幕間『春よ恋』


 ファミリア王国サンク市のはずれにある教会の隣りのある屋敷には女神アチナが住んでいた。


 何故に女神アチナがサンク市に居るかと言うと、理由は2つ程ある。


 一つは長期不在のエイル達に頼まれ、家の管理をする為であった。


 二つ目の理由は……。


 アチナのフレオニール観察だったりする。



 アチナは以前に偶然会ったフレオニールに一目惚れして以来、度々サンク市に訪れていた。

 そんなある日の事。



「えーと……これを全選択して……実行っと」


 アチナはPCのマウスをカチカチと動かし、画面上の死者リストを一括で処理していた。


「ムッハー!転生が超楽チンだよ!PCバンザイ!」


 ふふ、ボクは仕事が出来る女。

 PCを操り、転生を速やかにこなす神……アチナだよ。



「で?アチナがそのピーシー?とか言うアーティファクトを使うのを見せる為に私達は呼ばれたのかしら?」


「中々興味深いが、私にはこの四角いテレビと言う代物が面白いな!」


 魔女ノアと剣聖椿つばきが呼び出されていて、リビングで寛いでいた。


「あー、それもあるけど、実はね。明日フレオニールとデートなんだよ!」


「あ、そう。良かったわね。それで?」


「冷たいじゃないか!やっとボクにも春が訪れたんだから、もっとあるでしょ?」


「あのフレオニールがデートって柄かね?一体何があったんですか?」


「フフン!聞いてくれるかい」


「聞くも何も、言いたくてしょうが無いんでしょう?」



「あれは今から7日程前……」



 ボクは偶然を装って兵舎の前でフレオニール運命の再会を果たしたんだ。


「ア、アチナ様!何故この様な場所に?」


「えっと……君は確か……」


「サンク防衛隊のフレオニールです。以前にエイルさんの屋敷にて一度お会いしております」


「あ、あー。そうだったね。フレオニールか。実は野暮用でたまたま通ってね、今エイルの屋敷で暮らしてるんだけど暇だからお茶でもどうだい?」



 ◇



「突っ込み所満載ね。偶然を装って運命は無いでしょう?明らかに待ち伏せしておいて名前をわざとらしく忘れたフリって!」


「野暮用で通りかかってるのに暇発言もいかがなものかと。兵舎の周りは何も無いからな。不自然極まりないな」


「なんだよ!人が話してんだから途中で変なツッコミ入れないでくれるかな!」


「はいはい、それで?」



 ◇



「お誘いは大変有難いのですが、まだ勤務中ですので……」


「そっか。残念だな。ではでは何時に勤務は終わるのかな?ボクは何時でも大丈夫だよ!」


「は、はぁ、夜の8時位になるかと……」


「夜の8時だね!分かった!じゃあ8時にここに来るよ!」


「え、えー?わ、分かりました……」


 ボクとフレオニールは8時にお茶する事になったんだよ。




 執務室



「隊長。兵舎の前にずっと立ってるご婦人が居るのですが、注意した方が宜しいですか?」


「いや、あまり関わらん方が良い……」


 フレオニールは正直、アチナの扱いに困っていた。

 アチナは神であり、エイルの母だ。機嫌を損ねるとサンク市だけでなく、ファミリア王国が存続の危機に晒される恐れがある。曲がりなりにも人族の唯一神アチナだ。

 王国の為にも友好的に立ち振る舞わなければならない。だが、フレオニールは女性の扱いが苦手だ。

 セリスの様な軍属の部下ならまだしも、貴族の婦人とも距離を置いて来たフレオニールには女神アチナは難易度が高過ぎて逃げ出したい心境であった。


 仕方ないので、仕事を切り上げ兵舎前に待つアチナの所へと向かう。


「お待たせいたしました。申し訳ない」


「ううん。今来た所だよ!」


 いや、昼頃からずっと兵舎前に居ると部下から報告うけてます。何故に嘘をつくのですか?

 とは思っても言えない。


「そ、それではどうしましょうか?」


「うーん、とりあえず何処かで食事でもしようか?最近良い店を、見つけたんだよ!さぁ!付いて来たまえ!」


「は、はぁ……お任せします」




 ◇



「着いたよ、この店だ」


「ここは……冒険者ギルドですが?」


「あー、そうだけど、食事出来るんだよ。結構美味しい料理があるのさ」


 エール酒に簡単な料理をいくつか頼み、乾杯をする。


「ぷはぁ!仕事の後にエール酒は定番だね!そうだろ!フレオニールくん♡」


「は、はぁ……」


「ところでさ、フレオニールは独身なのかな?」


「ええ、独身ですが……」


「そっかー独身かぁ!うん。安心したよ。フフ♡」


 何が安心なのだろうか?

