第9話 創作活動に邪魔が入った件

 姉貴が帰った後、俺は早速小説の構想に取り掛かった。そのうちの一部がこうだ。


「……思えば僕は、恥ばかりの人生を送ってきたような心持ちがする。あれはまだ小学校にも上がらないようなうちから……」


 ……ん? 待てよ。この文章、なんか何かに似てないか? 何だっけ……。……あ、そうだ。あれだ、太宰治の『人間失格』だ。「恥の多い生涯を送ってきました」ってやつ。あー、やばいな。過去に読んできた作品の影響をもろに受けすぎだな、俺は。もっとこう、オリジナリティを出さないと……。


 俺は幼い時から、呼吸をするように多くの本を読んできた。ある種の中毒みたいなものかもしれないが、とにかく字を読むことが好きで、暇さえあれば本を読みふけっていた。俺は無駄に背が高いから、学生の時はバスケとかバレーとかによく誘われたものだが、運動は苦手だからとか適当な理由をつけて、体良くそれらの誘いを断ってきた。それくらい読書には熱中したものだ。……まあ実際、俺は運動音痴なのだが。一方で俺は自分で文章を書くことも好きだった。だが、だからと言って俺に文才があるかどうかははなはだ疑問で、その証拠に今まで書いてきた作品が全て高い評価を受けてきたわけではない。でも、他者からの評価が全てじゃない。下手の横好きに過ぎないとしても、好きなことを仕事にできることは、俺にとってはとてもありがたいことなのだ。


「更級。どうじゃ、作品はできたのか?」


 自分の状況説明というか、心情吐露というかそういうことをしていると、急に橘が話しかけてきた。


「あ、いや、まだだけど……」

「まだ途中であるということか?」

「あー……うん」

「ふむ、そうか。では途中までで良い。儂に見せてみよ」

「えっ!? ……な、何でいきなり?」


 唐突に何を言い出すんだ。


「先達として、汝に助言をくれてやろう。儂ならば人生経験も豊富じゃからのう」

「や、人生っつーか……。というか、アンタ専門家じゃないだろ」

「岡目八目というであろう。御託ごたくはもう結構じゃ。黙って儂に原稿を手渡せ」


 なんかもうごねても意味がなさそうなので、とりあえず俺は原稿を印刷して橘に渡した。


「ふむ……ではしばし拝借するぞ」


 橘は俺から原稿を受け取ると、思いの外熱心にそれを読み始めた。









 ……我ながら気取ったような、知った風なことを書いてしまったな、と思う。しかもそれを音読されたのだから恥ずかしくてしょうがない。もう穴があったら入りたい気持ちだった。すると、橘がおもむろに原稿から顔を上げ、口を開いた。


「……ふん、汝も少しは分かっておるではないか」

「え? な……何がです?」

「この世に生を受けたものの宿命じゃ。汝のような考え方をする者も少なくはあるまい」

「いや、これ、あくまでもこの小説の主人公の考えだから。別に俺の考えってわけじゃ……」

「それはともかくとして、じゃ。汝の文章は面白みがないのう」

「……はい?」


 唐突にダメ出しをされて、俺は面食らった。


「まず、文全体が誰かの影響を受けているようじゃな。それが誰かとは言わぬし、第一明瞭でない。じゃが、既視感のある作風はあまり関心せぬな。加えて、この主人公がこざかしいのが気に食わぬ。先ほどはああ言うたが、一介の人の子如きに生の意義など理解しきれるはずもないのじゃ」

「いやそれ言っちゃったらこの作品終わりなんですけど……」

「さては汝、儂に感化されたな?」


 俺はギクリとした。その指摘はあながち間違ってはいない。


「じゃが、生と死の問題を考えるのは悪いことではないぞ。まあ所詮、汝らにはどうすることもできぬものではあるがな」


 橘はさらりと簡潔にまとめ、原稿を俺に返してきた。どうやらもう興味を失ったようだ。……なんだよ、俺の小説にケチをつけたかっただけですか? まあ確かに、参考にすべき指摘がなかったわけじゃないけど。うーん、やっぱり文学の道は奥が深いな……。これじゃ一生かかっても極められそうにねーな。とはいえもとより、俺みたいなしがない一小説家にできるようなことじゃないとは分かってるけどさ。


「ところで、更級。今日の夕餉は何じゃ?」

「え、いや、まだ考えてねーけど……」

「ふむ、そうか。では、ライスカレーにしてくれぬか?」

「ん? カレーか? ……まあ、別にいいけど……」


 ライスカレーって……。なんか昔はそういう風に呼ばれてたらしいな。本当にこいつの常識は何時代に設定されてるんだ……?


 ともかくも俺は、とりあえずこの妙な死神とは良好な関係が築けているようである。この関係がいつまで続くんだかは定かじゃないが。もし一生とかだったらどうしよう……。俺はこいつの専属料理人じゃねーんだぞ……?

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