神様の創った乙女ゲームでモブに恋しようと決めた正ヒロインお嬢様のお話

山田 マイク

第1話 神様の創った乙女ゲームでモブに恋しようと決めた正ヒロインお嬢様のお話


 フラれた。


 たった今、普通に告白したら普通にフラれた。

 坂巻君は好きじゃないのと言われた。

 高校に入ってから密かにずっと好きだった、名塚サクラにフラれてしまった。


 生まれて初めての告白だった。

 だけど、ショックはあまりなかった。

 強がりじゃない。

 正直言って、駄目で元々、当たって砕けろの精神だったし。

 俺なんてパッとしないやつに、はなから名塚なんて高嶺の花なんだと思ってたし。


 ただ。

 その代わりに、ものすごく恥ずかしくなった。


「ごめんな」

 と、俺は謝った。

「時間取らせてしまって。あの、それで、出来ればクラスのみんなには黙っててくれな」


「黙ってる?」


 名塚は首を傾げた。


「俺が名塚に告白したこと」

「なんで?」

「なんでって――それ、俺に言わせる?」

「分からないもん」


 名塚は小首をかしげ、ちょっと唇を尖らせた。

 ちくしょう。

 フラれたばっかなのに、可愛くてしょうがない。


「……俺みたいなのが名塚に告白したなんて、みんなにバレたら恥ずいだろ」

「だから、なんで?」

「そりゃあお前」


 俺は頭を掻きむしった。

 なんだよ、コイツ。

 ふった相手に、全部言わせる気か。


 ふと見ると、名塚は俺を覗くように見ながら、大きな目をぱちくりさせている。

 もしかして――この子、超ドSなんだろうか。


「お前みたいなお嬢様に、俺みたいな冴えない男が告白したら、クラスメイトに笑われるって話だよ!」


 俺は顔を真っ赤にして、叫ぶように言った。

 耳まで熱い。


 ふーん、と名塚。

 意味深に微笑しながら、うんうんと頷く。


「そっかそっか」

「そっかそっか、じゃねえよ。いちいち説明させるなって」

「そうねえ。でも、うん、そっか」

「なんだよ。そのリアクション」


 まだ顔が赤いまま、俺は踵を返した。


「とにかく、そういうことだから。絶対、秘密にしといてくれよ」

「ちょい待ち」


 歩き出そうとする俺を、名塚が引き留める。


「坂巻君さ、どうして私に告白しようと思ったの」

「どうしてって――」


 好きだから。

 可愛いと思ったから。

 なんて言いたくない。


 一日に二度もフラれるなんて嫌すぎる。


「い、いや、名塚、お前さ、なんでそんなに俺のことを聞いてくるんだ?」


 代わりに、俺はそのように答えた。

 すると名塚はちょっと笑って、


「興味があるの。坂巻君に」

「なんだよ。からかってんのか?」

「ううん。からかってない」

「い、いや、からかってんだろ。おかしいじゃん。なんでフッタ男に興味があるんだよ」

「だって、絶対おかしいもん。私の人生に、坂巻君が絡んで来るなんて」

「は? どういう意味?」

「坂巻君って、多分、神様が作った背景の一部だと思うのよね」

「背景の一部?」

「そう。ゲームで言えば、名前のない群衆の一人。いるでしょ? フィールドの遥か向こうにいる背景の中で、単純な指令だけ与えられて、簡単な行動を延々と繰り返すキャラ。いわゆるモブね」

「モ、モブ?」


 もの凄い失礼なことをさらりと言う。

 俺は思考がフリーズした。


 名塚って――こんな性格だったのか。


「……俺が、モブね」

「ただ、今の話はたとえ話で、もちろんこの世界は人間が作ったゲームほど稚拙には創られていないから、坂巻君にはAIなんかより遥かに高機能な脳みそが与えられてるんだけどさ。ともかく、そんなモブ丸出しの坂巻君が、恐らくはこの世界のメインヒロインであろう私に、こんな大胆なイベント起こすなんてね、驚いちゃって」


