第10話:王城ギルド




「ん……と、もう朝、ね……」


 結局、私も椅子に腰掛けたままうたた寝していたようで、窓を見ると日が昇りはじめている。夜も遅かったし、報告後もシェリル様と話し込んでいた為、あまり休んだ実感はないんだけど……、


「……結局、姫もベッドでお休みにはならなかったのね……」


 シェリル様も私と同じく椅子で休まれており、誰もベッドは使わなかった事になる。


(折角、伝手で良い部屋を探して貰ったというのに……)


 私はそう苦笑しながら、掛けていた警戒魔法アラートを解除する。すると、


「……朝、ですか。早いのですね、ユイリ」


 目覚められたシェリル様からそうお声が掛かる。あまり眠りも深くはなかったようで、休まれたのか心配したのだけど、


「大丈夫ですよ、ゆっくり休めましたから」


 私の顔に心配が出ていたのか、シェリル様は苦笑しながら、そう話される。


「せめてベッドでお休み下されば……。彼の言うとおり、姫はずっと休まれていらっしゃらなかったでしょうに……」

「コウ様や貴女が心配されるのもわかるけど……、本当に休む事ができましたよ。こうして、信の置ける貴女や、彼が傍に居て下さるのですから……」


 そうおっしゃって、まだ眠っている勇者、コウの方に目を向けるシェリル様を見て、彼に随分とお心を掴まれたようだと感心する。昨日の彼の誠実な対応がそうさせたのだと思うけれど、男性不振に陥ってもおかしくない目に遭われたシェリル様が、彼に対しここまで心を砕かれるのは、とも思ってしまう。


 念の為、誘惑魔法チャームの類とかも考えたけれど、コウがそれを使った素振りはなかったし、事実、私の身に着けている破邪の魔除けも反応した気配はない。


(……ご自身を奴隷から救い出してくれたという思いから、そうさせているという考えが自然かしらね……)


 私自身、彼への評価は結構一喜一憂している。彼のあまりの破天荒ぶりに振り回されている感はあるし、まだ姫だと気付けなかったシェリル様を奴隷として星銀貨で購入するなんて言った時には軽蔑までしたんだけど、結果的に彼の考えやその理由を聞いて、納得もしている。


 その事からも、感情が魔法で操作されているのではなく、彼の行動の結果によるものだという裏付けにもなっているとも考えられた。


「そろそろ登城の準備をしないといけないのだけど……起きないわね」


 まぁ、あれだけ遅くまで起きていた訳だし、気持ちはわからなくないけれど……。


「……もう少し、寝かせて差し上げる事は出来ませんか?」


 シェリル様がそう控えめに申されるものの、


「ですが……、そろそろ時間が迫っております。この辺で目を覚まして頂かないと……」

「そうですか……、わかりました」


 シェリル様はそう答えられると、何やら小声で詠唱する。それが神聖魔法の一種、目覚めの奇跡リベイトと理解した時、


「うん……、あれ、もう朝、か……」

「はい、お早う御座います、コウ様!」


 微笑を浮かべ話しかけられるシェリル様に、コウは少し紅くなっているようだった。それにしても……、シェリル様は神聖魔法にも通じていらっしゃる事に内心舌を巻く思いがする。


 才色兼備とは伺っていたけれど、まさかこれ程だったなんて……。


「あ、ああ、うん、おはよう、シェリルさん」

「シェリル、でかまいません、コウ様。昨日も申し上げたはずですよ」


 彼も余り寝起きで頭が働いていないのか、それともシェリル様の魅力に当てられてしまったのか、しどろもどろに対応するコウにシェリル様の抗議が続く。


「ええ、と。だけど、君はお姫様だった訳だし……。正直、さん付けだってどうかと思うのに……」

「そんな……、昨日は出来る事はして頂けるとおっしゃって下さいましたのに……。それとも、わたくしを呼び捨てるのはそこまで抵抗が御座いますか……?」


 シェリル様は、少し涙目になりながら上目遣いでコウを見つめる。……これ、狙ってやっていらっしゃるわけじゃないのよね?シェリル様が彼に対してそんな事をする理由はないと思うし……ねえ?


