第15話『腹黒い二人と世界レベル馬鹿』


◇帝国某所



リュウタロウは不機嫌だった。


真面目に働くと宣言してからと言うもの、兵器開発部門で、それなりに働いていた。

リュウタロウが思い付くままに、地球の兵器を下手くそな絵で描き、試作品を作って行くのだ。


この世界には無い戦車を作る事が出来た。

次に戦闘機を作ろうとアイデアを出した。プロペラと翼が付いていれば、飛ぶと思ったが、飛ばずに失敗した。

リュウタロウに航空力学の知識など無く、実現不可能に終わった。

代わりにヘリコプターの様な物は何とか作れた。

制空権を支配する程の物では無いが、物資や部隊の運搬には役にたつと思う。


毎日9時から17時まで働き、帰りに1杯飲んで帰宅する毎日。家に帰れば3人の妻と猫耳の女。それと3人の子ども達。


まるでサラリーマンじゃないか!


何故、異世界召喚されたのに、普通に仕事して生活しているんだ。異世界来て社畜とは!

普通ぼろ儲けしてウハウハとか、俺TUEEEEでモテモテで王国の姫を誑かして、国もゲットだぜ!

のはずだろう!


「くそっ!これも全てあの、エイルのせいだ!」


リュウタロウはリビングのテーブルに置いた給与明細を見る。

ふざけんな!ボクの知識で新兵器開発しておいて、月収が50万ジルだと?しかも特別徴収税と言う項目で20万ジルが天引きされている。聞けば戦費調達だと?


戦時だから仕方ないらしい。そう思ってたが……。

帝国は年中戦争しているらしいじゃないか!

