第42話 選言(3)
バーンは状況を打破すべく、精霊の状況をチェックした。
イェツラーとバーンとに召喚され続け、どちらに従うべきか、また同じ仲間を攻撃しなければならないという矛盾に混乱していた。
(ダメ…だ。このまま大気の精霊達を駆使し続けると…彼らが狂ってしまう。召喚を…一度、白紙に戻さないと…
でも、この状態では……臣人が…)
「もし私が本気で仕掛けていたら、君たちなどものの1秒ももたないということを肝に銘じておきたまえ」
不愉快そうな表情で臣人を見て、鼻で笑いながらこう言った。
イェツラーは何事もなかったようにバーンの方に向き直った。
「8年前、行方不明になって以来、君の消息は杳として知れなかった。これでも結構、探していたんだよ。まったく上手く身を隠したものだと感心したよ」
どんな反応をするか楽しんでいるようだ。
「こんな偶然から、しかもこんな地で巡り逢おうとは」
そうこうしているうちに遠くからサイレンの音が聞こえはじめた。
赤色灯が工場の割れた硝子を通して内側へ射し込んできた。
「おやおや、日本の警察官の方達も頑張るね。ま、今日のところはこれで失礼するとしよう」
イェツラーは数歩後ろに下がった。
「よく覚えておきたまえ、君はたった1枚の切り札だ」
(切り札……?)
「君に選択権はない」
バーンの顔をまじまじと見て勝ち誇ったように笑った。
「産まれた時から…な」
(!?)
痛みを堪えながら、臣人は立ち上がった。
ずれていたサングラスを元に戻すと、ガクガクと震える足で立ち、もう一度反撃しようと印を結んだ。
「黙って聞いてりゃ、ええ気になりやがってぇ!」
「おやおや、君の連れはなんと野蛮なっ 昔を思い出すな!そのあきらめの悪さといい、無暴な行いといい。さすが、血は争えぬか。直之の孫よ!」
臣人はイェツラーが口にした名を聞いて信じられなかった。
本当に血の繋がった祖父の名を口にしたからだ。
この名を知っているのは自分以外は育ての親である円照寺の葛巻國充しかいないからだ。
「なんで、わいの
術を発動させるだけの体力が残されていないのもわかっているのか余裕の表情だ。
答えるつもりなどなく、薄ら笑いを浮かべた。
お前になど話す言葉は持ち合わせていないと言うように。
「バーン君、」
斜めにしていた身体を再びバーンの方へ向けた。
「自力で、生きて我々のところへ辿り着くことができたのなら、再び相見えよう。その時にこそ君の『力』のすべて、そして君自身の『真の姿』を見せてもらうよ」
(真の『姿』…?俺の?)
見るからに動揺しはじめたバーンを見て臣人は危機感を持った。
(聞く耳を持つんやない!そこに付け込まれてお前の『心』を持っていかれてしまう!バーン!!)
そう叫びたかったが声にならなかった。
歯がゆい気持ちが先走った。
苦しげな臣人の表情を見て、満足そうにイェツラーが笑っていた。
「我が
バタン!!
突然、大きな音がした。
窓という窓、ドアというドアが開いて外から冷たい風を運んできた。
誰もが目を開けていられないほどの勢いだった。
「ま、待て!」
「バーン!!」
それが突風になってイェツラーの周りに渦巻いたかと思うと、次の瞬間、彼の姿はかき消えていた。
「…………」
バーンの視線はイェツラーがいた場所に固定されていた。
(くそっ!何もできへんかった!)
臣人は唇を噛みしめるしかなかった。
両手のコブシが悔しさに打ち震えていた。
それでも前に進まなければならない。
自分のことよりバーンの方が心配だった。
さっきより痛みは引いたものの回復しきっていない身体を引きずるように彼へと近づいた。
「バーン…」
「…………」
立ったままうなだれている彼がいた。
両眼を前髪で見えないように隠していた。
臣人の呼び掛けにも全く反応しなかった。
「バーン?」
二度目の呼び掛けをした。
彼の肩がピクリと動いた。
「
口が勝手に動いてしゃべっているようだった。
イェツラーが言った言葉が心の中でぐるぐると回っていた。
真実かどうかなんてわかりはしないと思う一方で、心がその事実を認めていた。
臣人は怒りを顕わにした。
彼をこんな状態にするために一緒にいたのではないと思いたかった。
「あほぅ!そんなんどうでもええっ!今更、惑わされんな」
「……………」
(俺を知ってた…。
たった一つの切り札…。
8年前の出来事すらも…?
産まれた…時から?
俺の『力』、俺の真の『姿』…って?)
「ええ加減なこと、口からでまかせで言っとるだけや!聞き入れるんやない。
「…………」
臣人が何を言っても、バーンには届いていなかった。
哀しそうな眼で臣人を見ていた。
意識が彷徨っていてどうにもならないようだった。
(俺は……俺?)
「それは、わいが一番よぉ知っとる」
「……………」
「8年前と同じこと繰りかえすんか!?
「……………」
ビクッと彼の身体が硬直した。
彼女の顔が脳裏に浮かんだ。
自分の腕の中に横たわり、二度と目覚めることがなかった彼女の顔が浮かんだ。
死に顔はまるで眠っているようだった。
「臣人」
急に名前を呼ばれて驚いた。
「!」
「『混沌の杖』」
「……………」
「知っていたのか? それが絡んでいたことも」
「……………」
「『銀の舟』が母体になっていることも?」
次々と質問攻めになった。
聞きたいことが山になっていた。
バーンの前で嘘をつくことなどできなかった。
責めるような言葉であっても正直に答えるしかないのだ。
彼に対する償いの言葉のように。
「ああ。聞いとった。じじいからな」
「……………」
「聞いても初めは信じられんかった。わいもお前と同じで『銀の舟』はあの時、完全に壊滅したと思うとった」
「……………」
「でも、そうやないと知らされたんや」
臣人はここで言葉を切って沈黙した。
バーンのつらそうな顔を見ていられなくなった。
「…どうして?」
「聞いたのも確かやけど、裏を取ってから話そう思うとった」
(信じられへんかったし、確信がなかったんや。そんな不確かな情報でおまえの心を乱したくなかった)
「……………」
「言い訳っぽく聞こえるかもしれんが」
バーンはついっと、臣人から何も言わずに離れた。
彼の肩をつかんでとめようとした。
「バーンっ!」
臣人が叫んだのと同時に風が彼の頬を切り裂いた。
鎌鼬だ。
目を見開いたまま動けなくなった。
傷口から血が流れ出すのがわかった。
バーンの力が彼の意志ではなく発動していた。
精霊の力が、彼の感情に反応していた。
ヨーロッパにいた時はしょっちゅう起こっていたことでも、ここしばらくこんな事はなかった。
ほとんど完全にコントロール下にあったはずなのに。
バーンの肩に触れるはずだった手が行き場を無くした。
臣人はその手をコブシにして、引いた。
「すまない……」
背中を向けたまま、抑揚のない声で言った。
臣人はバーンが『魅了眼』を自分でコントロールすることが難しくなっているのだと知った。
「独りにしてくれ……」
そう言うとひとり出口に向かった。
このまま一緒にいるとだれかれ構わず傷つけてしまう事がわかっているのだ。
自分の気持ちに反して。
だから、自らこの場を去ろうとしていたのだ。
(バーン……)
臣人は何もできなかった。
追いかけることも、それに弁明することも…何も。
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