第32話 くじらの館
「でもよかったのでしょうか。こんなに乱暴な方法で連れてくるなんて、シリウスって人が聞いたら怒るのではないですか?」
「いや、いい。あいつはいざという時には手が遅くなる。今はお前の方が大事なのだ。東の町の人間は恵まれているからな。我々のような逼迫した感覚を備えていないのだよ。あの葉書に催眠と視覚共有の魔法を混ぜ込んでおいてよかった。やはり、あいつの近くにいたのだ」
白煙の向こうから、咳き込む子供の声が聞こえる。一瞬前には煙ばかりが立ち込めて何にもなかったところだ。転送の魔法は成功したのだろうか。
「それに、ここは彼らに見つけることはできない。ここは、どこにでもあり、どこにもいないのだからな」
煙がだんだんと晴れてゆくと、そこで蹲る子どもの姿がはっきりと見えてくる。ぼくと同じくらいの背丈の子どもだ。ただ、不思議なことに、その頭からはライオンの耳が生え、四肢は獣のそれであり、人間が失ったとされる尾骶骨の先からかはわからないが、ライオンの尾がズボンから飛び出している。
「なんだか変テコな奴ですね」
「ああ。変テコだ。そして思ったよりも弱そうだ」
試しに長い木の棒でその腹を突いてみると、そのライオンもどきは一度突かれただけで飛び上がり、ぎゃあ、とうるさく鳴いた。
「ああ、生きているな。転送のショックで死なれてはどうしようもなかった」
反応が面白いので二度三度と、棒で突いていると、三度目くらいでとうとう怒ったような唸り声を上げて、四度目は空を切ってしまう。
「こら。むやみに怒らせるな。星座の獣だ。何をしでかすかわからない」
ライオンもどきは魔法陣の外へ出ようと、飛び出したが、煙で出来た障壁にぶつかって、これまた、ぎゃん、と声を上げた。一度ぶつかっても学ばないで、何度も繰り返すのは面白くさえあったが、そんなにぎゃんぎゃん喚く必要があるとは思えなかった。
そしてとうとう隅っこで座り込み、しゃくり上げ始めたので、頃合いだと、煙を晴らすことにした。
「こんにちは、獰猛なライオンくん。くじらの館へようこそ」
覗き込んだぼくらの顔を見て、ライオンもどきは震え上がったが、一言呟いた。
「シリウスお爺さんと瓜二つだ」
ロンメル爺やはその言葉に怒って、魔法陣の中に雷を落とした。
「あの朴念仁と、同じであるものか!」
ロンメル爺やは雷が命中しても、その赤いマントには傷一つ付かないことに驚いていた。
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