 ぐさり。


 よく分からないが、今、酷いこと言われた気がする。

 軽く目眩を覚えて、くらりとよろめいた。


「よ、よく分かんねえけど、要するに、俺のような十把一絡げの平凡な男が、お前みたいな超金持ちで超美人のお嬢様に告白するなんてのは、例えばギャルゲーやエロゲーで名前も与えられていないモブが、メインヒロインに告白するレベルであり得ない出来事だって、そういうことか?」

「そういうこと」


 名塚は即答し、にこりと笑った。


「物分かりがよくて感心しちゃう。うん。ほんと、坂巻君って高性能なモブだわ。ただ、あえて言うならこの世界はエロゲーでもギャルゲーでもなく、乙女ゲーなんだけど――」

「お前は、思ったより意地が悪いんだな」


 俺は思わず名塚を遮り、皮肉を言った。


「あら、ごめんなさい。悪気はないの」

「悪気はない?」

「うん。私、本当に驚いたからさ。まさか、あなたに告白されるなんて」


 なんだそれ。

 俺に悪いことを言ったという認識さえないわけか。


 冷めた。

 もういよいよ冷めた。

 俺は「そうかい。そいつはすまなかったな」と言い残して、今度こそ教室の出口に向かった。


 俺って、本当に女を見る目がない。


「私、坂巻君と付き合ってみようかな」


 扉に手をかけたところで、名塚の声が聞こえた。

 俺は思わず、動きを止めた。


「……は?」


 眉を寄せて、振り返る。

 名塚は両手を後ろで組み、髪を揺らしながら微笑んでいた。


「な、なんだよそれ」

「なんだよって、言葉のままなんだけど。坂巻君と、お付き合いしたいなって」

「いや、さっき、今の今、お前は俺のこと好きじゃないって言ってただろ」

「うん。言った」

「それがなんだよ。どうしていきなり意見が変わるんだよ」

「さっきのセリフは言わされたの」

「は?」

「さっきは、私はそう言わないといけなかったの」

「どういう意味だよ」

「フラグが立っていなかったんだと思う。だから、私はそう言った」

「フラグ?」


 ますます意味が分からねえ。

 俺ははあ、と息を吐いた。


 そうか。

 この女、徹底的に意地が悪い。


 俺は今、完全にからかわれている。


「じゃ、じゃあさ、名塚は、本当は俺のことが好きってこと?」


 だって言うのに、俺は言った。


 情けねぇ。

 悔しいことに、俺の心はまだ縋っている。

 名塚と付き合えるんじゃないかと、期待してしまっているのだ。


「好きじゃない。好きじゃないけど、興味はある」

「び、微妙だな」


 俺は微妙な顔つきになった。

 名塚はくすくすと上品に笑う。


「坂巻君、キミ、面白いよ。きっと、本物のバグなんだわ」

「バグ?」

「そう。この世界のイレギュラー。この世界の意志に背いて行動する反逆者」

「俺が世界のイレギュラーだって?」

「うん。私と同じ、バグ持ちのアバターなの」

「あの……バグだのフラグだの、さっきから、どこまで本気で言ってるんだ」

「全部本気に決まっているじゃない」


 名塚はそう言うと、俺の方に近づいてきた。

 近づいて近づいて――


 俺の目の前まで来た。


 思わず体が固まった。

 体中から汗が滲む。

 名塚の完璧に整った顔が――息がかかりそうなほどの距離にある。


「な、なんだよ」


 心臓が高鳴って破裂しそうだ。

 ちょっと顔を動かせば、キス出来る間隔。


「いいもの見せてあげる」


 名塚はそう言うと体を離し、いきなりポケットからナイフを取り出した。

 俺は目を見張った。


 名塚はそのナイフを首元に当てた。


「お、おい、危ねーぞ」

「えへへ」


 名塚は笑った。


 そして――そのナイフを躊躇なく突き刺した。

 刃先は細く華奢な首を貫き、根元まで一気にめり込んだ。

 俺は思わず「おい! なにやってんだ!」と怒鳴った。


 や、やべえ。

 この女、完全にイカれてる――


 と、思ったが。

 すぐに違和感に気付く。

 血が出ていない。


 なんだおもちゃか。

 そう考えた瞬間――


 名塚は、引き抜いたナイフを、近くにあった机にドン! と突き立てた。

 本物だ。


「ね? こういうこと」

「ど、どういうことだよ!」

