第28話 ツメ、キバ、アギト 前編

突然のことだった。

 虫の知らせのような予知は全くなく、誰もが無防備で、誰もが警戒しようがなかった。

 突然図書館の照明が全て停止して、何事だろうと、シリウス翁が言い、ブレーカーを探しに用務員室へ行った後、薄暗くなっていたはずの室内は、自分の姿さえ見えない暗黒へと、瞬きの間に変化したのだ。


 まるでたちの悪い悪夢のようだ。


 突然の変化に絶叫する者、泣き叫ぶ者、狼狽する者がいた。私はただこの光なき状況に感じる既視感を必死に探っていた。


 知っている。私はこの暗闇を知っているのだ。そのおぼろげな直感は、二つの眩い光が現れることよって確信へと変わってゆく。


「獅子心臓に懸けて!」


 目の前でもどこにいるのかわからなかった二つの魂は、爆風を纏いながらその姿を、星の輝きに似せてゆく。一人は星そのものだが、もう一人は果たしてどうだろうか。手に入れたのか。貰ったのか。誰かから奪い取ったようには思えない。兎に角、目の前で二人の変身を見るのは、初めてだった。


 爆風で変身の詳しい様子が見れなかったのは本当に残念だ。蔵書一つ巻き上げることなく爆風は何処へと消え去って、残されたのはライオン紋の王子様と、天狼と名高い頭蓋を被り、青いマントを靡かせる番長のような姿の親友だった。腕を組んでいるからまさにそれっぽいのだ。こうやって比喩を使うあたり、自分を律しきれない彼女の影響を受けたのだろうか。私にはよくわからない。


 「行くよ、レオくん!」

 「外ですね!合点です!」


 二人は閉まっている自動ドアに走ってゆく。そのままガラスを打ち破って外に出るのだろうかと思ったが、自動ドアは停電をしていてもすんなりと開いた。予備電源があるのだろうか。

 

 駆け寄ろうとする私に、青い光に包まれたカナコは、ちょっと見てくる、と言伝を残した。


 「無理はするなよ」

 

 その言葉に対して、レオくんが答えた。


 「お姉ちゃんは、ぼくがいますから安心です」

 

 「頼りにしているぞ。ライオンくん」

 

 外はまるで黒く塗りつぶされたかのような概観であり、今まで見ていた構造物があるのかどうかもわからない。ただ、変身した二人の残した足跡が、まるで星々の流れのように、出口への道を示しているのだ。


 二人が見上げる外から、果たして夜空は見えるだろうか。

 二つの光は、正体のわからない暗黒に向けて飛翔した。後に残るのは星屑のような残光だけだ。

 

 「ブレイカーは機能しないようだ」


そう言って、シリウス翁は何やら大きな杖をつきながら、暗がりから明かりを持ってきた。大きな杖の先端にはこれまた大きなカンテラがついていて、そのオレンジの明かりが、暗闇に惑う人々に遍く光をもたらしたのだ。光源に集まる人々の口からは、叫びに代わり歓声が、恐れに代わって安心の吐息が吐き出される。

 

 「私ばかりは転んではならないからな。こういう時のために備えていたのだ。さて、二人はどうしたのかね」


 「彼らは今し方調査に出てゆきました。すぐ帰ってくると聞いています」


 「そうか。外がどうなっているかわからない以上、迂闊に人々を外に出すわけにはいかんな」


 「しかし、この場所も安全という保証はありますか」


 私の懸念にシリウス翁は笑みを浮かべる。


 「まあこれを見ておれ」


 そう言ってシリウス翁は、両手で持った大きな杖の先で、図書館の床をじっと見定めて、コツンと突いた。


 すると、停電したはずの蛍光灯にかつてのような明かりが灯ってゆく。一瞬で、この異常事態の暗黒は見知った夜に見紛うほどになった。

 

 「一体何をしたのですか」


 「さあな。秘密だ。杖でついたところに都合よく予備電源のスイッチがあったのかもしれないぞ?」


 シリウス翁はまるで悪戯が見つけられてしまった小僧のように笑った。発展した科学は魔法と見紛う。全ては使い方なのだ。一年前に学んだはずなのに、こうして実演されると今目にしていることが、果たして科学なのか魔法なのかわからなくなる。カンテラの光は役目を終えたように消えている。これではただの精巧な造りの杖である。

 私はポケットに仕舞っていたスマホに手を伸ばす。キーを外して入力を始める。シリウス翁の気づかないうちに。


 「皆さん。倉庫から非常食を持ってきます。びっくりしたり、お腹の空いた者はいませんか。乾パンで良ければ持って参ります。この図書館の耐震性などの安全機能は私シリウスめが保証いたします」


 シリウス翁はカウンターに集う人々に向けてそう語った後で、私に向けてあるリストを差し出してきた。目を通してみると、学校機関や医療施設、学術機関などの電話番号と住所が記載された分厚いリストだった。その中に、市役所の電話番号も含まれていた。


 「司書たちだけででやるには心許ない。市長の娘さんという立場を利用して悪いが、ここは一つ、市長に連絡をつけてはもらえまいか」

 

 私はシリウス翁の私の身を案じた顔に、得意な顔を返してみせる。


 「その必要はないですよ。シリウス翁。私は次の市長になるのですから、ただ手をこまねいているはずがありません」


 スマホから通信が繋がり、私は耳に当てる。数秒してから、きっとある人との通話が始まる。電話番号は既に暗記していたのだ。私でも二人のようにできることがないかと、ポケットの中で連絡がつけられるようにと、圏外地帯を局地的に作り出して努力を重ねた。


 「私だってレオくんや、カナコと同じようなヒーローの一人ですから。いざという時に立ち上がってこそです」


 この言葉は、早口で言わなければならなかった。シリウス翁に聞いてほしい一方で、父親に聞かれたくはなかったからだ。利用できるものは利用するが、プライベートと仕事は分割する。これは私の主義だ。


 シリウス翁はやれやれと言いたげな笑みを私に向けた。私はその笑みに安心さえ覚えていたが、通話が始まり父親の口から漏れ出た言葉に、呆然とするほかなかった。そして、守秘義務も忘れて呟いてしまったのだ。


 「空が、割れている?」


 

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