第2話:王族からの贈り物




「さて、ここで勇者殿達に渡さなければならない物がある」


 先程の会食の間から場面が代わり、所謂王座の間に移動した自分達に、王様はそのように告げると兵士と思われる方達が何やら箱のような物を持ってくる。王の指示でその箱が開かれ、中には大量の金貨が納められていた。


「これは我らから勇者殿達への支度金じゃ。このファーレルの危機を救った暁には、さらなる報酬と、何か一つ望みを叶える事を約束しよう。……最もこちらが叶えられる願いという条件はつくが」


 なんとこの王様、始めから大量の支度金を自分達に授けてくれると言う。僕が子供の頃にやった某ゲームの王様なんか、はした金しかくれなかったというのに……。まぁ、命がけになりそうな依頼になりそうだし、当たり前といえば当たり前なのかもしれないけれど……。


「これは、何とも……、有難く頂戴致します、王様」


 隣のトウヤ殿はすぐさま頂く事に決めたようだけど、僕は……、


「では、それぞれ等分するよう……」

「それなのですが王様、等分する前にお願いがあるのですが……」


 兵士さんがお金をわけてしまう前に、王様に申し出る事にする。


「先程、協力は約束致しましたが、それでもトウヤ殿と比べて、私が彼ほど活躍できるとは思えません。ですので……、それは全てトウヤ殿にお渡しして下さい。それに、その金貨は元々召喚された勇者おひとりにお渡しするものだったのではありませんか?」

「それは……確かにそうじゃが……。それではお主は何もいらんと申すのか?」


 困惑した様子で問いかけてくる王様に、僕は頷きながら答える。


「はい、何もいりません。その代わり、教えて頂きたい事があるのですが……」


 そう、僕には渡されるお金を放棄してまでお願いしたい事がある。自分の発言を受けて、


「良い、申してみよ……」

「それでは……、脅威が解決したとしまして、頂ける報酬に『元の世界に帰還する』事は含まれますでしょうか?」


 自分の言葉に、顔色がわずかに変わったのを僕は見逃さなかった。やはり今までこの世界にやってきた『勇者』達は全て自分の意思で来た者……。であるから誰も元の世界へ帰還するという事自体が考えられなかったのだろう。だけど、問題はその手段があるかどうかという事だ。


「コウ殿、それは……」

「私はあの世界に遣り残したことがあります。心残りも御座います……。せめて元の世界に自分の事を伝えられる手段でもと思っているのですが……。その『方法』はありますでしょうか?」


 王様達の反応から、ある程度は想像できる。だけど、こういう事は始めに確認しておく事だと思う。それに、基本的に地球からこの世界にやって来る術があるのなら、その逆だってあると考えるのが普通だ。


「レイファニーよ……」

「はい。わかっております、お父様」


 王様より促されそれに応えるように軽くお辞儀をすると、レイファニー王女がスッと前に出る。その表情は先程のような微笑を浮かべておらず、王族らしく凛としていて、それでいてどこか抵抗を許さないような強い意思を感じる。


「まず、コウ様がおっしゃられた『元の世界に帰還する』方法ですが、結論から申しますと現時点において特定の世界、時空間を繋げる魔法、技術はありません」


 はっきりと現実を突きつけられる形となったが、事実をただ事実として指摘する彼女の言葉は、何処までも透明で、悪意や憐れみといった感情は感じ取れなかった。


 ただ、彼女には続きがあるようで、僕は黙って王女様の先を促す。


「ですが、『招待召喚の儀』は次元干渉から生まれた魔法です。時間や空間、そして次元に干渉する魔法は存在しますし、日々研究もされております。事実、特定しなければ異世界自体に干渉する事は今のわたくしでも出来ますから」

「それはつまり……、対象としては選べないだけで異世界跳躍自体は不可能ではない、という事ですか?」


 自分の問いかけにゆっくりと頷き肯定の意を示す王女様に、少しばかりの可能性が見えてくる。少なくとも全く根拠も無く、この世界の何処かには元の世界に戻す方法はありますよ、なんて気休めを言われるよりは余程有難い情報だ。


「異次元を特定するには、何かその世界の特徴と申しますか……、宜しければコウ様の持ち物をわたくしにお預け下さいませんか?」

「そういう事ならば……、これを」


 そう言ってこのファーレルでは使えないであろう携帯端末スマートフォンを王女様へ差し出す。仕事鞄などはどうも元の世界に置いてきてしまったようなので、普段から身につけていた物といえば現在来ている草臥れたリクルートスーツとこれぐらいしか持っていない。


