健太の冒険(暇な殺し屋)

キクジヤマト

第1話 健太

 日差しのまだ柔らかな春の土曜日だ。

心地よい暖かさの中でまどろんでいると突然

「父、朝だぞ」

今年で5歳になる息子の健太が寝ている健一にダイブして言う。

「うおっ。お、重い。・‥うーん、起きる、起きるよ」

「由美も百合子さんも待ってるぞ」

母親は名前で呼び、祖母に当たる百合子はさん付けで呼ぶ。

健太にお婆さんと呼ばれるのが嫌らしく、名前で呼ばせている。

父親の健一の事は何故か父と呼んでいる。

「美幸は?」

と健一が健太に尋ねる。

美幸とは生まれて間もなく1年になる娘だ。

「百合子さんと遊んでいるぞ」

美幸を妊娠して、わんぱく盛りの健太の面倒は大変と言う事を理由に由美の母、百合子が同じマンションに突然引っ越してきた。

それも時間に融通が利くという理由で、警視庁の上層官僚ポストを捨て、庶務課勤務を自ら希望してまでだ。

そうする事が当然の様な素早い行動力には口を挟む余地など無かった。

寝る時以外はほとんど健一と由美の所に来ているので同居している様なものだ。

「おはようございます、百合子さん。由美、おはよう。おっ、今朝は美幸、ご機嫌そうだな」

百合子と健太はもう朝食を済ませたようだ。

「おはよう、健一さん。目玉焼きはいくつにする?」

「一つ。塩コショウで」

由美が自分の分と、健一の分を焼き始めるとしばらくしてパンも焼ける。

「目玉焼き、パンにのせてくれる」

「それ、良いわね。私もそうしよう」

笑顔で答える由美。

鼻歌交じりで皿にパンをのせ、マーガリンを塗り、焼けたばかりの目玉焼きをのせる由美。

その姿を見つめている健一。

「また締まりの無い顔をして」

百合子が優しいまなざしで健一に言う。

照れをごまかすように健一が言う。

「あ、美幸がご機嫌なのは百合子さんが抱っこしているからか。こら、健一。百合子さんが美幸を抱っこしている時に百合子さんの足に抱きつくのはやめなさい」

「締まりの無い顔はやめなさい」

健太が言い返してきた。

反抗期なのかこの頃健一に対抗してくる。

健一はそんな健太の反応を半分楽しんでいる。

「父。今日はオレもさぎょうぱについていくぞ」

作品制作の作業場の事だが健太は”さぎょうぱ”と言う。

ばと上手く発音出来ない頃に発していた単語を、気に入っているのかそのまま今でも使っている。

「あんなとこについてきても面白くないだろう。由美達と公園に行ったらどうだ?」

「オレはさぎょうぱについていくぞ」

そう言いながら多分公園に行くだろうと健一は思っていた。


「じゃあ、行ってきます。」

健一が由美と百合子に言う。

「いってきます」

予想が外れ健太がついてくる。

マンションから作業場まで歩いて15分弱だ。

5歳の子供には結構な距離だと思うが、途中蝶やアカガエルを見つけ遊びながらついてくる。

一人で来る時の倍の時間をかけて作業場に近づくと、健一は足を止めた。

(誰かいるな。山本刑事では無さそうだ)

山本刑事とは百合子の弟だ。

そして健太の言葉遣いに影響を与えた張本人でもある。

見かけはぱっとしないが結構切れ者の刑事だ。

以前、バディの刑事が山本を庇って撃たれ殉職した。

それ以来一人で行動する事が多くなったようだ。

山本を庇って撃たれたのは百合子の夫であり、由美の父親でもある川原秀一だ。

ある事が切っ掛けで度々昼頃になると、作業場に来るようになっていた。

健一が健太を見ると、健太は健一を見上げながら

「さぎょうぱ、変な匂いがするぞ」

「変な匂い?どんな?」

「幼稚園で意地悪するやつの匂いだ」

「・‥。健太、クリームソーダ飲むか」

「のむ」

作業場を通り過ぎ、駅の方へ向かう。

駅の近くの喫茶店に入る。

「いらっしゃいませ。お、健一さんと健太君。今日は一緒かい」

「ええ、健太が作業場に行きたいって。ちょっと忘れ物をしたんで健太を見ていてくれませんか?」

「ああ、良いよ。健太、クリームソーダで良いか?」

「今日は赤いのがいい」

時々利用するため、常連のようになっている。

マスターは健一の作品を気に入って、購入してくれてもいる。

最も最近は作品をレンタルして毎月店の雰囲気を変える契約にしている。

良い宣伝にもなり、健一には有り難かった。


健太を預け、作業場に向かう。

「これでなんとかするか」

そう言って5m程のゴムホースを手に取る。

侵入者はどうやら工房にいるようだ。

裏口の休憩所を兼ねた方の部屋からそっと入って行く。

「やっぱこんな大きいのは無理だ。もう少し小さいのにしよう」

「見た目そんな重そうに見えないがやっぱ鉄は重いな。小さいやつでもいいか」

「ううっ。小さいやつでも結構重いぞ」

泥棒のようだ。

ネットオークションで健一の作品に高額がつくのを知り、盗みに入ったのだろう。

健一のいるところが泥棒達の視界から外れた一瞬、気配を完全に消し作業場の最も暗い場所に移動する健一。

泥棒達の視界に健一が入ったとしても人と認識しないだろう。

かなり高レベルな穏業だ。

そして次の瞬間健一は泥棒の目を狙い、ゴムホースを鞭のように走らせる。

「あだ!」

と、目にゴムホースが当たった泥棒は腰を曲げる。

「どうした」

ともう一人の泥棒が顔を手で押さえている相棒のところに近づいた時、再びゴムホースが鞭のように走る。

今度は泥棒に向けてでは無く、大きめの作品に向かっていた。

作品の上部にゴムホースが絡んだ瞬間強く引く。

作品が泥棒達に向かって倒れる。

「うえ!」

「ぐふ!」

重なった二人の泥棒の上に大きめの作品が倒れ、二人は下敷きになった。

そのまま気絶したようだ。

「さて、警察に連絡しておくか。泥棒に入って盗もうとした作品が倒れ下敷きになるなんて、運の悪い奴らだな。おっと、これは戻しておかないとな」

そう言ってゴムホースを元あったところに戻し、警察に連絡する。

十数分後、パトカーで警官達がやってきた。

「こちらです」

健一が警官達を作業場に連れて行く。

「うう、重い。早くこれをどけてくれ」

気がついた泥棒が懇願する。

「盗みに入って、作品の下敷きになるとはお粗末な奴らだな、お前ら」

警官の一人が言う。

「運が悪かっただけだ。良いから早くこれをどけてくれ。重くて死にそうだ」

「俺は目も痛い。何かが当たったみたいだ。早く助けてくれ」

「まあ、もう少し待て。それだけ話せるのなら重傷でも無さそうだ。現場写真を撮らせる」

現場主任らしき刑事が指揮を執っている。

泥棒達はどうやら軽傷で済んだらしい。

現場での処理を済ませ、泥棒達を連行していった。

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