幕間 『結城美佳①』



 君を始めて見たのは13歳の夏だった。



 小学生時代はリトルリーグに所属して野球をしていた。

 そこそこ名門のチームで全国大会にも何度か行っていたけど、優勝はない。


 中学生になり、身長も伸びず、男子との体格差が開き、シニアリーグを断念した。

近くには女子の硬式野球チームも無く、中学校ではテニス部に入ったが、やる気ないので先輩と喧嘩して辞めた。


 そんな暇を持て余していたのでやって来たのが、球場だった。


 全国高校野球選手権大会神奈川県予選決勝だ。


 名門校がひしめく全国屈指の激戦区神奈川で、今年は奇跡が起こっているらしい。

県予選決勝に初めて進んだのは県立武装高校だ。

元々弱い訳ではないけど4回戦が限界の高校で、偏差値は限りなくゼロに近い一桁と言う噂だ。名前を書ければ入れるとさえ言われている。


 対する高校は、倒壊大付属高校。

春夏通算8回の全国制覇。多くのプロを輩出している超名門校だ。あの縦縞のユニフォームは球児の憧れだよ。


 はっきり言って鉄板番組だよ。勝てるわけない。

誰もがそう言っていた。


 あの奇跡の9回裏までは。


 2対0で迎えた最終回、9回裏の武装高校の攻撃は好打順1番センター鬼塚。三塁への内野安打で出塁。

 続く2番ショート前田。きっちり送りバントでランナー鬼塚を二塁へと送る。

 3番サード桐木。今日二安打と好調。

 8球粘り四球で出塁。

 ランナー一二塁で4番ピッチャー江口の場面で場内アナウンス。


『選手の交代をお伝えします。4番ピッチャー江口君に代わりまして咲野くん』


 君が登場した。


 最終回の代打攻勢は分かるが、4番に代打は意外な策だと思った。


 初見で打てる様な投手じゃない。

倒壊大付属高校のエースは、秋のドラフト候補筆頭の本格派左腕だ。150キロの速球と高速スライダー、カーブと複数の変化球でプロ入り確実で即戦力と言われてる怪物だ。


 三塁側スタンドの武装高校の生徒達が盛り上がる。


「咲野来たーー!」


「神様、仏様、咲野様ー!」


「頼むぞ咲野くん!


 野球部もって何?


 武装高校の期待を一身に受ける咲野とは何者なんだろう?そんな君に釘付けになった。



 バッターボックスで構える姿は、はっきり言って素人だった。

 マウンドの投手はセットポジションでランナーを警戒しつつも牽制は無し。


 セットポジションからの初球。

外角高めのストレートだった。


 カキーン!


 金属バットの音がスタジアムに響く。


球場に居た全ての人間が一斉に打球の行方を追う。

 完璧に捕らえた打球は綺麗な放物線を描き、スタジアムのバックスクリーンを直撃した。


「嘘でしょ?」


 思わず声がこぼれ、鳥肌たった。


 逆転サヨナラ3ランホームラン。こんな奇跡を起こした張本人はダイヤモンドを一周すると武装高校のメンバーに囲まれて笑顔を見せた。


「甲子園か……私も行きたいな」




 8月。夏の全国高校野球選手権大会の本大会。

大会3日目の第2試合。


 神奈川県代表、武装高校と奈良県代表、天味高校の1回戦。私はテレビ中継を自宅で見ていた。

 

もちろん、君を見たくて。


 だけど、君は居なかった。


 スタメンはおろか、ベンチにも名前が無い。

 どうして?


 試合は7対1で武装高校は初戦敗退した。

甲子園の砂を集める武装ナインは泣く事なく、笑顔だった。甲子園出場だけで嬉しかったのだろうか?



 私は君を探してみる事にした。



 夏休みが終わり、武装高校の校門の前で待ち伏せしてみる事にした。


 しばらくすると、何やら怖いお姉さん達が出てくる、


「おい!アンタうちの学校に何か用?てめぇどこ中だよ!」


 うわぁ。なんてテンプレなセリフを吐くのだろう。

ムカつくけど、ここは我慢しておこう。


「あのー、ここに咲野って野球部の人居ませんか?」


「咲野?何?お前、咲野の女?アイツ中坊に手を出してんの?」

「咲野のバカなら、もう帰ったよ。なんでも今日はラーメン屋の大盛りが無料だからって、昼前に」


「はぁ、そうなんですか……」


 ラーメンの為に早退?馬鹿なのか?


