第3話 静かなること林の如し(「旬菜と郷土の店 和静」さんの明鏡止水)【閉店】
下通に飲みに出る際に前々から気になっている店がある。
ただ、なぜか足を踏み入れていない店がある。
そうした店のひとつがテイクアウトを始めている。
それに気づいて、私は即座に決断した。
和静さんは籠町通りに面しつつ、和食の担い手として凛然とした姿を顕す。
そこで、弁当と二品を折りにしてもらって持ち帰る。
車内で二人の職人の零した笑みを思い出すと、それだけで胸が躍った。
まず、ポテトサラダは王道でウィスキーソーダを進ませる。
弁当のそれと合せた被りには目を瞑ることとする。
いや、被ったからこそ万全の態勢でその豊満な味を受け止めることができた。
ベーコンの塩味を圧倒する芋の甘みはなんと偉大なのか。
そこに、雷鳴の如くカマンベールチーズの醤油漬けが攻めかかる。
黒胡椒の香りが鼻を掠め、塩味と旨味は口腔を覆う。
ただ、それを覆したのは海苔巻きである。
磯の香りとチーズがこれ程に幸せを生むとは、残念ながら知らなかった。
そして、主菜である肉じゃがと大葉ミルフィーユカツが心憎い。
ミルフィーユカツは卒なく美味いのであるが、圧倒するのは肉じゃがである。
ゴマ塩の効いた飯と漬物がなければ正気を保つことさえ難しい。
圧し潰した芋に肉を巻き、成形したその逸品は肉じゃがの世界を圧縮している。
人類の叡智は超新星爆発を伴い、独特の香ばしさが口腔で飛び跳ねる。
無条件降伏というのはこうしたことを言うのであろう。
あとは機械となった己が身に任せて、機械的に箸とジョッキを動かす
いや、機械では感じられない幸せを感じ続ける以上、機械的というのは語弊がある。
我武者羅の後は白米を噛み締め、晩餐に幕を閉じた。
今宵もかの店は静かに暖簾を掲げるのであろう。
ただ、その秘めた味はこの暗さを鮮やかに染め上げるのだろう。
快活に迎えてくださった二人の職人の笑顔を枕に、私は床に就いた。
【店舗情報】
「旬菜と郷土の店
860-0802 熊本県 熊本市中央区中央街1-1 2階
電話番号:096-355-7366
営業時間:月~日、祝日、祝前日: 11:30~14:00・15:00~翌0:00
※2020年12月14日時点で閉店されていることを追記いたしました。確かな腕に基づいたお店であっただけに残念です。
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