第3話 本心
泥棒事件の翌週の事だ。
犯行のあった作業場での警察の見聞も終わり、作品制作を再開し始めていた。
作業場でなんだか良く判らないが、正義の味方というものを作り出した健太が健一と共に作業場に向かう途中、マンション出入りの口のロビーで健太が足を止め健一の方に顔を向け
「父、変だぞ。匂いのしないやつが増えた」
「いくつ増えた?」
「三つになった」
健一の感じた数と同じだ。
だが悪意は全く感じない。
やはり組織の者だろうか。
確認しようと決めた健一だった。
健太も悪意は感じていない様で警戒している様子は無い。
健太の感覚に父親としては微妙な思いだが、組織の始末屋としてその感覚を延ばしてみたいとの興味に気持ちは揺れていた。
作業場に着くと、早々健太は”正義の味方”の続きを作り出した。
由美がブロンズの作品を制作する時に使っていた粘土で何かを一生懸命に作っている。
正義の味方と言うより、動物か恐竜、あるいは怪物の様な形だ。
「健太、それは何だい?」
「正義の味方だ」
健一には健太のイメージが全く見えてこない。
完成したものがどのようなものになるのか、芸術家としての健一には楽しみでもあった。
健一の作品は、家庭を持ち家族が増えた事で以前よりも温かみを帯び、見る者を和ませると周囲から評価され価格も少しだが上がっていた。
実際は少し違っていた。
裏の仕事の反動が作品に逆の作用をもたらしただけであった。
世情を反映してか裏の仕事を請け負う者の質が落ちていた。
始末屋としての健一の仕事にやるせないものが増えてきた為、健一自身が作品に和みを求めただけであった。
始末屋として研ぎ澄まされてきた健一の感性が作品の表現力をより洗練させていた。
健一自身、それが判って自嘲することもあった。
だが、心の安定を保つため、そんな作品作りに縋っているというのが本当のところだろう。
「父の作っているものは何だ」
「これはね、大地を自由に駆け回る子供だ」
「じゃあ、俺だ」
健太の言葉にはっとする健一だった。
自分自身が忘れてしまい、そして求めているものを健太に見たのかもしれないと思ったからだ。
(俺は組織から抜け出したいと思っているのか)
自分の本心を自分の子供に気づかされたようだ。
その事が例の者たちの存在に繋がるのかもしれない。
(奴らが監視しているのは俺で、俺の気持ちに組織が気づいているのかもしれないな)
健一は自分のすべきことが明確になった気がした。
今の組織は以前から変わってしまった。
それと共に健一自身も。
組織から抜ける事は出来ない。
なぜなら、それはすなわち家族を危険にさらす事に直結するからだ。
それなら組織を変えてゆくしか無い。
現実問題として健一一人では不可能だろう。
同じ気持ちのものが組織の上層部に、そして始末屋の中にもなるべく多くいてくれる事を願う健一だった。
健一はすぐ動き始めた。
太田と例のホテルのロビーで待ち合わせる事とした。
「すまない、少し遅れた。健太がぐずってね」
「・‥。見事な穏業ですね。声をかけられるまで、全く気づかなかった。かつてこれほど気づかれる事無く近づいた者はいなかったのですがね」
「あんたという指導者が優秀だったのさ。それよりも聞きたい事がある」
「私の方もあなたにお話があります。が、まずそちらの話を伺いましょう」
「判った。・‥俺に監視を付けたのは組織か」
「そうです。が、私ではありません」
「・‥。それは組織内に不協和音があると取っても良いのか?」
「そう受け取って頂いて構いません」
「あんたはそれをどう思っているんだ?」
「・‥ここでは申し上げられません」
「このホテルが組織のものだからか。すまない、待ち合わせ場所の選択を間違えた様だ」
「どこで会おうと同じ事です。こちらこそすみません、言い方を改めます。今はまだ申し上げられません」
さりげなく口を手で隠しながら
「あんたにも監視がついている訳か。そして組織の誰かと対立している」
「話が早くて助かります。それだけではないのですが、今日の所はこれで」
健一には太田は少し慌てているような感じがした。
どんな時も沈着冷静な太田らしくないと思った。
健一自身、今日は切り上げるつもりでいたが。
その理由が近づいてきた。
「やっぱり健一さんね」
「お義母さん、どうしたんです」
「いえ、あなたと一緒にいらした方、知人に似ていたから驚いて。それで確認しようと思ったの。でも消えるようにいなくなってしまったわ」
その知人の事をすぐにでも確認したかったが
「健太を作業場に残したままだ。健太を迎えに行きがてら家まで送ります」
そう言葉にした。
「お願いしようかしら」
「健太の作品を見てやって下さい」
「ふふ、楽しみね」
作業場で健太の作品を見ながらすごいわねを連発する百合子。
なんだか良く判らないから、それしか言いようがないのだろう。
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