 いずれにしても、コウがそれに対応できる筈も無く、シェリル様に押し切られる形となった。朝からやけに疲れた表情をしている彼に苦笑しながら、2人を促す事にする。


「じゃ、そろそろ登城しましょう。私についてきて下さい」






 宿屋にて準備を済ませ、登城に向けて自分達を案内するユイリ。その彼女について行きながら、今朝の出来事を思い出していた……。


 ……朝から飛んだ目にあった。いや、朝起きたら傍に目も覚めるような美女が自分に微笑んできて、迫ってくるようにお願い事をされるなんてどんな羨ましい状況だよ、と思うかもしれないけど……、実際にやられると心臓に悪い。


 そもそも寝起きで頭がうまく回らなかったところで不意打ち気味にそれをやられたもんだから、結局のところ、シェリルさ……、シェリルに押し切られる形となってしまった。


(……あれは、反則だよ)


 特に最後の……、上目遣いでこちらを見る彼女は、どんな頑固な人間でも彼女を見たら一瞬で、借りてきた猫のように素直になってしまうのではないのだろうか。


 魔性の女性……、というのはもしかしたら彼女のような人をいうのかもしれない。


「どうかなさいましたか、コウ様?」


 僕の隣で並ぶように歩く彼女は、小首をかしげるようにしながら微笑を浮かべていた。そんな彼女の格好は、昨日のフード付きの外套を被り、一見エルフとは思われない格好をしているものの、通りすがりの人が彼女を見て振り返るという素振りを見せている事に気付いたのは1度や2度ではない。


 彼女の持つ気品溢れる雰囲気のせいか、隠し切れない彼女自身の魅力のせいかはわからないけれど、そんな彼女はあどけない笑顔で僕を見ている。


 まるで、朝のやり取りはもう忘れました、とでも云うようなそんな彼女に向かって、


「いや、別に何でもないよ、シェリル・さ・ん」

「もう……またそのような困った事を……」


 あえて「さん」を強調して言うと、彼女は少し困ったように苦笑しながら、僕を諫めようとしてくる。そんな彼女を横目に見ながら、ある印象を受ける。


(でも……よく笑うようになったな……)


 満面の笑みであれ、苦笑いであれ……彼女が笑っている、という事は少なくとも昨日までの心境ではないという事だ。


 少しでもシェリルが前向きな気持ちになってくれたら、と少し偉そうな事を言ってしまったかもしれないけれど……こうして笑えるようになってくれたのなら上出来だろう。


 少なくとも、僕の幼馴染のようにはならないだろうから……。


 あとは、彼女の僕に対する「様呼び」がなんとかなればなぁ……。そんな事を考えていた時、


「ん……?」


 何処から飛んできたのか、1匹の小鳥が僕の肩に止まる。姿かたちはまるで元の世界にいたセキセイインコのようで、大きさも一緒。黄色い身体をしたその小鳥は、肩をゆっくりと腕伝いに移動し始め、やがて僕の人差し指までやってきた。


「なんだろう、この小鳥……。全く、逃げる気配がないな……」


 この世界では普通の事なのかはわからないけれど……。なんかこの小鳥、僕の指に止まったまま羽繕いまで始め出す……。


「まぁ、随分とコウ様に慣れた子ですね……」

「ホントね……。小鳥が1羽だけで降りてくるなんて、凄い珍しい事だと思うし……」


 いや、この世界でもなかなか起こらない事らしい。僕が羽繕いしている小鳥を人差し指で頭を撫でてみると、何処か気持ちよさそうにしているのようだった。


 ……なんというか、見てて癒されるって思えてくる。


「……この小鳥、コウ様に心を開いているようです。わたくしには、残念ながらあまり話してはくれないので、何て言っているかはよくわからないのですけれど……」

「えっ?ちょっと待って?シェリルは、小鳥の言葉がわかるの?」


 彼女の発言に、僕が驚いて訊いてみると、シェリルは頷き、


「小鳥、というよりは動物でしょうか……。王宮にいた時は、窓越しに訪ねてくる小鳥とよく話していましたけど……」


 そういえばあの子達、元気でしょうか……、なんて話すシェリルに、彼女だけが特別なのかといった視線をユイリに投げ掛けると、


「種族によって、としか言えないわね。実際このストレンベルク王国にも結界が張られているけど、動物側が心を開いてくれれば意思疎通は出来るという風には云われているわ。

私には聞こえたことはないけれど、ね……」


 肩を竦めながらそう話すユイリ。僕は改めて、この小鳥を見てみると、その容貌からか、以前に飼っていたペットのセキセイインコを思い出してしまう……。


 自分が会社に入社して、一人暮らしを始めてすぐに、ペットとして購入したのがセキセイインコだった。夜中に家に帰ってきて、ペットに迎えられると一日の疲れが吹き飛ぶほど癒されたものだった。


 ……インコを飼い始めて3年、やはり夜中に家に帰ってきて、産卵に失敗し、血にまみれて弱ったインコを見るまでは……。


「……なんかこの小鳥、全然離れる気配が見られないんだけど……。このままお城に連れて行って大丈夫なのかな……」

「大丈夫でしょう。王城の庭園にだって、小鳥が来る事もあるし、一応調べてみたけど、式神とかそういう類のものでもないようだし……。折角懐いているみたいなんだから、連れてきたらいいんじゃない?……多分からかわれるでしょうけど」


