ANSUZ
砂樹あきら
第1話 迷子(1)
わたしはhas beenではありません。
わたしはつねにwill beなのです。
ローレン・バコール
高校最後の夏休みがスタートして1週間が経とうとしていた。
もうすぐ8月。
抜けるような青空が頭上に広がっていた。
空には雲ひとつなく、照り返す太陽の陽射しを遮るものは何もなかった。
ちょっと外を歩くだけで身体中汗だくになってしまうほどの暑さも到来していた。
綾那と美咲はそろって街へ買い物へと出ていた。
帰省前の最後の外出日を一緒に過ごそうというのだ。
これ以上ないくらいおめかしをして、楽しそうに談笑しながら次の店を目指して歩いていた。
綾那は襟のないざっくりと編まれたサマーセーターに花柄のフレアスカート。
美咲は黒っぽいベロアワンピースにジーンズを着て、ビーズとパールのネックレスをつけていた。
手には前の店で買った品物が入ったペーパーバッグがさげられていた。
「めずらしいわね。海外へ家族旅行なんて」
綾那はペーパーバッグを反対の手に持ち替えながら言った。
「そうですわね。ここしばらく無かったことでしたから」
淡々とした口調で美咲が答えた。
「どこに行くの、みっさ?」
「バリへ。2週間ほど」
「久しぶりに家族水入らずで過ごせるじゃない。いいな~」
「取れないはずだった父の休みが急に取れた所為ですわ」
「みっさのお父さんって、確か大企業の会長さんだよね」
「どうでもいいことですけどね」
他人事のような口調で美咲はつぶやいた。
「また、そんなこと言って。一人娘でしょうが」
「それを言ったら
ぷくっと綾那はふくれた。
彼女は聖メサ・ヴェルデ学院初等部に入ってすぐからの知り合い。
付き合い始めて5年目になろうとしていた。
同じクラスなることは数えるほどしかないが、彼女と行動を共にすることが多かった。
いや、彼女の方が一緒にいようとしているのかもしれない。
「そんな一般庶民と旧家の血筋じゃ全然違うわよ」
美咲の表情が曇った。
綾那は自分の家柄を見て付き合っているのではない。
それはわかっていても、彼女の口からこんな言葉が飛び出すのは悲しかった。
「・・・・」
「いずれはお父さんの仕事を引き継ぐの?」
彼女の問いに美咲は答えに詰まった。
だいぶ間をあけて、ぽつりと言った。
「あまり考えたくはありませんが。そうなるでしょうね」
将来のことなどどうでもいいと思いたかった。
自分の人生のレールは確定しているのだ。
それにあがなおうなど、する気もできるはずもなかった。
せめて親友の綾那と一緒の時だけは考えたくなかった。
普通の女子高生のように、何気ない会話を楽しみながら過ごしたかった。
「もうやめにしませんか、こんな話。せっかく街まで出てきたんですからどこかでお茶でもして」
「そうね。冷たいものでも飲みたいね」
「STC Shopで今年の新作フランペチーノが出たという話ですわよ」
「誰からの話?」
「大西からですが。なにか?」
きょとんとして綾那の方を見ていた。
普通どおり言ったつもりが、綾那は『あ~あ』と手で顔を押さえ、立ち止まった。
「大西さんも大変ね。なんでそんな1コーヒーショップの新作情報まで詳しいのぉ?」
「執事としては当然ですわ」
涼しい顔で答える美咲に一般人の常識は通用しないことはよくわかっていた。
それでも言いたい気持ちはおさまらず言葉がつい出てしまった。
「あのね~高校生が執事を連れて学校へ来るんじゃありません」
「ダメですか?」
「ダメとかそういう問題じゃくなくて」
「いれば何かと役には立ちますし、あなたが邪魔だというなら連れてきませんけど」
「邪魔とは言って……ない」
「では、いいではありませんか。ご用の際は何でも言いつけてくださいな」
「そういう意味じゃなくて~」
「どういう意味ですか?」
「・・・・」
「・・・・」
わざとやっているのではないにしろ、やはり感覚が自分とは全く違うと再認識せざるをえなかった。
ちょっとため息をつくと歩きはじめた。
距離を置いて美咲も綾那のあとに続いた。
100Mほど歩くと緑色のSTC shopの看板が見えてきた。
「あっ」
急に声を上げたので、美咲は駆け寄った。
「綾、何か?」
「ほら、あの男の子、かわいくない?」
ニコニコしながら同意を求める彼女に今度は美咲がため息をついた。
本当に子どもが大好きなのだ。
「どの子ですか?」
「あの、街路樹の影にいる子」
そっと指さした。
強い陽射しを避けながら立っているひとりの少年がいた。
「三つ編みしてチャイナ服着て、リュック背負ってる子」
「もしかして綾ってショタコンだったんですか?」
驚いているふうの内容なのに淡々とした声で表情も変えずに感想を漏らした。
「違うわよ。たまたま目についただけよ。もう」
「それは失礼。」
二人はその少年の様子をしばらく見守った。
「でも、様子が少し変ではありませんか?」
「変?」
「随分周りをうかがいながらキョロキョロしていますし。地図を片手に持っていますし、」
「旅行者?道に迷っているとか?」
「小学生の迷子かもしれませんわよ」
「ちょっと声、かけてみようか?」
「ええ。」
綾那と美咲は小走りにその少年に近づいていった。
「ちょっと、ぼく?どうしたの?」
「!?」
少年は急に声をかけられて振り返った。
外見が日本人ふうではなかったので、もしかしたら日本語が通じていないかもしれないと心配した。
「あ、えっと、日本語わかる?…わよね?」
「わかります」
にこっといい笑顔で笑い返した。
「さっきから地図とにらめっこしているみたいだけど、」
「この辺に不案内なので地図を見ていたんです」
「どこにいくの?」
「実はある学校に行きたいんです。けど、行き方がわからなくって」
「学校の名前はわかるの?」
「あ、はい。聖メサ・ヴェルデ学院高校に行きたいんですが」
「メサ!?」
「ヴェルデ!?」
「あれ?」
「・・・・」
「それって私たちの高校じゃない。」
ぐううぅぅぅ~と、大きな音でお腹の虫が鳴るのが2人に聞こえた。
「あっ」
少年の顔が真っ赤になった。
「くすっ」
「すっ、すいません。ちょっと急いで来たもので、昨日から何も食べてなくて」
「案内する前に、何か食べようか?」
「それがいいですわね。丁度お茶もしたいと思っていたところでしたし。STC shop ならサンドイッチとか軽食もとれるでしょうから」
「さ、行こう!」
綾那は少年の手を引っ張った。
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