第4話『革命』



 アチナ歴303年7月某日



 ローゼン帝国は崩壊した。


 民衆による革命が実行されたのだ。


 革命は起こるべくして起きたのだろうか?それとも、人為的に起こらされたものか?


 革命というものは表面化した時は既に末期と言ってもいいだろう。

 つまり以前から革命は始まっていた。

 水面下で革命派と保守派の政治的な争いは、常に起きてはいた。それに民衆を利用すると革命が起きる。


 ローゼン帝国には、王族、貴族、平民、奴隷といった身分制度があるが、生活の補償がされているのは貴族だけであり、平民には年金すらない。奴隷には人権がない。


 ただ、貴族、平民には徴兵があり、男子は軍に所属する事で収入を得る。だが重税により、生活が困窮している

 。奴隷には収入は無く、強制労働と肉盾としての軍事利用が主だ。


 はっきりいって酷い国である。


 それでも今日まで帝国として成り立っていたのは、軍事先進国として威厳の様なものだ。

 だが、死の大地での帝国の敗北がトリガーとなり、民衆は今まで我慢していたものが爆発したと言っていい。


 民衆は戦争に勝てば豊かになる。と信じていたが、魔国に負ける未来が見えてしまったが為に、今よりも酷い未来しか想像出来なくなる。

 そこに革命派の吹聴が加わると、あとは一斉蜂起である。

 群れになった民衆は、軍の火薬庫に火を放ち、貴族の屋敷を襲い、街では略奪し、暴徒と化す。


 鎮静化に向かう軍隊も大半が平民である。鎮静化に向かった部隊が次々に革命派に合流して反旗を翻す。

 街で略奪する物が無くなると、暴徒は王宮へと迫る。


 その暴徒化した民衆の先頭に立つ男がいた。


「立ち上がれ!皇帝を引きずりだせ!皆んな僕に着いて来い!」


 元勇者リュウタロウである。



 民衆を引き連れ王宮へと押し寄せる。

 立ち向かう軍隊をバッタバッタと切り捨てて行く姿に民衆は英雄を見る眼差しでリュウタロウの後に続く。


 ◇王宮内、皇帝の間


「伝令!暴徒化した民衆が押し寄せ、王宮内部に侵入!ここに来るのも時間の問題かと!」


「何をしておる!軍隊は鎮圧すら出来んのか!民衆等殺してもかまわん!殲滅せよ!」

 玉座の隣りにいる皇后はヒステリックに叫ぶ。


「最早、これまでかもしれんな……民を今更、力で押さえ付けても無駄じゃ」


「この革命をお認めになると?」


「ああそうじゃ。仕方あるまい。もうどうにもならんよ」


「ですが!…………ではせめて、国外にお逃げ下さい!王族の血は絶やしてはなりません!皇子殿下と皇女様は既に脱出の為、地下通路から城を出ておりますので、直ぐに後を追って下さいませ!皇帝陛下が無事なら、まだ再起は可能かと!」


「そ、そうよ!逃げましょう!陛下!」


「分かった……後を頼む」



 ◇



 王宮内では皇帝派閥の近衛騎士団と革命軍が衝突していた。

「これ以上先には行かせるな!皇帝陛下をお守りしろ!」



「ほう……その先に皇帝がいるのかな?なら押し通るとしようかな」


「き、貴様はリュウタロウか!そうか!貴様が先導していたのか!この裏切り者め!恩を仇で返すとは卑劣な!流石はクズ勇者リュウタロウだな!近衛騎士団団長マカロフ・トウゴウが相手を致す!覚悟!」


 両手剣を構え、勇猛果敢にリュウタロウ目掛け突進して来る。


「あぁ、そう」


 マカロフの豪快な一振りを軽々と弾き、聖剣から繰り出される光の刃がマカロフの胴を斬り、そのまま勢い止まらず、後衛にいた近衛騎士団も一閃で斬った。



「手応えないね」


 あっさりと近衛騎士団を全滅させ、リュウタロウは更に王宮の内部へと歩いて行った。


「さてと、金目の物は……後にするか」



「さ、さすがリュウタロウ様だ!」

「この革命はリュウタロウ様が居れば大丈夫だ!」


 革命軍の士気はリュウタロウの圧倒的な強さによって上がっていく。彼らにとってリュウタロウこそが英雄なのかもしれない。……クズだが。



 ◇


 帝都スタットブルクより、南の街道を南下する馬車が1台、護衛の騎士を数人連れ立っていた。

 馬車は皇帝ニコライと皇后の2人を乗せ、帝国脱出の為、国境付近を走行中だ。

 だが、国境の街エピを通過するのは危険だ。恐らく革命軍が待ち構えているのは明確であり、亡命は失敗する。

 ファミリア王国領に行くルートは大陸北部にある須弥山から流れる、天の河を小舟で下り、そのまま海岸まで南下するのが、安全と言える。何とも酷い行程だが、それ以外に生き残る術はない。


「おのれ、愚民共が!」

 皇后は先程からブツブツとうわ言の様に言葉を吐く。

 捕まれば確実に処刑台行きだ。

 まるで凍える様に体を震わせている。

 国民が貧困に苦しむ中、毎夜茶会などで贅の限りを尽くして来た。挙句、騎士団長と不埒な関係だと国中で囁かれている。夫婦仲など元々無い様な物であるから、ニコライは別段、気にもしてはいない。