 へぇ、大丈夫なんだ。からかわれるっていうのは気になるけど、なんかこの小鳥の仕草を見ていると始めて会ったような気がしないし、連れて行けるのなら連れて行くか。


 普通、僕じゃなくてシェリルやユイリに懐きそうなものだけど、折角僕に慣れてくれているみたいだし……。それに、小動物に懐かれると、何処か嬉しい気分になってくる。


「うん……じゃあ、連れて行こうかな?」

「いいんじゃないかしら。この子、本当に可愛いし……。だけど、王城に着いたとたん逃げられて何ともいえない思いをする、というのはやめてよね?」


 ……それは僕じゃなくて、この小鳥にいうべきではないだろうか。






 かくして王城に着き、ユイリの案内で昨日の王座の間で謁見を許される。因みにあの小鳥は……今も逃げ出す事無く、僕の頭に止まっている。


 ……何故頭に止まるんだ……鳥よ……。お前は僕を笑い者にしたいのか……?


「そなたには色々驚かされてばかりおるが……、今日は一段と驚かされたな」


 周りに控える騎士や兵士さん達も僕を見て、笑っている気がする。……あと、ユイリは絶対笑いを堪えている。後で覚えてろよ、ユイリ……!


「まぁ……それは良い。シェリル姫、そなたも随分と大変な目に遭われたのぅ。ユイリより報告は受けておるが、我がストレンベルクは出来る限りそなたの助けになろう。勇者候補であるコウ殿と同様、以前より面識のあるユイリをそなたにつけるので、困った事があれば遠慮なく申し出てもらいたい」

「……お心遣い、感謝いたしますわ。オクレイマン国王様……」


 懸念だったシェリルの件も、無事ストレンベルクの支援を受けられるようになったようだ。だけど、ユイリがシェリルにつく、という事は僕にはまた別の誰かがつくのだろうか……。ただ、王様はコウ殿と同様、なんて言っていた様な気もするけれど……?


「今日はコウ殿には、この世界での肝となる、魔法や能力スキル、そして神の奇跡について体験して頂こうと思っておるが……、その前に紹介したい者がいる」


 王様がそう言うと、その傍に立っていた戦士風の男性が前に出る。年齢は40になるかどうか、といったところだろうか。その風貌から騎士、という訳ではないみたいだけど、何処か強者の雰囲気を感じさせる何かがあった。


「君がコウ殿か、初めましてだな。私はガーディアス・アコン・ヒガン。長ったらしい名前だから、気軽にディアスと呼んでくれ」


 その雰囲気とは裏腹に、気さくな様子で話しかけてくるガーディアスさんの握手を受けつつ、僕も自己紹介する。


「お初にお目にかかります。コウ、と申します」

「わたくしはシェリルと申します。此方こそ、宜しくお願い致しますわ、ガーディアス様」

「シェリル姫ですね。ご丁寧な挨拶痛み入ります。貴女様のサポートも我々に一任されておりますので、何卒お含みおき下さいますようお願い申し上げます」


 シェリルのカーテシーでの挨拶に対し、ガーディアスさんは淑女への挨拶として胸に手を当てて応えている。そして、


「では、これより王城ギルドに案内しましょう……、ユイリ」

「はい、マスター。それではコウ殿、シェリル様もこちらにお出で下さい」


 ガーディアスさんの呼び掛けに、ユイリがそう応えると、王様に暇乞いをして彼女の後についていく。ユイリはマスターと呼んでいたようだけど……。


「ああ、コウ殿は『王城ギルド』という言葉を知っておられるかな?」

「王城……ギルド……?」


 ……ギルドって確か、ヨーロッパで昔存在していた店の集まりだっけ。それが、何で王城に……?


「フフフ、知らなかったか。それでは説明しよう……、と思ったが先に着いてしまったな」


 王城の中でも他の部屋にはない扉。その扉の手前で、ユイリは控えている。


「では、改めて……。私はこの王城ギルドのギルドマスターも兼任している。中には既にメンバーも控えているが……、紹介しよう」


 ガーディアスさんのその言葉を聞き、ユイリは扉を開く。そこは一際大きい部屋で、中には3人のメンバーらしき男女が控えていた。


 そして、ユイリとガーディアスさんもそこに加わり、僕とシェリルを歓迎してくれる……。


「「「「「ようこそ、私たちのギルド、『王宮の饗宴ロイヤルガーデン』へ!」」」」」

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