第6話 クローンのお父さん

 ひどく薄い夜着を着た姿で私は目を覚ました。目の前には、私が購入した中年男性が一体。設定としては私の肉親、ということにしている。どんな関係で設定したかどうかまでは覚えていない。

「今は何年の何月何日?」

「今は2520年の7月5日。時間は16時14分だ。俺の体内時計が狂ってなければ、だが」

「あなたが目を覚ましたのは?」

「32分前だ」

 それからプログラム通り私をプリントアウトしたとして、30分で私の身体が印刷終わったということか。

 私は私を印刷した母胎機械を見た後、頭を振った。考えても仕方ない。

「私は殺されたのね?」

「ああ。間違いない。ニュースになっている。録画を見るか?」

「ええ。お願い」

 壁にプロジェクションされたのは今時面白くもなんともない強姦殺人のニュース。ただし警察はアンドロイドによる犯罪のケースも捨てきれないとしている。体液が見つかってないのかも。

 私は自分の手足が細く小さくなっていることを確認した。未成熟な身体だった。

「私の身体、予定よりかなり早く外に出てきたみたいなんだけど」

「俺の判断だ」

 中年男性が上着を脱いで私の肩に掛けた。肩の下に下げたガンホルスターが見える。随分と昔のブラスターだ。破壊力が強すぎるので生産はとうの昔に終了している。あれが彼の専用装備。

「どういう判断?」

「”予備”の大部分がすでに破壊されている」

「地下の連中?」

「さあな。ともあれ、親としては娘を助けたい。そこで印刷予定をぎりぎりまで早くした。で、すぐにでも脱出するというわけだ。分かったか?」

「予備まで破壊されてるって、相当周到な敵ね」

「そういうことだ」

 中年男性は私に手を伸ばした。掴まれ、ということらしい。

 抱えられて首筋に抱きつくと、彼はブラスターを抜いて熱線を発射した。

 目に見えぬ線が走り、即座に母胎機械が真っ二つになって即座に燃え始める。

 母胎機械だけでない。ビルも一〇階以上が切断されていた。足元がずれる。落ちる。

 彼は冷静な顔で崩れ行くビルの床を蹴って、別のビルの屋根に飛んだ。頭上を見えない線が通った。背後のビルが切断された。敵の射撃だろう。敵にもブラスターの使い手がいる。

「たしかに貴方が言ったとおりね」

「違う」

「どこが違うの?」

「俺は貴方じゃなくてお父さんだ。最大限譲歩しても父ちゃんだな」

「……何を言ってるのかしら」

「俺のモチベーションに深く関係する」

 私は私に万が一の事があったときのため、私を生産する機械と、私を守れるくらいの考えられる限り最強の戦闘用アンドロイドを配置した。

 それも、まったく同じアンドロイドだと同じ戦術にしてやれられる可能性があるので、性格に差をつけた。それ自体は正しい。だから私は全滅していない。

 しかし、こんな面倒臭いキャラクターだったとは、思ってもいなかった。

 さあ、俺を父と呼べという無言の圧に、私は屈することになった。

「覚えてなさいよ。パパ」

「覚えておくよ。一生」

 彼は私を抱いたまま、左手でブラスターを連射モードにして撃ちまくった。前方のビルがばらばらになって倒壊する。そこから一体のアンドロイドがジャンプして脱出するのが見える。

 どんな悪い冗談か、敵アンドロイドも少女を抱いていた。

「同じタイプ?」

「良い趣味じゃないか」

 私は彼を横目で見た。彼は気にしていない様子。再度ジャンプ、彼と敵は空中で同時に照準を合わせながら、撃つことなく遠ざかって行った。

「なぜ撃たなかったのかしら」

「おっさん殺すのに良心は痛まないが、娘さんに手を掛けるのはな……」

 このポンコツと言いかけて、私は私の命を握っているのが彼であることを自覚する。

 私みたいな生ものでは、やつらに勝てない。

「どうした?」

「なんでもない。私を殺した復讐をしたいけれど、とりあえずどこかに落ち延びる必要がある。心あたりはない? 貴方のタイプはかつて宇宙探索にも使われてたと行っていたけれど」

「ひどく原始的な場所ならあるが……」

「ある程度の危険なら仕方ないわ」

「いや、俺をパパと呼んでくれる娘がどれくらいいるか、ちょっと不安でな」

「一人で十分でしょ、パパ? 停止コード入力するわよ」

「冗談だ」

 絶対冗談ではない顔で、彼はそう言った。顔はシリアスそのもの、ここだけだったら映画になる。

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