「私の世界では魔法が無かった代わりに科学が発展しておりまして……、通信機能を持つ機械で向こうの世界では皆、使用している物でした。これで宜しいでしょうか?」

「ええ、大丈夫です。それでは大切にお預かりさせて頂きますね。コウ様の帰還の方法につきましてはわたくし、レイファニー=ヘレーネ=ストレンベルクの責任を持ちまして研究させて頂きます」


 王女様は預けた携帯端末スマートフォンを両手で大切そうに抱え、自身の名前まで出してそう宣言してくれる。これで、自分の問題については取り合えず打てる手は打ったかな。後は、元の世界に出来るだけ早く戻る為にも、この世界の事をもっと知らなければいけない。


「それと……、コウ様、代わりといっては何ですが、これをお受け取り下さい」


 今後の事を考えようとしていた自分に、王女様は何かを手渡そうとしてきた。慌てて受け取ってみると、何やら綺麗な銀貨のようなものだった。


「それは『星銀貨』といいます。本来受け取って頂く予定だった支度金とは比べるべくもありませんが……、何卒、お納め下さい」

「……いいんですか?結構貴重な物なんじゃ……」


 王女様に渡された淡い光を放つ5枚の銀貨は、普通の、それこそ王様からの金貨とも違い、何か特殊な力のようなものも感じられる。


「勿論かまいませんわ。先程も申しましたけれど、本来こちらで用意させて頂いていたものなのです。その星銀貨は魔術の道具としても使用できますので、いくつか持ち歩いていたものではありますが……、貨幣としての価値も御座います。それに、勇者様を一文無しでこの城から送り出すなんて事をする訳には参りませんし……、返却なんてなさらないで下さいね?」


 少し困ったように苦笑しながら王女様は、そう釘をさしてきた。……この世界の人達から物を受け取りすぎると、いざ離れる時に帰りづらくなってしまうので、出来る限り受け取らないようにしようとしていた自分の思考を、もしかしたら王女様に読まれてしまっているのかもしれない。


「……わかりました。謹んでお受け致します」


 流石に王女様にそうまで言われて固辞する訳にはいかず、受け取る事にする。……でもこれ、本当はどれくらいの価値があるんだろう……。王女様もどれ位価値があるかは教えてくれなかっし……。


「では、今日のところはこれまでとしよう。もう日も暮れる。続きは明日にするとして、勇者殿達にはそれぞれ部屋を用意させよう……」


 お開き、か……。そういえば真夜中にこの世界に召喚されてきて、僕、もう何時間起きているんだろ……。そう考えると酷く疲れてくる。シャワーを浴びたいな……、この世界にあるかはわからないけど……。


「そこで勇者殿にはそれぞれ侍女をお付けしよう……、ベアトリーチェ!ユイリ!」


 王様がそう言うと、スッと2人の女性がやって来る。


「城の案内はこの者達にさせよう……。ベアトリーチェはトウヤ殿、ユイリはコウ殿だ。勇者殿達は何かあればこの者達に伝えて貰いたい」


 その言葉とともに自身と同じ色である長い黒髪を一纏めにポニーテールにした女性が僕の前に立つ。


「はじめまして、コウ様。本日より貴方様に仕えさせて頂きますユイリです。御用がありましたら何なりとお申し付け下さいませ」


 ユイリと名乗った美女は微笑を湛えながら自分に挨拶する。


「こちらこそ、よろしくお願いします」

「コウ様、私に対して敬語は不要です。貴方様の侍女として、遠慮なく申し付けて下さいますれば……」


 侍女って言われてもな……。そもそも今までの生活でそういった存在が自分につくと言われてもいまひとつ実感が湧かないし……。チラリと隣を見てみるとトウヤ殿はなかなか上手くやっているみたいだけど……。


「で、出来る限りやってみます」

「では少しずつ慣れて下さいませ。これより影になり日向になりてコウ様にお仕え致しますので……」


 クスッと笑みを湛えて軽くお辞儀をする彼女に、僕は侍女という存在がどういうものだったかを思い出そうとする。


(確か侍女って偉い人の身の回りの世話をする、って人だっけ……?自分の世界に置き換えるとメイド、のようなものなのかな……?でも、どう見ても彼女らは……)


 ユイリやトウヤ殿につけられた女性の服装を見てみると明らかに侍女のそれではなく、それぞれ仕官服のようなものを身に纏っている。それに……、素人目にだがどこか隙の無い身のこなしをしているようにも感じられた。

 

「コウ様?どうかなさいましたか?」

「いや……、何でもないよ」


 彼女の紫色の瞳が自分を覗き込むように見ているのを感じて、取り合えずその事を頭の片隅に放り投げる事にする。今、ここで考える事ではないし、それに恐らくは護衛、のような観点もあるのだろうと結論付ける。


「王様、王女様方も……。今日のところはこれにて失礼致します」

「それでは……、わたくしの方もこれにて……」


 トウヤ殿に倣い、自分も退出しようと王様方に挨拶しようとすると、


「そういえば……、コウ殿はステータスを確認された際、何か状態異常なものに掛かっておられなかったかな?」


 トウヤ殿に続こうとした矢先、そう王様に問いかけられる。状態異常……、あの視力低下や栄気偏りとやらの事を言っているのかな?


