第3話:城下町




「ここが、ストレンベルクの城下町か……」


 ユイリに案内されながら、僕はストレンベルクが誇る城下町を歩いていた。外は既に暗くなり、月が昇り始めている。……この世界でも『月』という名称なのかはわからないが、時刻でいったら19時頃だろうか。仕事終わりなのだろうか、結構人が行き交い活気が感じられる。


 一見すると下町の商店街のような町並みだが、そこには自動車や自転車はなく、代わりに時々馬車が走っている。因みに城を出る際に馬車が用意されていたのだが、やんわりとお断りした。歩いて町並みを見てみたかったという事もあるが、もう一つこの世界に来て気付いた事を確認してみたかったという事情もあった。


 ……代わりにユイリが色々対応してくれていたが、彼女も慣れてきたのか現在は特に何も思う事はないという様子で僕を案内してくれている。


(でも、やっぱり思った通り、この世界は地球に比べて重力が軽い……)


 確認したかった事、それはこのファーレルが地球にいた時に比べて重力はどうなっているのか、だ。地球と月の重力のように6分の1とはいかないが、それでも4分の3くらいは体感的に動けるような気がした。このアドバンテージは、結構大きいように感じる。


 惜しむらくは、現在身体が鈍ってしまっている為、運動をしていた全盛期に比べると体力が無くなってしまっている事だろうか。ただ、自分のステータスが思っていたより高かったのはこの事があったからだと確信する。


「コウさん、そろそろ宿屋に到着しますよ」


 人知れず重力の事を確認していた中、ユイリがそう声を掛けてくる。因みに彼女が様付けからさん付けに変わり、若干言葉がやわらかくなったのは自分がそうして欲しいと頼んだからだ。


 自分の傍でずっと堅苦しくされると心が休まらないと伝えたところ、それならばと彼女がそのように対応してくれるようになった。


 ……そのかわり、自分も彼女に対して敬語を使わないよう指摘されてしまったが……。


「ん……わかった」


 ユイリの言葉に従い、僕は案内されるままに一際大きな建物に入っていく……。






「どうですか?流石に、ここでも広いとか言い出しませんよね……?」


 まさか反論はないでしょうね、という言外に匂わせながら問いかける彼女に苦笑しながら、大丈夫と伝える。……最もここは、ユイリの御用達の宿屋という事で、一般の宿よりも広く、受付ではほぼ彼女の顔パスのような感じでここを通されたのだ。


 まぁ、事前に魔法か何かで伝達していたのかもしれないが、正直な話、ここでも広いとは感じてはいるし、王宮内程で無くとも結構立派な部屋で、ビジネスホテルよりも上等な部屋のように思わなくもない。


 ただ、それを伝えると流石に不味いとも思うし、これくらいであれば何とか休めるだろう……。最悪、椅子で寝ればいい。


「それより、もう少し町の中を探索したいかな……?正直、目が冴えてしまって、まだ眠れそうにないし……」

「……呆れましたね。本当は眠る気、無い訳じゃないですよね?」


 若干ジト目で睨んでくるユイリに、大分打ち解けたかなと苦笑しながら、


「まさか、そんな訳ないよ。でも、僕の世界ではいつも寝るのは日にちを跨いでというのが殆どだったし、真新しい異世界の町に興奮して目が冴えてしまっているのは本当さ。……まぁ、今日中には眠るようにするよ」


 そう答えるとユイリも、興奮して眠れないなんてまるで子供みたいね、と苦笑しながら仕方がないといった感じで了承してくれる。


「それで?お子様の勇者様はどちらに行きたいのでしょうか?」

「からかわないでくれよ……、でもそうだな、僕が行きたいのは――」






「ここが、魔法屋……!」


 寄ってみたかった武器屋や雑貨屋はもう閉店していたので、それならばと寄った魔法屋で、僕は圧倒されていた。店に一歩入った瞬間、今までの町並みから隔離された空間に足を踏み入れたような錯覚に陥る。


(何だろう、この空間は……。これはまるで……!)


 そう、現実世界のコンピュータやネットワークの中に広がるデータ領域、電脳空間サイバースペースじゃないか……。魔法屋も他の店同様、人の姿はない。そのかわり、部屋の中は常に何かしらの力が働いている感じがする。


「店自体は閉まっているけれど、ここは他の国や町とも繋がっている空間なの。どういう仕組みなのかは完全に解明されている訳ではないけれど、この世界、ファーレルに直接接続された空間だと言われているわ」

「それはまた……。でも、凄い空間だ……」


 少なくともこの空間は、自分の世界よりも進んだところにあると思わざるを得ない。こんな空間があるならば、次元干渉やらが出来るというのも頷ける。


「まぁ、ここはまた明日も来る事になるだろうし、もう出ましょう。貴方の事だから、まだ行きたい場所もあるんでしょうし……。宿屋に向かう途中のカジノに随分御執心だったみたいだし、ね」

「ははは……、短い間に随分と僕をお分かり頂いたみたいで……」


 呆れられているだけかもしれないけど、ユイリとの距離感も随分近くなったな、と半ば現実逃避をしながら僕はユイリと共に魔法屋を出る事となった。






「ねぇ、ユイリ。あの建物は何かな?」


 目的のカジノに向かう途中、一段と大きな建物が目に付き、ユイリに尋ねてみると、


「ああ、あれは教会ね。オクレイマン陛下との話でも出てきたでしょう、『結界』を張っているって」

「あそこが教会なのか……」


 十字架が無いからわからなかったよとぼやきながら建物を観察する。そうか、あれが教会なのか……。そういえば、教会といったら十字架っていうのは自分の思い込みなのかもしれないな……。