 ひょっとしてだが、女神アチナは自分に対して好意を持ってらっしゃるのだろうか?いや、人族風情の自分にそんな事はないだろう。


 女神アチナ……。

 現在の唯一神であり、邪神戦争の英雄の一人。先代の聖女であり、エイルの母でもある。

 母と言うには、まるで生娘の様な、清純さと神々しい美しさで、見る事すら罪に等しいと感じる程の存在だ。


 それが何故に、今、ギルドの酒場で対面しているのが、現実とは信じられない。


 フレオニールは緊張で味がさっぱり分からなかった。



「よう!フレオニール隊長殿じゃあないですか!」


 不意に別の席で飲み食いをしていた、冒険者が近寄って来る。全然知らない顔だが、酒に酔っているみたいだ。



「今日はまたエラい美人を連れてるじゃあないですか?隊長様の女ですか?ゲヘヘ」


「……いや、違うが」


「そうかい!なら、おい女!こっちに付き合えよ!」


 酔っている冒険者が強引にアチナの腕を掴み、連れて行こうとする。


「痛っ!」


 その瞬間フレオニールが立ち上がり、冒険者の腕を掴む。

「大事な方なんだ。無礼は許さん。その手を離さないと、貴様の腕は二度と剣を握れなくなるが、どうする?」


 フレオニールに掴まれた冒険者の腕がミシミシと音を立てる。

「ぐわぁぁっ!分かった!離す!離すから!」


 冒険者がアチナを離したのを見て、フレオニールも冒険者から手を離す。


「クソっ!お、覚えてろ!」


 冒険者はそそくさと足早にギルドを立ち去って行った。


「アチナ様、大丈夫ですか?」


「う、うん。ありがとうフレオニール、助かったよ。是非、お礼をさせてくれないかい?いや、絶対にするよ。出来れば来週の夜にでも必ず!」


 アチナはフレオニールの返答を待たず、強引に約束を取り付ける。あまりの勢いにフレオニールは断れず、了承してしまった。


「は、はぁ……」



「ち、ちょっと化粧室に行って来るよ」


 アチナはフレオニールを席に待たせ、化粧室へと消えて行った。




 冒険者ギルド裏路地



 アチナは通用口から裏路地へと出た。

 そこには、先程の冒険者が居た。


「さっきは、中々の演技だったね。これはお礼だ」


 アチナは懐から金貨を数枚出し、冒険者の男に渡す。


「へっへっ、お易い御用でさぁ。また何かあれば、協力しますぜ」


「フフ……その時はまたお願いするよ」




 ◇



「アチナ!自作自演とか相変わらず小賢しい事して!そんな事するから、モテないのよ!」


「またベタ過ぎる展開ですな〜」



「だ、だってやっぱり女の子が襲われて、白馬に乗った王子様的な展開で恋に落ちるのが普通だろ?」


「普通ではないわよ!不自然過ぎるわ。大体、アチナって昔から、そうよね?前にリョーマの気を引く為に、わざわざ浴室に先回りして、タオル一枚で、待ち構えたり、ワザと転んで抱きついたり。ラッキースケベをワザと演出して、挙句振られたのよね」



「ふ、振られたんじゃない!身を引いたんだよ!」

 顔を真っ赤にしてアチナは必死に手をバタバタとさせ過去の恥ずかしい話を誤魔化そうとする。


「それで、明日のデートの話はどうなったんでしょうかね?」


「あ、ああ?そうだよ、デートの話だったね。明日のデートで既成事実を作ってしまう為に着て行く服を選ぶのを手伝って欲しい」


「既成事実って、アチナ。懲りないわね」


「ふむふむ。服なら浴衣の破壊力を馬鹿には出来ぬかと」


「浴衣を着るシチュエーションじゃないわよ」


「ボクはこの堕天使エロメイド服と姫騎士ビキニアーマーが気に入ってるのだけど、どうかな?」


「神が堕天使になってどうするの?デートにビキニアーマーってのもドン引き間違いないわ」


「いっそウエディングドレスでもよかろう」


「あからさま過ぎて笑えないわね」


「笑う?笑う話じゃあないよ!真剣な話だよ!2人とも真面目にやってくれないかな?」


 いや、本人の出した服が真面目とは言えないだろ!と、ツッコミたいノアと椿つばきであった。



 アチナの春の訪れはまだ先かもしれない。


 フレオニールに幸あれ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る