第13話 アイツは宇宙人だからな 2
なんだ。
なぜか残念に思いながら、切通の普通の女子のような仕草にドキリとした。
正直な話、
――アイツは宇宙人だからな。
和泉はあの言葉をこの世で最も嫌っていたのに。
蓋を開ければ、和泉自身があの言葉の通りのことをしていたのかも知れない。
なぜなら、切通はもしかしたら、当たり前のように普通の女子かも知れないからだ。それどころか――切通なら、本当に宇宙人とだって、仲良くなっちまう凄い奴なのかも知れない。
和泉は窓から室内へと侵入に成功し、切通へと振り返る。
「大丈夫だ。早くこっちへ――」
和泉が口を開いた、その時だった。
こちらを、懐中電灯の光が照らした。
しかし、それは一瞬のことで〝見つかった〟と考えるには早計すぎたに違いない。
それに、警官は制止を促すような声は上げなかった。
恐らく警官が持つ懐中電灯の光がたまたまこちらを向いただけ、だったのだと思う。恐らく警官は、二人に気づいてはいなかった、のだと和泉は思う。
しかし、切通は、そうは思わなかった。
慌てた切通が窓枠へ片足を持ち上げると、短いスカートが物凄いところまでめくりあがってふとももが露になる。切通の片手には文庫本が掴まれていて――その僅かなバランスが、前のめりに崩れた。それを見て、和泉は反射的に手を伸ばした。そして、ただただ窓を抜けようとした切通は、そのまま和泉に全体重を預けてきた。
和泉は切通の体を受け止めたが、重心を失って倒れこんだ。
そして、それは運が良かっただけだ。
無理やり捻った体がハードルを避けてマットに沈み込む。マットのお陰で大きな音も出ず、怪我もしないで済んだ。
しかし、結果的に、和泉はマットと切通の身体にサンドされていた。
切通に押し倒されるのは、これで二度目だった。
あの時よりも視界が悪いせいで、どこがどう当たっているのかまるで分からない。ただ、和泉の左胸と左腕に押し付けられている柔らかい二対の未確認物体は、99.98%の確率で切通の発育の良いアレであって、ふとももだってこの前よりも絡まりあって股間が密着しているようで――って、そんなことを考えている場合じゃない。
「ま、窓を閉めてもらえるか?」
「また、その! ごめんなさい!」
切通は和泉の体から飛び退くようにして立ち上がり、慎重に窓を閉めた。
かなり派手に倒れこんだように思ったが、警官のライトは部室棟に向けられているわけでもなさそうだし、とりあえず危機は脱したらしい。
気持ちを落ち着かせるために、深呼吸した。
しかし、それでも緊張は残ったままだった。
「頭は窓よりも下げたほうがいいかもな?」
「……そうね」
小声で伝えると、切通は和泉の隣まで戻ってきて座り込む。
つかず離れず、といった距離感だった。
暗く狭い部屋で、二人きり。
「……」
「……」
外にはまだ警官もいるだろうから、静かにしていることは正しいと思う。
「……」
「……」
しかし、とても気まずい。
静寂が心苦しくて視線を巡らせるが、そう感じていたのは和泉だけだったのかも知れない。
「……あのね、和泉君?」
不意に、切通が口を開いた。
「……なんだよ?」
和泉の返答に、切通は深呼吸して言葉を続ける。
「その……私、今までいろいろと迷惑をかけたわね。和泉君が宇宙人なわけがないのに、決めつけて無理も言ってごめんなさい。そして、そんな迷惑ばかりかけた私と一緒に逃げてくれてありがとう。私に構わず、一人で逃げたほうが早かったでしょう?」
言われて、初めて気づく。
確かに、一人で逃げたほうが効率は良かったかも知れない。
切通を囮にすれば、自分だけならもっと簡単に逃げ切れたかも知れない。
でも、
「……一人で逃げるなんて、思いつかなかっただけだ」
和泉の素直な答えに、切通が小さく笑った。
「さっきも、その、受け止めてくれて、怪我もしなくて済んだわ。ありがとう」
「……」
素直に礼を言ってくれる切通に、申し訳なく思った。
「あのさ?」
自分はそんな、礼を言われるような人間じゃない。
「俺、昔は宇宙人を信じてたんだけど、あることがあって宇宙人を嫌いになったんだ」
「……そうなの?」
声を潜める切通を見て、むしろ――こんな年まで、宇宙人を好きで、信じられ続けている切通に、和泉は驚いていた。
和泉はそれを、切通に伝えなければいけないのだと、思った。
