人形劇 マリオネット

雨世界

1 壊れた人形

 人形劇 マリオネット


 プロローグ


 ……私、ぶるぶると震えてる。どうしてだろう? ……私は、本当はいったい、なにに覚えているだろう?


 本編


 ……泣いてなんかないよ。元気だよ。

 私は、静かに泣いていた。ずっと、……ずっと子供みたいに泣き続けていた。


 壊れた人形


 私はあなたの操り人形だと思った。ずっと自分の意思を持たずに、あなたに操作され、操られているだけの人形なのだと思っていた。

 でも、あなたはそうじゃないと私に言った。私は私なのだと。誰もあなたのことを目に見えない透明な糸で操っていたりはしないのだとあなたは言った。私は、その言葉を信じることができなかった。私には自分の意思などどこにもなかった。私には、自由な心など信じることができなかった。私には自分の体を自分自身の力だけで自由に動かすことなど到底できそうにもなかった。私は自由など欲しくなかった。私は誰かに支配して欲しかった。私は、……私は、一人でなんて生きていくことは絶対にできなかった。

 私には、生きるために必要な力なんてなかった。知恵もないし、知識もない。誰かに操られないと、私はなにもすることができないのだ。誰かに命令されないと私はなにもすることができないのだ。

 私は、そんな不自由な人間だった。私は、そんな不完全な人間だった。私はそんな未熟な人間だった。だから私は自由なんて欲しくなかった。

 

 きっと私を操っている目に見えない糸が切れて仕舞えば、私はそのまま地面の上に本物の糸が切れた操り人形のようにぱたんと倒れこんで、もう一生、動くことができなくなってしまうだろう。それが私にはよくわかった。だって、それは私自身のことなのだから。


 そして捨てられてしまうのだ。壊れてしまったおもちゃのように。捨てられてしまう。あなたに。見捨てられてしまうのだ。それは絶対に嫌だった。だから私は頑張ったのば。頑張って演技を続けた。舞台の上で。大勢の観客の前で。あなたの操る糸の命令のままに、演技を続けたのだ。

 まるで本物の、操り人形のように……。


 そこで私の思考は、ぷつり、と途切れた。

 限界を超えて、心がぱちぱちと音を立てて、ショートしてしまったのだ。


 私の意識は失われていった。

 私はそのまま、真っ暗な世界の中に落っこちて言った。

 それを私は全然強いとは思わなかった。

 だってそれは、いつものことだから。

 私にとっては、それは、その真っ暗な世界こそが、ありふれた、日常の風景だったのだから……。


 日常の始まり


 この世界には、本物と偽物の人間がいる。

 もちろん、みんなが本物の人間なんだと、と言う意見はとてもよく理解できる。それも間違ってはいないと思う。私だって、小さな子供たちとお話をする機会があれば、みんな本物なんだよ。と答えるだろう。

 命は平等であり、皆が大切な命なんだと答えるだろう。人生を大切にして、家族を大切にして、友人を大切にして、恋人を大切にして、たった一度きりの人生をまっすぐに後悔なく生きようね、って、にっこりと笑って言うだろう。それは間違いじゃない。たぶん、正解である。それはわかっている。

 でも私は、高校生になった私には、この世界には本物の人間と偽物の人間がいるとどうしてもそう思ってしまう。

 それは私の心が歪んでいるから、そう思ってしまうだけなのかもしれないけれど、とにかくそう思ってしまうのだ。

 そして、かりにこの世界に本物の人間と偽物の人間がいたとして、すると、私は間違いなく偽物の人間だと思った。

 なぜ、私がそう思うのか?

 その答えは簡単である。

 それはつまり、私が『本物の人間』を知っているからだ。私は本物の人間というものを見たことがあった。

 それはもちろん、『あなた』のことだ。


 あなたは本物の人間であり、そして私はあなたの真似をしている『あなたの偽物』の人間だった。(このころの私は、私があなたの偽物である、と言う、そんなわかりきったことにすら、まだ全然、気がついてはいないのだけど……)

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