第35話 魔法使いの弟子

「星の光の色は青、白、黄、橙、赤などと分類分けでき、温度の高い星は青く、温度の低い星は赤く見える」


ロンメル爺やは黒板に代表的な星の色と大きさを書いてゆく。オリオン座のリゲル、獅子座のレグルスは青。北極星のシリウス、こと座のベガは白。太陽は黄色という風に。


その光景を僕はぼんやりと見つめている。隣の席ではノノコがニブンタにちょっかいをかけながら何か話している。女の子の声は高くてよく通るので、ロンメル爺やの声がかき消されてしまうんじゃないかとひやひやする。ロンメル爺やはそんなことを咎めることもせず、星の大きさから光の強さに話を広げている。


星魔法の会はいつもこうなのだ。星について学んだりはするが魔法について学ぶわけではなく、ロンメル爺やの蘊蓄に付き合わされている子供たちという構図で続いている。ノノコとニブンタはなぜこの館にやってくるのだろう。学びたいなら学校で学べばいいし、わざわざロンメル爺やの話を聞くよりスマホで調べたほうが簡単にわかるのに。


ノノコのおしゃべりは噂話だった。近所の野良猫が子供を産んだらしいとか、三組のブンタが暴力沙汰を起こして転向するとかしないとか、有る事無い事隣のニブンタに話している。ニブンタはそれにああ、とか、うん、そうなんじゃないかなとか適当に相槌を返しているが、別に悪い気持ちはしていないらしい。いつものことだから、僕もその噂話を聞き流して、ロンメル爺やの話も聞き流して、この場が終わるのを待つのだろうと思っていた。


ニブンタの流されるままの返答に業を煮やしたノノコが


「今日のトップニュース!」


と銘打ったその一言が放たれるまでは。


「『この世の終わり』がやってくるんだって!」


ニブンタはその聞き慣れない言葉に驚いて


「この世の終わりぃ?」


と返した。


もうすぐやってくるこの世の終わり。西暦二千年の頃はノストラダムスの予言が流行ったらしいけど、今はそれより十年、いや二十年は経っている。そんな予言を信じている人はもういないはずだ。それでも、その終わりという単語に僕は人ごとではない何かを感じ取っていた。


「二年前にもこの街には『バケモノ』が現れて大変なことになったけれど、僕らはこうして生きているじゃないか。この世の終わりだなんて信じられないね」


ニブンタはそう言った。ノノコはそれをはね返して。


「本当よ。だって二日前に見たんですもの。真っ暗になった空が割れるのを」


そこまで聞いてようやくロンメル爺やは、黒板に書く手を止めた。


「ノノコさん、空が割れるとはどういうことかな」


ノノコは興味を持たれたことが嬉そうにしたが、それでも大人に追求されるのは気後れするのか、おずおずと話し始める。


「どうもしないわ。昨日の夜、家の窓からただ見たままに、空が割れていると思っただけよ。もしかしたらただの雲のいたずらなのかもしれないけどね」


「それと『この世の終わり』とはどう関係するのかな」


ロンメル爺やはそう追求する。ノノコはたじろいだ。


「別に。空が割れているなら、もうすぐこの世界も終わるのかなってそう思っただけよ。確証なんてどこにもないけど、この街であの空を見た誰もがああ、世界が終わるんだなって思ったはずよ。だから噂になったの。誰々の予言がどうとか、彗星がどうとかいう話じゃないわ」


空が割れる。空が割れるとそこには広大な宇宙が広がる。宇宙の中に「それ」は漂って、泳いでいる。大きな翼、黒い鱗。赤瑪瑙の大きな眼。僕は誰に指図されなくともニーグの姿を想像していた。実際に見たのは眼だけだったから、竜だと思ったのは僕の想像の産物だ。竜が友だちになったらどれだけいいだろう、と子供心にそう願ってしまった日を思い出す。


「サクタはどう思うの?」


想像の中にいた僕を不用意に現実に引き戻したのは、ノノコのそんな一言だった。

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