幕間 『勇者リュウタロウ』


 勇者 坂之上龍太郎はプロのニートである。

 現在29歳 就職はおろかバイトすらしない生粋のニートだ。


 最終学歴は高校中退。

 入学して直ぐにいじめに会い、不登校になった。

 父と母は龍太郎が中学生の時に離婚をした。

 原因は父が不倫関係にあった女性を選んだのだと言う

 それ以後は母子家庭となった。

 母を心配させまいと勉強は頑張っていた。

 だが、中学3年に上がる頃に母は再婚した。

 再婚相手とは上手くいかず、部屋に引きこもりがちになっていった。


 それでも高校に入るくらいの学力はあったので、高校受験は問題なく、高校に入る事が出来た。

 だが、一度群れを離れた生き物は、もう群れには戻れないらしい。


 次第に不登校になり、そのまま辞めた。

 部屋に籠る。母と父の様な人は自分の事で毎晩喧嘩をする様になった。五月蝿くて寝れない。

 毎日、父の様な人が部屋の前で何か叫んでいる。

 出てこい、働け、だの五月蝿い。

 だが、次第に諦めの様な雰囲気になり、むしろ出て来て欲しくないのか、完全に存在を消された様に、笑い声が聞こえる様になった。

 ならば徹底的に働かず生きて行こうと決めた。



 龍太郎はニートであって、引きこもりではない。

 外出はするのである。

 深夜遅くにコンビニに通うのが、日課だ。

 発売当日の少年誌、青年誌、コミックを必ず立ち読みに行く。雨の日も雪の日も、例え台風だろうと。

 毎日1000円が部屋の扉の隙間から貰える。

 1000円あれば余裕で生きていける。

 飲み物とカップ麺で約400円、残りは貯金箱に入れて

 貯まったら、ゲームや、PCの周辺機器の購入に使う。

 そんな生活を29歳になるまで続けていた。



 だが、事態は急変した。平成末期、いつもの1000円が部屋に入って来ない。

 家は静かだ。ひょっとしたら両親は泊まりで外出しているのだろうか?だが、今までは不在分の枚数が部屋に入って来ていたはずだった。

 忘れたのだろうか?

 幸いな事に、蓄えはあるので、暫くは大丈夫だ。

 だが、1週間、2週間経っても両親は帰って来なかった。



 おかしい。



 既に冷蔵庫の食材は底をつき、米も無い。

 家中の引き出しを開けたが、通帳や印鑑の類いは見当たらない。

 両親は逃げたのだ、龍太郎から。

 やがて、電気は止まり、水道は断水した。

 家賃はどうなってるか知らない。

 龍太郎はかつて感じた事の無い恐怖に怯えた。

 このままでは死ぬかもしれない。いや、死ぬ。




 どうせ死ぬなら、最後に好き勝手やろうか?




 とりあえず、両親の部屋にあったストッキングを被った。母のストッキングを被る日が来るとは人生何があるかわからないものだ。

 せめて美女のストッキングだったらと。そんな性癖は無いが、母のよりは守備力上がりそうな気がする。

 あと必要なものは……包丁かな?

 いや、もし途中で警官に職質でも受けたら面倒だ。

 ドライバーなら問題ない。

 プラスかマイナスで迷ったが、プラス思考とかけて、プラスドライバーにした。





 深夜3時。龍太郎は近所のコンビニ近くの路地でストッキングを被る。念の為、デローンと伸びてる足の方を引っ張り、縛る。

 緊張して来た。心臓の鼓動が外に聞こえるのでは無いかと思うほどだ。

 コンビニに行くのにこんなにも緊張したのは初めてだろう。

 外から店内の様子を伺うと、他に客は居ないようだ。

 レジ付近には、いつも人を見下した様な目で接客する若い女がいる。とても美しい顔をしているが、嫌いだ。なんかバカにされている様な気がしてならない。だが、今日は恐怖するがいい!

 ふふふっ!


 ジャージのポケットの中にあるドライバーを握り締める手は汗びっしょりだ。

 龍太郎は少し足早に入店する。


「いらっしゃっせー」

 いつもいる冴えない男性店員の腹立つ挨拶が聞こえる。こちらを見ては居ない様だ。


 現金を奪った後、直ぐに逃げれる様に入口側のレジ前に立つと、あの可愛らしい、いや、忌々しい憎き女性店員がやって来た。名札には平仮名で「ゆうき」と書かれている。


「いらっしゃいま……!」

 絶句した。こちらを見て固まってる。


「あの、お金、下さい」

 緊張でカラカラの喉から絞り出すように、遂に言ってしまった。もう後戻りは出来ない。

 どんな言い訳をしようが、この言葉を発した瞬間にボクは犯人になったのだ。


 みるみる青ざめて行く店員。ふふっ

 その顔が見たかったよ!


