第9話『メンゲルス博士』

 

「ここは……?」


 うっかり寝ている間に、何処かに運ばれて来たのか、窓も見当たらない一室。

 ベッドと言うよりストレッチャーと言う方が良さげな台に寝かされていたみたいだ。

 毒のガスみたいなのを大分吸ってしまったけど、耐性あるので、特に異常はない。すこぶる健康だ。

 しいて言うなら、少しだけどトイレに行きたいかもしれない。残念な事に部屋にはトイレらしきもは無いのだ。

 バケツでも良いから置いておけよ!

 そのままするのは流石に女子として終わってる気がするので困ったな。


「さてと……トイレ探しに出るしかないな」


 とりあえず脱出して、トイレを探そう!

 まずはそれからだな!


 部屋の扉には鍵がかかっていたが、蹴飛ばしたら普通に開いたので、部屋を抜ける。

 部屋を出ると同じ様な扉が幾つものあり、それぞれ番号が扉に印字されている。


 通路を進むと突き当たりに扉があったので、そーっと中を覗くと、眼鏡の痩せこけたおっさんがいた。


「ん?なんか用か?」


 見つかってしまいました。


「え、あの……トイレどこですかね?」


 背に腹はかえられない。このおっさんが悪い人じゃなければきっとトイレの場所を教えてくれるはずだ。

 教えてくれなければ斬る!


「トイレ?……そこの扉がトイレだよ。使うがよい」


 いいひと確定!人は見かけで判断しちゃいけないね!


「ありがとう!使わせて貰いマース♡」


 使用許可を頂いたので遠慮なく入室して、トイレにて用を足した。スッキリ♡


「あ〜、スッキリした♡ありがとうございました〜、じゃ」

「ちょっと待て。小娘、貴様なんでこの様な場所にいるのだ?」


 あ、やば。


「えーとぉ、トイレを探してさまよってただけですよ?たまたま近くを歩いてまして……えへっ」


 ちょっと可愛く喋れば誤魔化せるはずだ。


「……そうか。まぁいい。名は何と言う?」

「え?エイル・セイクリッド……です!おじさんは?ここで何してるの?」


 このおっさんは、誘拐事件の犯人かもしれないので、一応聞いておこう。無事に脱出出来たらスピカさんにチクろうかな。


「セイクリッド?……そうか、聖女の末裔か!なるほどなるほど……それで……ふむ……」


 何か考えて黙っちゃったよ!質問に答えろよ!


「あの……で、お名前は?」


「ん?おお、そうだったな。私はメンゲルスだ。人は皆、私を博士と呼ぶがな。ただの科学者だよ」


「それで博士は何の研究してんの?」


「研究?……そうだな。君は最強種は知ってるかい?」

「最強種?……竜族とかそう言うヤツとか?」


「うむ。それもその一つかもしれんが、この世界にはかつて、天族と言う最強種の存在があった。人よりも知識に優れ、竜よりも力強く、エルフよりも美しく、亜人よりも俊敏に動き、魔族よりも膨大な魔力を有した存在。それが最強種、天族だ」


 天族って頭良いのか!知らなかった!俺は頭良いのか?

 レグルスなんて酷い馬鹿だぞ。それにエルフよりも美しいとか、ちょっと照れる。えへっ♡


「所詮人族とその他の種族なぞ、天族の劣化版でしかない。神が最初に創りし天族は正に究極の生命体なのだよ。そこで私は劣化版の種族で天族を造れないかと研究を始めた」


 ん?天族を造る?何を言っているんだこのおっさんは。

 俺はただ黙って、メンゲルス博士の話しを聞いていた。


「初めは異種族間での交配を試した。だが……失敗だった。魔族と人族の間に生まれるのは魔族。亜人と人族でも、亜人しか生まれない。エルフと人族も同様だった。竜種はそもそも捕まえようがないので、未実施だがな。そこで方法を変える事にしたのだったが……魔素とは何か知っているか?」


 急に質問して来た。マソ?


