第30話

「次の打ち合わせも、あなたが来てくれるの?」

 初老の担当者は、ジェニーさんが気に入ったようで、ジェニーさんにばかり話しかける。

「そ、それは、ちょっと・・・」

 ジェニーさんは、微笑みを絶やさずに担当者に答えた。

「では、私たちはここで」

「今日は、お忙しいところ、お時間ありがとうございました」

 僕たちは、担当者に軽く頭を下げた。

「私、外に出る用事があるから、近くまで送っていきますよ」

 担当者は、ジェニーさんの隣に寄り添うように、一緒にマルチュー商事を出た。

 5階建ての少々古びた建物を出たせいか、層ビルが僕たちを見下ろしているように感じた。


「あら!」

 大通り沿いを歩いていると、突然、大きな声が僕たちを呼び止めた。

 担当者が、声のほうをゆっくりと振り返った。

「おおっ!ここで、小野小町に会うとは!」

「いやだ~。こんなところで会うなんて~。運命感じちゃうじゃな~い!」

 大きな体を上下左右に揺らしながら、着物姿の声の主は近づいてきた。

 僕はその姿に見覚えがあった。

 その声にも覚えがあった。

 声の主が近づくにつれ、僕の体は硬直した。

 心は今すぐにでも逃げ出したいのに、驚きと恐怖で体が一歩も、前にも後ろにも動かない。

 巨体は僕に手を振った。その手から、くもの糸のような見えない糸が飛び出し、僕を捕らえるようだった。

「ヤスコちゃーん」

 担当者が両手を広げて、自分よりも大きな物体を受け止める体勢をとった。


 飛ばされろ!


 僕は心の中で、願った。

 車と子供とこの巨体は、急には止まれないんだ。

 ところが、僕の予想に反し、巨体は目標物に近づくにつれ少しずつ速度を落とした。

 そして、担当者の数十センチ手前でピタリと止まると、巨体も両手を広げ、2人はガシっという音が聞こえそうなくらい、しっかりと抱き合った。

 はたから見たら、ぶつかり稽古だ。

「やすこちゃーん。今日は一段と綺麗じゃなーい」

「やーねー。夜はもっと綺麗よー」

 2人の暑苦しい・・・いや、熱い抱擁は、僕の目には肝っ玉母さんと子供のじゃれあいに映った。

「これから、デート?」

「やっだー。相変わらず、冗談きついのね。今日も、アタシをお姫様抱っこしてくれる王子様を探してるのよ!」

 僕は一秒でも早く、この場から逃れたいのだが、この状況では僕だけ先に帰ることはできそうにない。

 巨体と目が合った。

「ねえ、ちょっと」

 巨体は、担当者の耳元でささやいた。

 といっても、声が大きいので、僕のところにまで聞こえているのだが。

「アタシ好みの男連れて、何してんのよ。ちょっと、紹介して」

 そういって、巨体は僕にウインクした。

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