ゆったりとした時間

「仕事場で出会ったのはおそらく間違いなさそうだがしかし、いつどこで、どういったときに出会ったかは検討もつかない」

「でも自分の部署の人間、ということはなさそうなんですよね」

「あぁ。さすがに、同じフロアで働いている人間なら気づく……はずだ」


 月島部長は自信なさげに答える。私も人の顔と名前を覚えるのは得意ではない。だから月島部長の気持ちは痛いほどわかる。


「……今後また出会うことがあれば、気づけるかもしれない」

「私も、一度しか見ていないのでアテにはなりませんが、御社に出入りする際には気を付けておくようにします」

「よろしく頼む」


 そのとき、料理ができたことを告げるベルが鳴った。月島部長は、立ち上がって歩き始める。私もそれに続く。


 数分後。私たちの目の前には、ほかほかの料理たち。月島部長は、目の前の料理と自分を見比べる私を見て目を細めた。


「……話は、食べ終わってからにしよう」

「あの」

「……ん」

「私、食べるの遅いですが」

「……気にしない。こちらが先に食べ終わってしまった時は、仕事のメールの返信でもしておく」


 月島部長はそう言ってから、至極不思議そうな顔をした。


「……別に、急かしはしない」

「すみません、今まで出会った職場の人って、食べるのが遅い人のことをよく思わない人が多かったもので」


 私がそう言うと、月島部長は小さく息づく。


「……こちらの妹も、どちらかというと食べるのが遅い方でな。慣れているんだ」

「あ、月島部長、妹さんがいらっしゃるんですね」

「……ああ」


 月島部長は答えながら、割り箸を割る。私も同じく割り箸を用意して、手を合わせる。


「いただきます」

「……いただきます」


 十数分後、先に食べ終わった月島部長は、先ほどの宣言通り、仕事のものだろう、タブレット端末を取り出して、何やら作業を始める。


 私はただひたすらに、のんびりと食べ続ける。職場の人たちと外食するときはいつだって、ピリピリした空気が流れていて、さっさと食べろっていう圧がすごいんだけど。今日は、一切それを感じない。


 せっかくおいしい料理だとしても、一緒に食べる相手によって、全然味が変わるような気がしてしまう。今日は、とてもおいしい。いや、元々多分おいしいお店なんだろうけれど。


 私が無事に食べ終わってお冷を飲んでいたら、月島部長がタブレット端末を鞄にしまった。私は、遠慮しながら声をかける。


「お待たせしました」

「いや、特に待ってない」


 月島部長がさらりと答える。そして言葉を続ける。


「職場ではなかなかメールの返信に時間をかけたり、アイデアを練ったりすることがしづらい。丁度よかったよ」


 そう言ってから、彼は私に向き直った。


「……それでは、具体的にこれからどうするか考えるとしよう」

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