約300年近く戦争しているらしい。たまに戦争ない年もあったらしいが、永くても1年程だそうだ。


「ちょっとリュウタロウ!子ども達寝てるんだから大きな声出してんじゃねぇよ!この甲斐性なしが!」


「ユリア。お前の方が声大きいだろうが!お前らの為に地獄の様な仕事しているボクにもっと感謝しろ!」


「2人とも、うるさいニャー……」


いつもこの調子のやり取りで、一応使用人(無償)のリズは最近やつれてきた。


「リュウタロウの稼ぎが少ないのは事実だからねー」

「いっそリュウタロウの聖剣とか売っちゃえば?」

マミヤとリンも参加すると、大体3対1の構図になり肩身の狭いリュウタロウだ。


「お前らこそ稼ぎが少ないだろう!冒険者なんだからもっと稼げよ!」


「あたし等、子育てあるから、短時間の依頼しか受けれないんだから仕方ないでしょ!」


「そんなもん、リズに任せて、討伐数稼げ!」


「リズは母乳出ないよ!大体ミルク代が無いから母乳で育てる事になったの忘れたか!」


「くっ!」



そんな険悪な日常を繰り返しているリュウタロウ家に1人上機嫌に鼻歌を歌いながらスピカが帰宅した。


「皆さんただいま戻りましたー。おっ家族団欒ですねー」


「スピカおかえりなさいニャー」

「おかえりなさいスピカ。今ね、いつものリュウタロウの働きたくない病で喧嘩中よ」


ユリアの話によると、3日に1度はリュウタロウが働きたくない病にかかるらしい。


「あっ、そうなんですか。なんか空気読めないタイミングの帰宅でしたね。すみません」


「スピカ。仕事辞めたい。反対しても無駄だぞ!絶対に仕事行かないからな!」


やはり、こうなりますよね。とはいえ、しばらくは仕事していたのは、関心致しました。


「そうですか。丁度良かったです。実ゎ、リュウタロウ様に、お願いしたい事がありまして……」


まさかのスピカから、反対意見が出なかった事に皆が驚く顔をみせる。


「お願いとは何だ?また別の仕事なら断る」


「えーと……ニコライ皇帝の暗殺。報酬は……勇者の称号の返還ってのは、どうですか?」


「「「なっ!」」」


サラリと暗殺と言う言葉を口にして、スピカの表情はいつもの様に優しげな笑顔だ。

ここで「冗談ですよ〜」と言う言葉を、皆は期待したが、どうやら本気の様だ。聖女から暗殺の依頼が出ると言う事は、聖教会が依頼主と言う事になる。

そして、報酬は勇者の称号の返還。大きな餌を出して来た。今、リュウタロウ達にとっては、この上ない餌だ。


「何故、皇帝の暗殺を?それが勇者の称号と関係あるのか?」


皆の疑問をリュウタロウが代弁する。

確かに。帝国皇帝の暗殺なんて大犯罪も良い所だ。罰せらるなら分かるが、勇者の称号をチラつかせてまでメリットが聖教会にあるのか?


「えーと、暗殺と言う言い方が良くなかっですね〜。正確には、革命を起こして欲しいのですよ〜、この帝国に。今、水面下で革命の気運が高まってるんですよ?それを、リュウタロウ様が先頭に立ち、実現。あら不思議、英雄誕生ですよ!」


「革命?!確かに不満しかない国だが……しかしな……」


「それだけじゃ、ありません。新たな魔王が誕生し、魔王軍が攻勢に出ました。聖教会としては魔王討伐をリュウタロウ様にお願いしたいのですが、エイルさんの件もあって、元々無かった信頼がマイナスです。その補填として、革命を起こして英雄って訳です」


本当の所、革命などついでだ。スピカとしては皇帝の口封じと、侵攻して来るであろう、魔王軍への先手である。そして、最終的な戦いにはリュウタロウの力が必要になる。その為に勇者として戦って貰った方が扱いやすい。


「……うーん」


どの道、革命を成そうが、成さなくても魔王軍は攻めて来るか……。なら英雄にでもなっておけば戦後の扱いは違って来る。上手くいけば、王族ハーレムも夢ではないな。こいつらの事など知った事ではないが、適当に手切れ金でも渡せば良いだろう。

そして……今度こそエイルを……フフフ。



「改めて、どうかこの世界をお救い下さいませ。勇者リュウタロウ様!」


「あぁ、世界でもドジョウでも、救ってやるさ!」


「「「ええっ!」」」


ユリア達3人は、まさかリュウタロウが世界の為に立ち上がるなど、予想外であったのか、まさかの展開に動揺を隠せない。


「ねぇ?嘘でしょ?リュウタロウが勇者みたいな事言ってるよ!」


今までの行動から、とても勇者だと言えない働きと行いを身近で見て来たユリア達はリュウタロウが別人に見えた。


「で、でもさ、あたし等もう前みたいには戦えないよ?子どもをおぶって魔王と戦えと言うのかい?」

マミヤがこの先の戦いを心配する。


「肉盾……」

「それには心配は及びません。既に新メンバーの人選は、終わってます。ユリアさん達にはセブール国辺境に古城を用意してありますので、安全な場所で子育てをしていただけますよ〜」


「そ、そうなんだ。一瞬リュウタロウが何か言いかけたのが気になったけど、スピカ、何から何までありがとう」


新メンバーは全てスピカを含めた使徒だ。

完全に使徒で固め、リュウタロウを力ずくでも禁断の地へ連れて行ける事が出来、尚且つリュウタロウを殺される心配もない。これでアルテミス復活への道は有利に進むであろう。


