待ちあわせ


 大藤さんもまた、「Wonderland Fantasy Online」のプレイヤーの一人だったんだ。大藤さんは、私より2歳年上のお姉さんだった。


 その話を私にしてくれた時、大藤さんははにかんで言った。


「仕事場で『Wonderland Fantasy Online』のヘッドギアをゲットできたって話をしたの、朝宮さんが初めてだよ。だって、結構職場の男の人たち、あのヘッドギア欲しがってたの知ってるし」


 そう、そうなんだよね。私も上司たちにその話をするのは憚られた。そんなプライベートな話をするほど仲のいい仕事仲間もいないけれど、職場内で「Wonderland Fantasy Online」が話題になっていたのは知ってるし、ヘッドギアを欲しがっていた人たちがいっぱいいるのも分かってる。


「うらやまれるかどうかは別として、ゲームの進行度とか、あとはやってもいないのに知識だけ押し付けたりしてくる人とかいるじゃん。オレの方がもっとゲームを楽しめるのにとか、ゲームの楽しみ方を分かってないとか言われるの、嫌だしね」


 大藤さんの言葉に、私は大きく頷く。確かに。だってゲームの楽しみ方は、人それぞれで誰かに指図されてその通りに遊ぶことが一番楽しいということは、全員には当てはまらないもん。


 休憩が終わる寸前、私たちは連絡先を交換し、夜中にゲーム内で落ち合う約束をした。大藤さんも始まりの街でとどまり続けていて、新しい街には出かけたことがないらしい。


 私はがぜん、仕事にもやる気が出てきた。元々仕事は全力で取り組んではいるけれど、気持ちが普段と違って軽い。休日出勤にも関わらず、とても軽い。幸せ。


 キーボードをたたく音も心なしか軽快に響く。私以外周りの誰も出社していないけど。いつもならすごく気が重いはずなんだけどね。早く仕事を片付けて、帰ってゲームしよう。そうしよう。


 私は予定の時刻よりも早く、上司から頼まれた仕事を片付けて、早々に仕事場を後にしたのだった。


 ゲームにログインしたのは、約束の時間の1時間も前だった。大藤さんを待つ間、私はカンナさんにチラシの話をした。


 店の宣伝のチラシを作ろうと思う。そう私が切り出すと、カンナさんはとても嬉しそうな顔をした。


「嬉しいねぇ、あたしたちの店のためにそこまで気を遣ってくれるのかい」

「いつもお世話になっていますから」


 私の言葉に、カンナさんは首を横に振る。


「あたしたちがしてやってるのは、部屋を貸し出していることくらいのことだよ。それ以外なんて、ほとんど何もしてないさ」


 しかもあの部屋は元々空いてたし、とカンナさんは豪快に笑う。ああ、こういう人が現実に私を取り巻く環境にいたらよかったのにと常々思う。


 カンナさんにどんなチラシにしてほしいか希望などをリサーチしていると、すぐに時間になった。お店の外から、声が聞こえてきた。


「ごめんくださーい、私、サランさんの友達なのですが……っ」


 来た! 大藤さんだ!



 

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