 ニコライ自身にも側室は居るのでお互い様である。

 だが、ニコライが恋焦がれる想いをした女性は、あの夜、突如舞い降りた(ニコライにはそう見えた)天使。

 スピカしかいない。齢40で初恋とはと、ニコライ自身も思っても無かった事ではあった。あの夜、交わった事の幸福感だけで、既に人生を成就した位、国を放棄する事は差程、問題では無かった。



 走る馬車が急に停車する。


「な、何事じゃ!おい!」

 皇帝ニコライが、スピカとの行為を思い出してトリップしている最中で、皇后が急な停車に過敏に反応する。


 返事も無く、馬車の外は静まりかえる。


 馬車の窓から顔を出し、先頭の方を見ると、1人の女が立っていた。


「て、天使様!」


 慌て、馬車を降り、その女の元へと駆け寄る。

 その後を次いで皇后も馬車を出る。

 馬車の周りには護衛の騎士達の首の無い死体が転がっていた。悲惨な光景ではあるが、今の皇帝ニコライには、お花畑に見える。

 今、ニコライに帝国とスピカどっち選ぶ?

 と聞かれたら、即答でスピカで有ろう事は間違いない。


「あぁ……天使様!助けに来て下さったのですね!」


「…………」


「陛下、その婦人は味方ですの?」

 女の足元に情けなく縋るニコライを目を細めながら皇后が問う。すると、口を開いたのは女だった。


「皇帝さん、お久しぶりですね!ですが、さよならです」

 ニコライからすれば、処刑台に立った様な一言であった。


「そ、そんな!まだ、まだやれます!役に立ちますので、どうかご慈悲を!」

 ニコライはスピカの足元にしがみつき、涙を流し懇願する。


「何故、そんな得体の知れない女に懇願しているのですか!」

 皇后は今まで見た事も無い、ニコライの姿に動揺するも、スピカに対し、嫉妬と嫌悪の目を向ける。


「さて、どうしましょう?殺す様に言われて来たのですけれど〜」

 スピカからすれば、ニコライの行動は見慣れた事であった。今まで、この様な光景を何度見た事だろう。

 スピカの使徒としての役割りは、いつも同じだ。

 誘惑し、利用し、捨てる。最後はいつも同じ光景だ。そこに、スピカの意思等、必要とされない。


「この下賎な平民風情が!妾達は王族よ!誰かおらぬか!この女を始末せい!」


「みんな死んじゃいましたよ?」


「っく!」


「さぁ、さよならの時間です」


「くっそがァあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ!」我を忘れた皇后がスピカに石を投げつける。

 スピカは避けもせずに、額に石を受けた。

 額から血が流れ、顎をつたう。


 ニコライが石を投げつけた皇后に振り向く。が、既に皇后の体には首からさきが無くなり、その先は地に転がっていた。



「あ、あ、あぁ……」


 皇帝ニコライは妻であった皇后の無惨な死体から顔を背け、最早、呆然と地を見つめる。


 皇帝ニコライの耳元にスピカが口を寄せ囁く。


「皇子さんと皇女さんはうっかり逃してしまったので、安心して逝って下さいね」

 既に額には傷がなくなったスピカの笑顔を見、ニコライは全てを覚悟した。


「……天使様……感謝を――」




 ◇




「マリー、居るのでしょう?終わったわ……」



「お務めご苦労さまでやんす!」


 馬車の影からヒョイッとマリーが顔を出し近付いて来る。


「しっかし、スピカちんは容赦なく殺るね〜、うっわ〜、吐くわ〜」


「平気なクセに…………」

 ポツリと小さな声で呟いた。


「なんか言った?」


「ううん……それより検分ご苦労さま。それとも監視かですか?」


「うーん。鋭いなスピカちんは!まぁ、アルゴっちがねぇー、スピカは甘いから殺さないかもしれん。とか言ってたよ〜」


「殺さなくて済むなら殺したくはないですよね〜」


「でも、殺っちゃうのがスピカちんだよ。今も昔も」



「……本当に嫌になる……汚れてばかり」



「死体とかどうするのかな?放置?」

 スピカの声が聞こえなかったマリーが、辺りの悲惨な光景を見ながら言った。



「革命軍の追っ手がじきに来るはずですよ。皇帝さんが、死んだ事を分かれば後は上手くやるでしょうね。皇帝派の貴族も諦めるでしょうし」


「クズの方はどうしてるのかなー?」


「あぁ、リュウタロウなら帝都で好きに暴れていると思いますよ。余計な事してなければいいですが」


 クズと言っただけで誰の事か分かる共通認識が、既に世界レベルに達しているかもしれないリュウタロウは偉大だ。


「余計な事?」


「現金強奪とか人攫いとかですね」


「ホントに勇者なのかね?」


「……自信ないですが、勇者だと思ってます」


 そんな余計な心配をされる張本人のリュウタロウは案の定、主の居なくなった貴族の館で金品を物色中であった。

 帝国の有力な貴族は、革命の情報を得るやいなや、我先にと私財をまとめ、国外逃亡を果たしていた。

 屋敷に残る物は貴族にとっては不要でも、平民からしたら、売って金に出来る物もあり、強奪は止まらない。


 リュウタロウは王城の皇帝派殲滅の後、暇なので貴族の屋敷を訪れていた。


「これと言って欲しい物は無いな……ん?」


 明らかに不自然な暖炉を見つけた。


 屋敷の一室ではあるが、暖炉が必要とされるほどの部屋では無い。

 書類や、本が並ぶ部屋で、いわゆる倉庫の様な部屋である。普通、暖炉とかは滞在する部屋にある物だ。

 明らかに滞在する部屋では無い。そこに、暖炉。

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