勇者リュウタロウと聖女スピカ。

この2人の思惑が違えど、共に歩き始める。その先にあるのは、世界の平和か終焉か、神のみぞ知るのかもしれない…………






大陸北部にある山脈の一番奥に聳える、永久凍土の山。

須弥山。剣聖椿つばきの屋敷には、女神アチナと魔女ノア。そして剣聖椿つばきの3人がコタツで鍋を囲んでいた。


「へくちっ」


酒を片手に鍋をつついていたアチナが、突然くしゃみをした。残念な事に両手の塞がっていたアチナはくしゃみで数滴の唾液を鍋に飛ばしてしまった。


「あっ!何て事を!鍋がぁ!アチナ菌で浸食されて行く〜」


「ボクの体液をバイ菌みたいに言わないでくれるかな!これでも女神だよ?体液も聖水さ!」


「それより、女神がくしゃみなんて風邪じゃないわよね?アチナ昔から絶対に風邪は引かない側の人でしょ?」


「ノア。それはボクが、〇〇は風邪引かない側の〇〇みたいだね!」


「アハハ!アチナ殿は馬鹿〜。アヒャヒャ!」

既に酔っ払いの椿つばきは何でも楽しい様だ。


椿つばきちゃん!言ってしまったね?遂に馬鹿って言ってしまったね!ボクは馬鹿ではないぞ!やれば出来る子って言われてたし!」


やれば出来る子とは、結局出来ていない子に対する体の良いフォローに過ぎない事をアチナは知らない。


そんな酔っ払いの集まりの屋敷に小さい体を更に小さくした少女がこっそりと玄関から居間へ入って来た。

エイルである。


「あの、た、ただいま……」


「エイル!この馬鹿ァ!心配したんだよ!刀も持たずに出て行って、どれだけボクが心配したと思うんだ!」


アチナはエイルに抱きつき髪を撫でる。過保護な女神だ。


「ご、ごめんなさい……お酒臭いよ」


「帰って来たか。馬鹿弟子!罰として抱き枕の刑だな」


抱き枕の刑……。いつもされていますけど?

今日はいつにも増して酔っ払いだな。


「貴方がエイルね。いつもアチナから聞いているわ。はじめまして、ノアよ」


漆黒のジャージに長い銀髪。紅い瞳だ。何故ジャージ?

鋭い目付きがどことなくミカさんに似ている。


「はじめましてエイルです」


「ノアはボクの友人で先々代の魔王だったんだよ。魔法と下着のセンスはヤバい魔女さ」


下着のセンスって?気になるじゃないか!

いや、それよりも元魔王って!


「アチナに下着のセンスを言われるのは心外だけど、ミカエルの叔母です。ミカエルが色々と世話になっているみたいね」


ミカさんの叔母さんなのか。なんか納得。

因みに下着のセンスは椿つばきちゃんもかなりヤバいと思ってる。


「エイル。ところでミカエルは無事だったのか?」


という訳でデストロイ要塞の攻防について、知っていた事を話した。まぁ俺が行った時には全て片付いた後だったので、聞いた話なのだが。


「はぁ。相変わらずサクヤはめちゃくちゃね。あの子が、義妹だと思うと恥ずかしいわ。ミカエルの苦労が目に見えるわね。ミカエルを支えてあげてね?」


「はい。もちろんです!」


正直支えてもらってる側な気がするが。

支え合ってる事にして下さい。


デストロイ要塞での攻防で剣聖シズカの結界石が奪われた件と、使徒の一人が、聖女スピカな事等を話した。


「聖女スピカが、使徒だって?良く出来た後輩だと思ってたのに……」

「そう……スピカが」


アチナは少し落ちこんでいるようだ。

ノアは何か知ってそうな感じがするけど?

場の空気が何か重い……。


「あっ、そうだ!敵に奪われる前に剣聖ウメの結界石を貰って来たよ!これで少しは有利になるかな?かな?」


褒めて貰えると思ってました。頭をなでなでして貰 えると思ってました。だけど……


ゴツッ!


椿つばきちゃんから、強烈なゲンコツを頂きました。何で?

「痛っ!」


「この馬鹿たれがぁ!」


「????」


何か、物凄く怒ってます。見るとアチナは放心状態。ノアは、はぁっとため息をついて語った。


「エイルちゃん。結界石はね、剣聖が持っていて効果があるの。それをエイルちゃんが持っていると言う事は結界が破られた事になるのよ」


つまり、良かれと思ってやった事が、敵さんの野望の手助けをしてしまった事だった。


「世界レベルの馬鹿だったか」


ボソッとアチナが呟いた。

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