「『聖十字』ならちゃんと教会内にあるわよ。あれも一種の魔法工芸品アーティファクトだしね」

「へぇ……、何か特別な効果でもあるの?」

「アンデットとかゾンビ、レイス……。所謂神の加護とは真逆の、不純な魔物には特に有効な武器ね。弱い魔物なんかは一撃で浄化できるくらい強力な魔法工芸品アーティファクトよ。……使い手を選ぶ武器でもあるけどね」


 ユイリの説明を聞く限りでは、自分の世界の十字架の逸話とほとんど同じ物かな……。だけどこの世界……、アンデットとか幽霊がいるのかぁ……。絶対に会いたくない魔物だな……。


「あら?勇者様ともあろうお方が、アンデットとかが怖いのかしら?」


 ……少しからかうような響きのある彼女の言葉に、


「……僕の世界ではそもそも幽霊なんて見たこと無かったんだよ。会いたくもないし……。それにしても……ユイリ、僕をからかってくれるなんて、随分と遠慮が無くなってきたね。少しは心を開いてくれたのかな?」

「フフ……、そうしてくれって言ったのは貴方でしょ、コウ様?」


 わざとらしく様付けで僕を呼ぶユイリ。……本当に随分と変わったものだな。まぁ、そちらの方が僕としても気兼ねしないで付き合えるから有難いけど……。


「そういえば、さっき王様が明日になればわかるって言っていたけど、教会に何をしに行くの?」

「それは、明日になればわかるわよ……。最も、教会の役割を考えたらわかって来るんじゃないかしら」


 教会の役割?


「役割って……、結界を張るのが役割じゃないの?それとも……やっぱり宗教的な要素があるのかな……?」

「宗教っていうのが、どういうものかはわからないけど……。貴方の世界では教会は神の奇跡を受ける場所ではなかったの?」


 神の奇跡、か……。


「そうだね……、信じる人は信じているんだと思うよ。……僕は別の意味で神様はいると思っていたけれど。でも、実際に姿を見た人はいなかったし、奇跡といっても目の当たりにした事もないしね……」

「そう……、なら、明日にはわかるわ。ただ、ひとつ言っておくと……、このファーレルでは神の奇跡は存在するわ。人類は皆、神の存在は信じている。運命に選ばれし者であれば、死者すらも蘇るというわ。流石に私も実際に蘇った人は見た事ないけど、ね……」


 し、死者すらも蘇るだって!?そ、そんな事が……!


「出来るわけないって?でも、過去の英雄と呼ばれる方達は死の淵からも生還したという記録もあるのよ。まぁ、それが蘇ったという表現なのか、実際に生き返ったのかはわからないけれど……」

「それが、本当だったら……、この世界では勇者は寿命以外では死なないって事になるよ……。そんな事、もう人間という死すべき定めにある者という概念すらも超越した存在って事に……」


 そこまで僕が話すと、遮るように彼女が言葉を続ける。


「死すべき定め……、そうね、人はいずれ死ぬわ。エルフ族やドワーフ族のように長命でもない人は寿命には逆らえない……」

「そうさ……、それに寿命を待たなくても……、人は不意に命を落としたりする……。不治の病になったり、事故で重症を負ったり……、餓死するといった事だってある……」


 そこまで言って、僕は過去の事を思い出す……。幼い子供の時の……、重い病気に掛かった幼馴染のところにお見舞いに行ったあの時の事を……。


『お医者様がね……言ってたの。わたし……もう長く生きられないんだって……』


 諦めたように力なくそう呟く幼馴染をなんとか励まそうとして、結果己の無力さに涙したあの時の事を、僕は思い出す。


「私たちの、この世界では不治の病はないわ。それに重症を負っても、餓死寸前になったとしても……、その場に神に仕える聖職者がいれば、命を落とす事はないわ……」

「な……なん、だって……?」


 い……今、彼女はなんて言った……!?


「……ごめんなさいね、貴方にそんな顔をさせるつもりはなかったの。でも……、さっき私が言った事は本当よ。明日、貴方は身をもってそれを知る事になるわ」


 明日……全てがわかる、か……。もし、もしもその話が本当だったら……。


「何だか湿っぽい話になってしまったわね……。確かに少しくらいは羽目を外してみてもいいかもしれない……、お詫びに私が遊ぶお金くらいは出してあげるわ」

「そう、だね……。ゴメン、ちょっと昔の事を思い出してしまってね……。この話はもう終わりにしよう」


 今更、あの時の事を思い出しても意味はない……。もう、幼馴染はいないのだから……。僕は頭を切り替えるべく、無理にでもカジノの事を考える事にする。


「ユイリ、今更さっきの話は無しとか言わないでよ。取り合えず、僕が満足するまでは遊ぶからね」

「はいはい……、まぁ、お手柔らかにね……」


 先程までの事を頭の片隅に追いやりながら、カジノへと急ぐべく、苦笑するユイリをせかしながら歩き出していった……。

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