「ええ……、何やらそのような項目がありましたが……」

「やはりそうか……、では、教会に手配をしておこう」


 手配?一体何の手配を……?


「あの……手配とは一体……?教会、ですか……?」

「ああ、何も心配せずとも良い。では、コウ殿。また明日」

「ではコウ様、参りましょう」


 そうしてユイリさんに促され、僕はしっくりとこないまま王座の間を後にする。






「ここがコウ様のお部屋で御座います。ごゆっくり御寛ぎ下さい」


 ユイリさんに案内された場所は、王城内の一室……。その馬鹿でかい部屋の中で僕は途方に暮れていた。


「あの……ここは一体……?」

「ですので……貴方様のお部屋になります」


 隣に控える彼女にそう問いかけるも、やはり同じ言葉が返ってくる。


「ええと……、この部屋でどうすればいいのでしょう……?」

「……お休み頂ければよろしいかと存じますが……」


 自分が困惑している様子に、彼女は何を困惑しているかわからないという顔をしている。……先程も思ったが、彼女はやはり普通の侍女じゃないと確信する。エリート、もしくはそこそこ偉い人……恐らく貴族とか、そういう位を与えられている人なのだろう。だから……、普通の人の感覚がわからないのではないだろうか……。


「ユイリさん……」

「ユイリでかまいません。何か御座いましたか?」


 呼び捨てにするよう訂正されるものの、取り合えず自分の思いを伝える事にする。


「こんなに高級そうな場所では、僕はちっとも休まりません」

「えっ……?」


 何を言っているかわからない。そんな顔をしている彼女に、僕は大事な事なのでもう一度同じ事を言う。


「ここでは僕はちっとも休まりません。広すぎます、寝られません、心が休まりません」

「あ、あの……、それではどうすれば……?」


 まさかの理由で部屋を拒絶する僕に、彼女は戸惑った様子で尋ねてくる。


「ここよりもっと狭い部屋はないですか?布団が敷いてあるだけで後は何も入りません。何なら馬小屋でもいいくらいで……」

「そ、そんな場所にお連れするわけには参りません!ですが、そんな部屋はこの城内には……」


 うーん、城の中だからな……。質素な部屋などは無いか……。


「……仕方ない、今日一日位は寝なくても大丈夫かな……?」

「そ、そこまでですか……?わかりました、少々お待ち下さい……」


 そう言って彼女は小声で何やら話し出す。その様子に、恐らく携帯電話の魔法のようなものだろうと推察していると、


「許可が下りました。コウ様、こんな時間で申し訳御座いませんが、これより城下町の宿屋までご案内致します。そこでお休み下さい」

「……なんか、すみません……」


 やっぱりこれは我侭なのかな……?でも自分の感覚に嘘はつけないしな……。別に枕が替わると寝れなくなるという訳ではないんだけど……。こんな高級な部屋で寝ろと言われても眠れそうに無い。


「……いえ、こちらとしても勇者様に休んで頂く事が第一ですから……」


 そう呟くユイリさんだが、その表情は少し疲れているように感じた。ますます申し訳ない事をした気分になる。


「それで、コウ様。これより城下町に出る事となりますが……。その前にこれを身に付けて頂けますか」


 そう言って彼女は小さなイヤリングのような小物を取り出す。


「これは……?」

「『翻訳のイヤリング』という魔法工芸品アーティファクトです。コウ様は元の世界では文字の読み書きはされていらっしゃいましたか?」

「まぁ……、一通りは……」


 といっても日本語が主で、英語は微妙なところではあるけれど……。それにしても、魔法工芸品アーティファクトか。何やら凄そうな物が出てきたな……。


「これを身に付けていらっしゃると、読んだものはご自身の知っておられる言語に翻訳されます。また、教会の結界の外でも意思疎通が出来るようになります」

「それは……凄いですね」


 つまり……、これがあると世界中の何処に行っても通訳なしで大丈夫という事か。感嘆とともに僕は手渡されたイヤリングを身に付けると、


「それでは……参りましょうか」


 こうして先程の様にユイリさんに促され、僕はこの世界の城下町へと降りていくのだった……。

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