「言ったでしょ。私は普通の人たちとは違う。モブじゃないの。もっと高次元で、もっと高機能なの」

「だ、だから死なないってことか?」

「そうプログラムされてるの。つまり、この世界がこの世界であるために、私は死ねないわけ」


 本気で言っているんだろうか。

 俺はごくりと息を呑み、机に刺さったナイフを抜いた。

 この手触り。

 この質感。

 どう見ても、本物のナイフだ。


「言っとくけど、手品じゃないから」


 名塚はにこりと笑った。


「信じられない?」

「そ、そりゃそうだろ」

「じゃ、屋上から飛び降りようか?」

「止めろよ」

「ふふ。冗談冗談」


 名塚はケラケラと笑った。


 どこまで本気で言ってるのか、俺には判断がつかなかった。

 だが一つ、確実に言えることがある。

 名塚サクラは――


 変な奴だ。


「ね、ここ見てみて」


 名塚は自分の首を指さした。

 そこには、先ほど刺したナイフの傷が、いや“穴”が開いていた。


「ど、どうして血が出ないんだ」

「これもバグの一種」

「バグの?」

「そう。さっきも言ったけど、私も坂巻君と同じなの。ヒロインだけど、普通のヒロインじゃない。バグ持ちのイレギュラーヒロイン」


 名塚は人差し指を立てた。


「通常なら、私も怪我をすれば当然血が流れる。でも、それはこの世界が“把握”している範囲での怪我の場合ね。さっきの私みたいに、私が世界が想定していない行動をとると、それはバグと見なされて、正常に体の機能が動かなくなるの。なぜなら、私はこの世界に必要不可欠な存在だから。つまり、私は死なないようにプログラムされてるってわけ」

「つまり、死に至る場合にのみ、血は流れないと」

「そういうこと」


 名塚はそう言うと、ナイフを俺の手から取った。

 そして刃先をほんの僅か、指の腹に突き刺した。

 名塚は刹那、苦痛に顔をゆがめた後、その傷口を俺に見せた。


 ぷっくりと、血が滲んでいた。


「ほら。私にも自由意志が与えられているからね。致命傷以外ならこうやって正常に血が流れる」


 俺は口を開けたまま、間抜けな声で「マジかよ」と呟いた。

 どういうトリックだ、これは。


「ま、まあいいよ」

 と、俺は言った。

「百歩、いや万歩ゆずってお前の言うことを信じるとして、だ。そんな特別な存在である名塚が、どうして俺なんかと付き合おうなんて思うんだよ」


 そこなのよねー、と名塚は首を傾げた。


「そここそが、私が“バグ持ちヒロイン”の所以なワケ。私さ、人に決められた人生って嫌なのよ。きっと、これから私の前にはこの世界の主人公くんが現れると思うの。でも、それってなんか癪じゃない? なんていうか、運命の人は自分で決めたいっていうか」

「それで――俺と付き合うってこと?」

「うん」


 名塚は大きく頷いた。


「だって坂巻君って、絶対モブだから。ヒロインとモブが付き合って、結婚したら、この世界はどうなるんだろうって。神様はどう対処するんだろうって」

「ちょっと待って」


 俺は名塚を遮った。


「だったらさ、“俺”という存在って、一体なんなの?」

「どういう意味?」

「だってさ、俺はモブなんだろ? 名塚を構成する世界の一部品に過ぎない。じゃあ、今俺が俺だと思ってる存在は、本来は誰のための人生なんだ」


 俺が問うと、名塚は何故か、満足そうにうんうんと頷いた。

 それからまるで漫画に出てくる博士のように「良い質問だ」と言った。


「坂巻君の人生は坂巻君の人生だよ。ゲームで言うと確かにモブだけど、この世界は“神様”が作ってるんだから。人間作のゲームと違って、神様作のこの世界には、モブにも人間としての機能は完璧についてるし、私に干渉しない限りは自由に動けるようになってるわけ。ただ、ゲームのバックアップメモリやハードディスクに容量があるのと同じで、どうやらこの世界も無限じゃないのよね。だから、高機能の能力を持った人間は、私含め私の人生に大きく干渉する、数十人、或いは数百人に限られているの。それ以外の人間は、能力値も普通だし、さっきの私のような特別な能力コードも持ち合わせていない。つまり一見、坂巻君と私は同じ人間に見えるけど、量子力学の観点で見ると、全く違う成り立ちをしているの。神様も、そうやって容量を節約してるのね」


