最果ての輪廻 -零-
雨宮羽依
第0話
夜の帳が下りて随分と時間も経った頃。辺りには人の影どころか民家の明かりすらまばらで、街はすっかりと寝静まっているようだった。昼は小さな子どもたちや商人の声で五月蠅いくらいに賑わっているというのに、今は聞こえるものといえば野良猫の鳴き声や時折街に響く時を刻む教会の鐘の音くらいだった。
そんな中、家路を急ぐ男が一人。旧友の家へ行ったはいいものの、話が弾んでしまいすっかり遅くなってしまったのだ。友人からは泊って行けと勧められたものの、翌朝早くから仕事で遠方に向かわねばならないとその申し出を断り今に至る。
男は近道をしようと不気味なほど静かな住宅街の裏路地へ入る。
そういえば最近は通り魔だか何だかの騒ぎでいつもよりも街の住人の警戒心が強い気がする。なんでも体中の血が全て抜かれている割に首筋に小さな傷跡が二つあるだけで、まるでお伽話に出てくる吸血鬼の仕業のようだとか何とか。
そんなことを思い出しながら大人の男一人がギリギリ通れるかどうかの道を進んでいくと道の先に先客の姿があった。
重なり合うような二人の影。閑静な路地に微かに響く水音。
――こんな時でもやることはやってんだな。
それが素直な感想だった。
邪魔をするのも無粋だと仕方なく来た道を引き返そうとした時、彼らのほうから声が聞こえてきた。
「――て、くれ……っ」
「へ?」
「助けてくれ! 殺される!」
鬼気迫った様子の声に思わず後ずさると足元にあった枝を踏んでしまったようでパキッと高い音が鳴った。
その場にいるもう一人が男のほうを振り向く。
月明かりもない闇夜に浮かび上がったギラリと輝く瞳。口元を流れる赤黒い液体とそれに彩られた長く鋭い牙。よく見ると耳の端も尖っていて、明らかに人間のそれとは違って見えた。
背筋に悪寒が走るのを感じた男は脇目も振らず一目散に逃げ出すと、街の中央にあった教会に保護されたという。
それが約700年前のこと。
初めて吸血鬼が目撃された時の話だ。
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