 異変に気付いた男性店員がカウンターに入り、正面に立った。


 一向に金を出す気配の店員に苛立ち、もう一度。

「か、金を出せー!」

 余り時間はかけたくないのだ。

 早くしろ!早く!早く!早く!早くっ!


 男性店員がまさかの行動


「ぶほっ!」


 吹き出しやがった。

 女性店員は目を見開き、男性店員を見る。


 その瞬間、龍太郎は完全に壊れた。

 ボクが、こんなにも辛い思いしてまで強盗しに来てるのに、笑うのか、可笑しいのか!


 龍太郎は持っていたドライバーで男性店員の胸を刺した。


 おそらく心臓を貫いたであろう。男性店員は電池の切れた人形の様にバタリと倒れた。


 男性店員に縋り付く女性店員は泣き叫び、金を出そうとしない。

 早くしろ!イライラしてくる。


 カウンターに入り、女の髪を掴み、引きずる。

「ねえ、お金はー?」

 金が欲しいだけなのに。モタモタしてるから死ぬんだよ。悪いのはこいつら。

 ボクは悪くない。うん。悪くない。



 女の顔を蹴飛ばす。泣き止んだ。うん。いい子だ。



 馬乗りになると、涙と血で汚れた顔でこちらを睨む。

 ドライバーで腹を刺した。



 呻きながらも女はストッキングを引っ張り、被っていたストッキングが破れた。

 顔を見られたが、最早どうでもいい。どうせ会わない。



「お前、絶対殺してやる……」




 やれるもんならやってみな!と言いたい所だったが、男の方を見ると、何やら光の文字が円を作り死体の周りを囲む。

 まるで、ファンタジー系のアニメやゲームに出てくる魔法陣のようだ。

 人間って死ぬと魔法陣出るのかー。知らなかったわー


 いや、そんな事ない。昔、祖父が死んだ時に魔法陣なんて無かった。

 大体、人が死ぬ度に魔法陣出て異世界転移してたら最早異世界じゃない。

 ひょっとしたら転移出来るのか?

 ダメ元で魔法陣の中に入る。

 女の目が開いたまま絶命しているが、こちらを見つめているかの様な気がする。



「さよなら、ゆうきサン」



 光に包まれ、景色が無くなった。




 ◇神聖王国セブール某所


 窓一つ無い、石に四方を囲まれた暗い部屋で、法衣を身に纏った神官が祈りを捧げる。

 部屋には僅か4つの燭台と女神の像があるだけだ。

 部屋の中心には、その神官が展開した魔法陣が光る。


 既に祈りを捧げてからまる3日だが、ようやく魔法陣が光始めたばかりだ。

 その神官が捧げた祈りは、超が付くほどの禁忌の魔法。

 勇者召喚魔法だ。


「ここは?」

 魔法陣があった中心辺りに立っていた青年は、変わった服装をしていた。黒髪で少し長め、片目が前髪で隠れている。

 体格は細く、顔はやや不健康そうに痩けていた。


「初めまして!勇者様っ!どうかこの世界をお救い下さい!」


「勇者?ボクが?」

 あぁ、やっぱりあれだ、異世界召喚ってやつだ。

 ツイてる!こんな最高の逃亡先はないだろう!

 あと、目の前の女、なんだこの超絶美女は!

 今まで生きて来て間違いなく一番の美女だな。

 二番目はさっき殺した。


「ところであなたは女神様?」

 女神ならその美しさも納得なのだが……

 銀色の髪は胸辺りまであり、内側に緩くロールしていた。瞳は金色でキラキラしてるよ!


「えぇっ!?私ごときが女神様など、恐れ多いです!私はただの神官にございます」


「そっか、で君の名前はなんて言うんだい?ボクはリュウタロウだ」


「私の名はスピカ・アストライアでございます。勇者リュウタロウ様」


「あのー、リュウタロウ様、後ろに倒れてる方は……?」


「後ろ?あっ!」

 後ろにはあの男性店員の死体があった。

「こ、これは……そうだ悪党だ。ちょうど悪と戦っていた所だったのさ!」

 苦しい言い訳だが、大丈夫か?


「そうなんですね!流石勇者様です!」


 信じたらしい。


「では、悪党の死体は私の方で埋葬させていただきますね!」


「あ、あぁ宜しく頼むよ」


 こうしてボクはこの世界で勇者リュウタロウになった


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