第12話 文学談義 その2
真紀「……おっさん、何読んでんだ?」
慎哉「お、真紀。なんだ、純文学に興味があるのかお前?」
真紀「ジュンブンガク? ……何、それ」
慎哉「うーん、まあ、芸術性を追求する文学ってとこかな」
真紀「……は?」
慎哉「あ、ま、まあ、難しく考えるな。要するに、ラノベとかじゃないってことだ」
真紀「……ふーん。なんかよく分かんねーけど」
慎哉「……まあいいよ。で、俺が今読んでるのは、太宰治の『走れメロス』ってやつだ。教科書にも載ってたんじゃないのか?」
真紀「……よく覚えてねーや。やったかもしんないけど。……あ、でもメロスが確か最後裸になるんだっけ?」
慎哉「なんでそういうとこだけ覚えてんだよ!」
真紀「んー……あと何だっけ。そもそもなんで走るんだっけ」
慎哉「いや、それはお前、王の怒りを買って処刑されることになった自分の、身代わりになった親友を助けるためだよ。妹の結婚式があるからって処刑を猶予してもらって、その代わり約束の時間までに戻らなかったら親友が殺されるってやつ。で、メロスは頑張って戻ろうとするんだけど、途中でいろいろ大変な目に遭って心折れそうになるわけ。でも、まあ、簡単に言っちゃえば、結局は諦めないで親友の元にたどり着き、二人の友情に感動した王は改心するって流れだ。思い出したか?」
真紀「……なんとなく。っていうか話長い」
慎哉「いや、あらすじ説明したんだから、それなりに長くなるのは避けられないだろ! それくらい勘弁してくれよ! ……でさ、この話が生まれるきっかけになったのが、熱海事件っていう出来事らしいんだ」
真紀「アタミ?」
慎哉「そう。熱海は地名だな。作者の太宰が、親友で小説家の
真紀「え、何それ。じゃあその太宰って人は友達助けるために走ってないじゃん。全然メロスじゃないじゃん。何してんの?」
慎哉「……まあ、あんまり責めないでほしいな。彼にもいろいろ事情があったんだろう」
真紀「別に何でもいいけどさ。興味ねーし」
慎哉「あ、ああ、そう……。ともかく俺は、この作品は明るい雰囲気で、悲愴感の漂ってない、太宰の中ではちょっと毛色の違う感じのものだと思うな。将来への展望まで見えるような気がする。まあでも、この時期の彼は、師匠の世話もあって結婚して、それまでの破滅的な生活からの脱却と再起を図っていたっていうからな。そうした実生活上の出来事も反映されてると考えられ……っておい、聞いてる!?」
真紀「……え? 何?」
慎哉「はあ……。まあいいよ。あと、太宰といえば、そうだな。そこまでメジャーじゃないかもしれないが……『魚服記』とかかな。知ってるか?」
真紀「は? ギョ……?」
慎哉「知らないんだな。まあ、しょうがないか。これは太宰の初期の作品だな。これには古くからの日本の伝承が反映されていると言えるそうだ。太宰は青森の人なんだが、ここに描かれているのはおそらく彼の故郷だと考えられる。まあでも、青森または津軽だとは一言も書いてないんだけどな」
真紀「青森ってすげー雪降るとこだろ?」
慎哉「そうだな。地域差もあると思うが、特に日本海側はすごいらしいぞ。……ところで、坂口安吾がこの作品を評して、太宰がM.C.(マイ・コメディアン)に徹してるから素晴らしいと言っているらしいが、まあ太宰は「お
真紀「んー……分かんない。あとサカグチって誰?」
慎哉「ああ、それも知らないのか……。坂口安吾っていうのは、小説家だよ。太宰と交流があったらしい」
真紀「ふーん」
慎哉「まあともかく、『人間失格』は太宰の最晩年の作品だ。自殺するちょっと前に完成したそうだ。これはまあ、主人公のモデルは間違いなく太宰本人と考えられるから、太宰の人生を綴った作品とでもいうべきものだな。もちろん、実際の主人公は
真紀「……おっさん、その小説嫌いなのか?」
慎哉「いや、嫌いってわけじゃないんだけど……。何というか、うーん……」
真紀「じゃ、苦手?」
慎哉「……まあ、そんなところかもな」
真紀「おっさんにも苦手な小説とかあるんだ」
慎哉「いや、誰にでも好き嫌いはあるだろ」
真紀「……で、それどんな話なんだよ」
慎哉「貸してやるから読んでみたらどうだ?」
真紀「やだ、長いし」
慎哉「えー……いや、でも、長編っていうほど長くねーからさ、試しに読んでみろよ」
真紀「めんどくさいからいい。……それよりおっさん、漫画は持ってねーの? オレ、『鬼殲の剣』読みたいんだけど」
慎哉「ああ……悪いな。俺、漫画はあんまり持ってないんだ。『名探偵アラン』ならあるけど。……あ、でも姉貴はいっぱい持ってるぞ。お義兄さんは漫画家だしな」
真紀「……え? マジで?」
慎哉「ああ。今度姉貴の家に行ってみるか?」
真紀「……考えとく」
※今回、執筆するにあたって坂口安吾著『不良少年とキリスト』を参考にしましたが、原文ではマイ・コメジアンとなっているところを便宜上マイ・コメディアンとさせていただきました。
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