「その嫌なことってのがさ? 俺は宇宙人を信じてたんだけど、それを誰にも信じてもらえなかったってことだった。で、それが子供ながらに悔しくてさ。俺は正しいことを言っているハズなのに、どうして俺が嘘つきにされるんだって思った。でも、そりゃそうだよな。普通の感覚なら、宇宙人がいるなんて信じてる奴は希少種だし、こっちが変人だと思われるのは間違いない。そもそも、当時の俺には宇宙人がいるって証拠なんて出せなかったし」
薄暗くて見づらいけれど、和泉は切通に顔を向ける。
「切通だって、それを知ってるから……隠しているんだろ?」
切通は一人でいることが多いが、クラスではもっぱら優等生で通っていて〝宇宙人を信じている電波な奴〟なんて噂話を一度も聞いたことがない。
文武両道で成績優秀で見目麗しく、何もしていなくても注目を集める切通だ。そんな奴が変人だと漏れれば、その噂は交友関係の広い貝塚まで絶対に届くし、もっと何かしらのレッテルが貼られてしまうに違いない。
だから、切通はその想いを、誰にも話していなかったのだろう。
知られてはいけない事だと気づいていて、誰からも隠していたのだろう。
だからこそ、偶然知ってしまった自分が、
「否定して、悪かったな」
和泉は頭をかいて続ける。
「宇宙人だって、どこかにいるかも知れない。いるかいないかなんて悪魔の証明だし、いないと証明できないんだから、いる可能性だって絶対にあるんだ。それなのに、みんなが言うからとか、一般常識で決めるってのは間違ってるよな。だって、遥か昔は地動説なんて誰も信じてなかったんだぜ? なら、今の常識の方が間違ってることだってあり得るよな?」
和泉は子供の頃に抱えていた想いを口にしていた。
あの時に漠然と感じていたその想い。
「正直に言えなくて、遠回りしちまって、悪かった」
だって、和泉の本心は、
「切通が宇宙人を信じてるのも、なんか〝良い〟と思うんだよな。ロマンもあるしさ?」
和泉の言葉は、少しでも切通に伝わっただろうか?
「そ、そう……よね?」
震える声に改めて視線をやれば、
「お、おい!? な、泣いてんのか!?」
窓から届く僅かな街灯の光が、切通の頬に伝う涙で反射していた。
「あれ、なんでだろ?」
暗闇の中で、切通は小さく嗚咽を漏らしている。
「止まらないや」
疑問を口にしながら、切通は両手で瞳を拭っていた。
そんな切通を見て、和泉は思う。
切通は、自分が思う以上に、色々なことを溜め込んでいたのかも知れない。たった一人で、夜に宇宙人を呼び出す儀式を行ってしまうほどに色々なことを考えて。一人で全てを背負い込んで、拗らせてしまったのかも知れない。
「俺は宇宙人じゃないし、どこまで力になれるか分からないけどさ?」
思わず口をついて出た。
「でも、何かできることがあるなら、手伝うよ」
和泉はまた、自分が無責任なことを言っているのかもしれないと思う。
でも、そんな和泉の言葉に、切通は笑ってくれた。
「……ありがと」
それから三十分ぐらい部室棟に隠れて、二人で窓枠を超えて外へと出た。
すでに警官もパトカーも姿を消している。
携帯で時間を確認したら、すでに明日は今日になってしまっていた。
辺りの闇はさらに濃さを増していて、夜風は刺すような冷たさだ。
しかし、その代わりとばかりに、夜空には星が沢山浮かんでいた。
「これだけ星があるんだから、宇宙人なんてすぐに見つかるよね?」
「そうだな」
同意する和泉に、切通が笑う。
その笑顔を見ながら、もっと正直にすれば絶対に可愛いのにと勿体なく和泉は思う。
二人して正門を超え、空を見上げる切通に「家まで送る」と伝えたが「すぐそこだから」と断られた。それでも和泉は食い下がったが、切通は首を縦には振らなかった。
「それよりも、和泉君は大切な協力者なんだから、風邪をひかないようにね?」
制服姿の切通はスカートから生足を晒しているわけだし、自分よりも寒いハズなのに。
「切通こそ、無理するなよ?」
和泉の問いを、どのように受け取ったのか。
切通は笑う。
「私はもう、大丈夫よ」
そんな切通のためにできることがないかと考えて、和泉はひとつだけ、自分にもできることがあることに気づいた。
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