第40話 選言(1)

パンパンパンパンパンパン。

どこからともなく静寂を打ち崩す拍手がこの場所に不気味に響いた。

(新手!?)

再びバーン達に緊張が走った。

あたりを見回したが周囲には自分たち以外に人はいない。

音は自分たちの背丈よりも高い場所から響いている。

視線を上げた。

すると、回廊のようになった場所に一人の男が立っているのを見つけた。

彼らを見下すような視線を送っていた。

細面で長い金髪、紫色の瞳を持つ男だった。

真っ黒な服に身を包み、一見すると神父のようにも見えた。

「お見事。」

拍手をしていた手が下がった。

「文句のつけようもないほど完璧な召喚だった。素晴らしい!火の精霊で閉じ込め、大地の精霊で守りを固め、大気の精霊と水の精霊で一気に浄化する。いやはや四大精霊の性質を知りつくしているね」

人の気配はしなかった。

だが、全身が粟立ち、刺すような悪寒が背筋に走った。

身体全部の感覚器官が危険を告げていた。

人間に見えるが、

彼の発する気そのものがそう教えていた。

臣人は男の姿を視認するや先手必勝でその回廊へと続く非常階段を駆け上り、身柄を押さえようと思った。

しかし、足がいうことを聞いてくれなかった。

男の声を聞いた途端、男の存在を知った途端、足に根が生えたように動かなくなった。

肩をつかまれ、力一杯押さえつけられているような感じだ。

(なんやこの気は?う、動けへん。わいが!)

「召喚された精霊数も特筆すべきかな?この場所にあの数はあり得ないよ」

「…………」

バーンは黙ったままその男を睨んだ。

彼らがおこなっていた法術を詳しく説明できるなど普通の人間ではないことを物語っていた。

しかも、臣人には見えない精霊が視えていたのだ。

「やはり術者の資質かな?」

そういうと口の端だけを上げて笑った。

「…………」

何を言われてもバーンは冷静になろうとしていた。

動揺していることが知られればそこから反撃されそうな気がした。

榊をかばうように前に立ちながら、バーンは厳しい視線で尋ねた。

その視線に男はようやく気がついた。

「おお、これは。その右眼で睨まれるとはなかなかだ」

言葉だけは丁寧だが態度はずっと彼らを見下したものだった。

取るに足らない虫けらを見るような目だった。

「こんな東洋の辺鄙な島国でこうも素晴らしい幸運にめぐり逢えるとは。私の運も捨てた物ではないな」

男はサビの出た手すりに片手を置くとほんの少し身を乗りだした。

「なあ、バーン・G・オッド君?」

(なぜ、俺の名を!?)

君のことは昔からよく知っているよと顔に出ていた。

さらに嬉しそうに小さな声でこう言った。

「RW様もお喜びになるに違いない」

(RW…様…だと?誰だ!?)

聞き慣れない言葉だったがそれを聞き逃すはずがなかった。

聞いた途端に背筋か凍りついた。

この名そのものに呪力があるような気がした。

「!?」

「くそっ!」

やっとの思いで臣人が言葉を発した。

それが精一杯だった。

呪縛を自力で解くことができずにもがいていた。

(これが、こいつがじじいの言っとった刺客かぁ?コイツの気は、一体、何なんや!?最初の一言で暗示をかけられてしもた。くっそうっ!肝心な時やのに!)

榊も泣き声すら上げられずに震えながらその男に視線が張り付いていた。

「お前は……誰だ……?」

バーンの動揺が言葉になった。

見も知らない男が自分の名を知っているだけでなく、自分の過去も知っている。

それがどんなことを導くのか予想もできなかった。

男は目をちょっと見開いた。

バーンの反応が意外だったのか楽しんでいるふうに見えた。

「そんなに驚くようでは、何も知らないと見える。よろしい。では自己紹介といこうか」

長身の男はうやうやしく一礼した。

髪がサラサラと揺れた。

「我はアイン・ソフより出しいで四天の一つにして、風を司りし者」

「…………」

「蛇に巻かれた心臓を持ち、天使と位階を同じくする者」

「…………」

「『混沌の杖』に属しし、大いなる力の化身」

(『混沌の杖』?さっき本条院が言っていた?)

「君たちには『銀の舟』と言った方がわかりやすいかな?」

「…!!」

(『銀の舟』……!?)

「イェツラーと呼ぶがよい」

バーンは驚くと同時に怪訝な顔もした。

四界のひとつである呼び名を自分の名として頂くこの男に。

(イェツラー?…形成界の?)

中世の昔より、世界は階層構造になっているという考え方がある。

現世を境に天界・魔界それぞれに4層ずつあるのだという考え方だ。

それぞれの門をくぐらなければ行くことのできない世界の名だ。

「不思議そうな顔をしているね」

そう言うと男は回廊の階段に向かってゆっくりと歩きはじめた。

魔術師であるバーンはこの名が表すところを知っていた。

天使と位階を同じくするものだとしても、その気配は天使のそれではない。

「…………」

バーン達を見たまま一歩また一歩と階段を降りた。

不思議なことに鉄板を踏む足音は一切聞こえてこなかった。

まるで滑るように音もさせずに歩いていた。

「仮の名だよ。この世界で私の持つ名を正しく発音できるものなどいなし、意味がない」

「…………」

「名が持つ言霊的な魔術の制約など私には効かない。そんなことで存在を証明しようとする不確かな『力』など必要ない」

「…………」

きっぱりと言い切った。

「ゆえに、便宜的にこの名で呼んでくれたまえ」

「…………」

「そうそう、先に弁明をしておこうか」

思い出したように別な話題を振ってきた。

「今回の私の役目は偵察であって、実動ではない。日本という眠れる龍が住まうこの地に、一体どれだけの価値があるのかを見極めることにある。我があるじのご命令で」

「我が…主?」

バーンが聞き返してもイェツラーは答えなかった。

答えるに値しない質問だと思っているようだった。

自分の言いたいことをただ淡々と並べ立てた。

「この誘拐の件は君たちにあっけなく倒されてしまったコイツらの不始末で、私の本意ではなかったのだよ。

下で気を失っている男達を評してこう言い放った。

自分には全く関係がないと言いたかった。

カツン

氷のような靴音が1度だけ響いた。

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