「それに咲野は野球部じゃないよ。一応帰宅部だけど、運動神経いいから、運動部に助っ人で試合で出てるだけだよ」


「は?」



 聞く所によると、咲野大河は野球部だけじゃなく、サッカー部、ラグビー部、かるた部、etc……

 各部活をかけ持ちで、活動してるらしい。

 全て予選のみの参加らしく、武装高校では予選の神様と言われてるとか……


 君が野球部じゃない。それも衝撃的だったけど、あの試合で受けた衝撃は今でも、私の人生を変えた一大事だったよ。




 それから3年経った夏。



 高二になった私は、家から近い高校。娼淫高校しょういんこうこう野球部のマネージャーをしていた。

「私を甲子園に連れてって♡」的なスタンスではなく……




「おらァ!セカンド!トンネルしてんじゃねぇ!体で止めろやボケ!センター!フォロー遅せぇよ!ランナー帰っちまうぞ!ピッチャー!ベースカバー忘れんな!もう1回ランナー二塁から行くよ!打球はランダムね!」


 徹底したスパルタ練習で、野球部を甲子園へ導いた。

甲子園を控え、練習にも気合いが入る。

私は野球部の鬼マネージャーとして野球部と甲子園出場の夢を実現した。はずだった。




 練習後の部室に入ると、3年のエースでキャプテンの先輩が帰り支度をしていた。


「あ、先輩お疲れ様です!まだ居たんですか?あれ?アイシングまだなんですか?手伝いますね!」


「お、おう。頼むよ」



「何か、いつも口悪くてすみません。今日も罵倒しまくりで……」


「いや、結城のお陰で俺達は甲子園に行けたんだ。感謝してるよ皆」


「まだまだですよ!まだ甲子園で試合してないですから!全国制覇が目標でお願いします!先輩!」



「……なぁ結城。俺達付き合わないか?ずっと結城の事が好きだったんだけど……」


「えっと……」


 いきなり告白かよ!別にこの先輩嫌いじゃないけど、眼中になかっただけに驚いた。


「なぁ?いいだろ?付き合えたら甲子園頑張れる気がするしさ!」


 いきなり両肩を捕まれて必死の形相で迫って来る。

 何?付き合えたら頑張れるって?

 付き合わないと頑張れないのかよ!なんだコイツ!


「……無理。付き合えません」


「なんでだよ!散々地獄みたいな練習だって耐えたんだ!結城の事が好きだったからだ!」


 野球が好きなんじゃないの?何それ。無いわ!


「……ごめんなさい。無理です」


「くっそ!」


 ドンと突き飛ばされて、野球道具等が置かれた棚にぶつかり、尻もちをついた。野球道具が散乱する。


「痛っ!……」


「…………」


 いきなり突き飛ばすとか、マジ最低。

先輩を軽蔑する目を向けると、無言で近付いて来る。


「ゆ、結城!」


 何を思ったか、私に覆い被さって来た。


「いっや!何するんですか!やめ……て」


「うるさい!黙って付き合えばいいんだよ!ちょっと可愛いからってよ、いい気になってんじゃねぇよ!」


 バシンっ!


 顔に平手打ちをくらい、少し口の中が切れた。

流石に鍛えてる男子の平手打ちは痛いよ。

必死に抵抗するも、私の細い腕では押しのける事すら出来やしない。

この時ばかりは本当に女に生まれた事を呪った。


 その時、転がってた金属バットに手が届いた、


 私は無我夢中で金属バットを振った。


 ゴツ!


「がっ!」


 先輩の頭を金属バットの先で叩き、昏倒した先輩から離れる。


「ゆ、結城、わ、悪かった!冗談だ!許してくれ!」



「……うるせぇよ」


 私は金属バットでおもいきり先輩の腕をへし折った。


「があぁぁぁー!腕がぁ!」


「死ねや」

 ゴチン!


 更に頭をかち割り部室を後にした。




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