「えっ?あれだろ、痛いのとか好きな人の事だろ?」


「それはマゾだな。魔素だ魔素!」


「すみません……魔素アマリワカラナイデース」


「では説明してやろう……」


 メンゲルス博士の長い話しが始まった。ぶっちゃけ興味無いが、付き合う事に。


「魔素とは魔力と混同されがちで諸説あるが、魔力よりも不純物質の多いものと考える。そして魔素は人体に悪影響を及ぼす事は周知の事実でもある。だが、魔物にはその魔素が多く含まれている。しかし、討伐した魔物を食しても、人体に魔素は入って来ないのは何故か?」


 言われてみると確かにそうだな。そんなに身体に悪い物質なら、不健康になるか、腹壊すはずだよね。

 更に続けるメンゲルス氏。


「そこで一つの仮説として、魔素とは魔物の魂の様な物ではないかと考えた。死ねば肉体から離れて行き、魔素が集まり魔物が生まれるのではないかと」


 ちょっと何言ってるか分からなくなって来た。


「魔物の体内から魔石が採れる。それは魔素が結晶化した物質だ。その魔石を人の体内に移植するとどうなる?」


「強くなるとか?」


「そうだな。だが、弊害もあった。ツノが生え魔物になっただけだった。異形化してしまっただけだった。あれは失敗作だったな。だが、死人で試して見ると、これが上手くいった。個体差はあるが、肉体の異形化は最小限に抑え且つ身体能力の向上に成功したのだ。実に素晴らしい発見だとは思わないかね?」


 コイツ何言ってるんだ?

 人の体使って何とも思わないのか?


「人口使徒の量産……その先には、神を造る事が出来る希望があるのだ!いや、既に神に近い実験だ!私こそが神になるのだ!ククク……」


「狂ってる……人の命なんだと思ってんだよ!それで学園の訓練生を攫って実験に使ってたんだよな?ふざけんな!」


「ふん!私の素晴らしい実験に貢献出来て感謝してほしいね!ここは人口進化研究所、最高の生命体を生み出す神の家だ!大人しく糧となれ、実験体!」


 メンゲルスが銃を懐から出すなり、発砲してきた。

 が、体を逸らしてかわす。


「なんと!この至近距離でかわせる?偉く身体能力の高い素材が入ったと聞いたが、これ程とは!そもそも何故貴様は動けているのだ?毒が効いとらんのもおかしい。まさか耐性を持っているのか?」


「俺に毒は効かないし、弾丸だって当たらない。大人しくするのは、お前のほうだ!」


「実に素晴らしい!だが……ん?なんだあれは?」

「え?何?」


 メンゲルスの指さした方を見ると……何もなかった。

 振り返るとメンゲルスが、エレベーターに乗り込み逃げていた。騙したな!


「くっそ!汚いぞ!卑怯者ぉ!」


 上の階に逃げたのか?ていうかここは何階なんだろうか?とにかくメンゲルスを追わないと!

 エレベーターは使えない。なら天井突き破ってやる!


「ていっ!」


 垂直に飛び、頭突きで天井を突き破って上の階に出ると、メンゲルスが別室の窓からこちらを見ている。

 なんだろう?かなり広くて天井の高い部屋だ。辺りには血の痕らしきものが壁や床に残っている。


『さあ!貴様の実力を見せて見ろ!まぁ、多少傷付いてしまうが仕方ない。行け!』


 メンゲルスが別室のマイクで喋り、部屋のスピーカーみたいな所から音声が聞こえる。

 すると、部屋にある扉から何かが出てきた。


「人?……じゃない!」


 その体躯は三メートルは超えているであろう程の巨体。背中には黒い翼が生えている。見開く瞳は黒く、中心は赤く輝く。人間……だった存在なのだろう。


『ご察しの通り、我が実験の産物の一つだ!既に自我などは無いが、常人の数倍は強化されたサンプル!貴様を殺す人口使徒だ!』



 俺は、空間収納から刀を取り出して構えた。



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