桐壺院の一周忌の直後に出家してしまわれたりして。

(皇太子の母だというのに何か大きな悩みでもおありになったんでしょうかね?)


我が主どころか都のほとんどの貴族にとってクッソ面白くもない世情になった訳で。


そのような状況で光る君と朧月夜の君との仲が再燃し、

「実は私、朱雀帝の所で尚侍として働いてるんだけど瘧病わらわやみ(マラリア)に罹って実家で静養していてヒマなの。

私の事覚えていてくださったら逢いに来てくんない?ダーリン」

という文を貰って毎夜のように右大臣邸に通って逢引してたのです!


この頃の朧月夜の君は既に朱雀帝の元に入内なさっていて尚侍ないしのかみという女官なれど帝の寵愛深く、朱雀帝の寵姫として認識されていました。


そんな方との逢引なんて自滅行為以外の何ものでもありません。


光る君も朧月夜の君も、敢えて禁忌を犯してスリルを愉しむやべぇ気質の似た者同士だったのです。


男の方は幅を利かせている政敵の娘を抱くことで一時的な復讐心を満たし、女の方も父や姉大后の大人気ない振る舞いが気に入らないから光る君を誘い政敵に抱かれる背徳の快樂を味わい、


ザマアミロ。

と一時的に己を癒やしていたのです。


源氏物語というのは皇子として生まれ天皇になる筈だったのに母を失い源氏というただ人に落とされた光源氏という人の、喪失を埋めるための報復の物語なのだ。と思わざるを得ません。


病の娘の所に誰も来やしないわ。と睦みつるんだ後すっかり油断してきゃっきゃうふふしていた所を「さっきの雷はひどかったが大丈夫かね?」と娘を心配してやって来た右大臣に踏み込まれて現場を押さえられ、二人の関係は明るみになりました。


右大臣はその足で娘の大后に報告しました。が、

「ちょうどいいじゃありませんか。これで堂々とあの憎き桐壺の息子も、朱雀帝に葵の上をお嫁にくれなかった左大臣一派もまとめて粛清しちゃいましょうよ」


と恐ろしい事をしれっと大后がのたまわったのでこれなら報告しなければ良かった…と後悔した程の弘徽殿の女御の執念深さ。

恐ろしや。


「この際だ。我が政治的に何の野心も無い事を示すつもりで自ら官位を返上して西の方に隠棲しようと思う。辞めたい者は遠慮なく辞めていい」


と宣言なさった光る君は早速使用人をリストラし、愛妻紫の上に一人でも二条院の女主人として堂々と生きていけるよう全財産の生前相続手続きを済ませていた事には正直驚きました。


やはり紫の上は光る君にとって特別な方なのだ、他のどんな男でも妻にここまでの誠実は見せない。とその一点においては我が主を誇りに思ったものです。


かくして


まだ3才の息子夕霧くんを祖父母である左大臣と三条の大宮(桐壺院の妹で源氏の叔母)に託し、


父院の陵墓、出家なされた藤壺の中宮さま、そして中宮さまのご子息の春宮さまに別れの挨拶を済ませた光る君は気持ちを切り替えて変装用に僕が用意した中流の貴族が乗るような女車に乗り込み、

僕と良清はじめとする7、8人の使用人の男たちと共に逃げるように須磨へ向かいました。


昔、在原行平が流されていた場所という伝説から須磨という所は砂浜に松風が吹きすさぶ荒々しいイメージを抱いておりましたが…


以前良清の父親がこの辺りの国司を務めていた事もあり隠棲する家屋敷とその手入れも良清の手配で全て行われており、想像してたより暮らしやすそうな海沿いの別荘に案内された時の「これは何と…風流な佇まいではないか」と我が主が直に良清をお褒めになったので良清は「当然のことをしたまで」と俯きながらもドヤ顔をしたので僕は悔しくなって


「ほんっと良清は『はじめて』光源氏の従者に相応しい働きをしてくれたよね〜」


と先輩風吹かせて言ってやりました。


はあぁあ?

と眉引きつらせた良清の凄絶なメンチ切り、未だに忘れられません。


半月くらい経って暮らしが落ち着いた頃光る君は都に残してきた方々に手紙を書くのです。が…


「女院(藤壺)さま、春宮さま、不徳の限りを致してすいませんでした…花散里、妻にしないまま別れてごめんよ〜。三条の舅どの、ご迷惑かけます。夕霧ぃ、会いたいよぉ。まだ17才の紫の上に男(ムシ)が付かないか心配だよおおお」


と傍から聞いてこちらの気が滅入ってしまいそうな独り言を繰り返すではありませんか!


「この際はっきり申し上げますけれどね、全部…あんたの身から出たサビでしょうがっ!」


文を書くのを止めて泣き伏す主の肩を掴んで僕は「あんな意志薄弱な帝と誰からも支持されない右大臣どもの治世なんて長くは続きませんからっ」と一喝して揺さぶってやりました。


そ、そうかい?惟光。と涙の滲んだお顔を上げて「こーなりゃ現地での暮らしを楽しんだ者勝ちだね。ふっふっふ…ゆっくり都からの使者を待っていてやろうではないか」といつもの不敵さを取り戻しておいででした。


頑張れ源氏、負けるな惟光、風流尽くして生きてやれ。


光源氏とその従者、現在無位無官。


俺たちの人生の巻き返しはこれからだ!

ドン!!!




行き行きて須磨明石、終わり


次回「救いの主、マスター明石推参」へ続く































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