 俺はごくりと喉を鳴らした。

 つまり彼女は、俺たちが生きるこの現実世界は実は神様が作ったゲームで、自分はその中のヒロインだと言い張っているわけか。


 なんだよ、その話。

 お前って、マジでイカれてるのか。

 喉元まで出そうになった言葉をむりやり飲み込む。


 その代わり、なるほど、と俺は口を曲げて笑った。


「なるほど。なんとなくわかったよ。つまりお前が言いたいのは、“本来は干渉するはずもない人間との恋愛”で、神様のくみ上げたプログラムにどんなバグが生まれるか、試してみようってんだな」

「そうだけど、もっとロマンティックな言い方してよね」

「どういう風に」

「そうね。例えば――神に背いた恋、とかさ」

「ダサすぎるだろ」


 俺は苦笑した。

 

「要するに、俺を実験体として使いたいわけか」

「うん」


 名塚は目を細めて俺を見た。

 

「言っとくけど、私に告白した時点で坂巻君はもうただのモブじゃないわ。私に干渉した時、あなたはバグ持ちだとこの世界に認識されているはず。そして、私があなたを恋人だと認めたら、今度はあなたを“排除”しようと動くでしょう。それでもいいなら――」


 私と付き合ってください、と名塚は手を差し出した。


 俺は差し出された手を見つめながら。

 名塚に彼氏がいない理由を悟った。

 こんな電波なやつ――誰もまともに付き合いたいとは思わないだろう。


 そう。

 俺以外は。


「こちらこそ、よろしく」


 俺はソッコー、彼女の手を握り返した。


 スゲー面白い女の子だと思った。

 こんな与太話を真剣に語っている。

 さっきのナイフも手品に違いない。


 彼女の真意は、どこにあるのか。


 俺を試しているのか、それともからかっているのか。

 マジで言っているのか。

 或いは――俺と同じで、猛烈に照れているのか。


 それは分からない。

 しかしとにもかくにも。

 彼女は俺と付き合う気はあるらしい。


「いいの?」


 名塚は上目遣いで聞いてきた。


「望むところだ」


 俺は言って、名塚の手をさらに強く握り返した。

 

 この変な女の子と、変な恋愛をする。

 神に背いた恋、ね。

 あまりにイタくてダサすぎるけど――どうやらそいつが俺の初恋だ。


「ありがと」


 名塚は微笑んだ。


「グギャオオオオォォオオオ!」


 すると、突然、窓の外から何者かの咆哮が聞こえた。

 咄嗟に目をやると――


 ドラゴンがこちらを見ていた。

 恐ろしい牙を剥いた、銀色の翼を持った巨大な首長竜がグルルルと喉を鳴らしている。

 

「わお」


 名塚が言った。


「想像してたのと全然違うわ」

「ど、どういうことだよ!」

「言ったでしょ。私が坂巻君を“恋人”と認識したら、世界はあなたを排除しに来るって」

「ば、バカな! じゃあ、そのせいで、校舎の外にこのドラゴンが現れたってのか」

「そういうことね。ただ、日常系青春ラブコメゲーだと思ってたら、思いっきりファンタジーものだったみたい」


 俺は驚愕し、目を丸くした。

 目の前の光景が信じられない。

 い、一体、どうなってやがるんだ。


 まさかそんな。

 信じられない。


 信じられないが――信じるしかない。

 さっきまで名塚が言っていたことはすべて本当だったのだ。


「どうやら、やっぱり神様には認めてもらえなさそうね」


 名塚は嬉しそうに言い、俺の手を握った。

 そして、


「さ、一緒に逃げましょ。私の愛しいダーリン様」


 そう言って、にこりと、まるで本物のヒロインのように微笑んだ。

 首元にあったはずの傷痕は、いつの間にか消え去っていた。


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神様の創った乙女ゲームでモブに恋しようと決めた正ヒロインお嬢様のお話 山田 マイク @maiku-yamada

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