ヒナコさんとヒナタさん


 自分がこの店の料理のアイデアを考えたのだと言う女性は、ヒナコさんと名乗った。彼女はどこか恥ずかしそうに、私に言った。


「あの、あの。……ここ、座ってもいいですか」


 彼女が指さしたのは、私の向かい側の席。詐欺師さんを罠にはめるのは、少しお預けになっちゃうけど、お話はしてみたい。それに、もしここの店に詳しい彼女と仲良くなっておけば、情報が手に入るかもしれない。


 だったら、答えは1つ。それに、せっかく勇気を出して声をかけてくれたんだもん。私だってお話したい。


「もちろん、どうぞ」


 私がそう答えると、ヒナコさんは、はにかむように笑った。かわいい。彼女は鞄を持って席を立つと、私の向かい側にちょこんと腰を下ろした。


 ヒナコさんは私の手帳と羽ペンを見つめながら、うっとりした顔で言う。


「手帳も羽ペンも、いかにもファンタジー世界にありそうな見た目で面白いですね。今度、本の見開きページから、蝶々が飛び出すようなアイデアのスイーツを作れるか、聞いてみます」

「アイデアだしは、ヒナコさんがして、実際に作っている人は、別の方なんですか」


 私が尋ねると、ヒナコさんは小さく笑って答えた。



「わたしは料理の腕は皆無です。この店のメニューを実際に作ってくれているのは、料理が得意で料理が大好きな、わたしの知人にお願いしています」


 おお、ヒナコさんの知人。どんな人なんだろう。甘いもの好きな人。女の人かなぁ、男の人かなぁ。


「男性ですか、女性ですか」

「あ、男性です。わたしのいとこなのです」


 ヒナコさんは少しだけ胸を張る。なるほど、ヒナコさんの一族はきっと、創造性に長けた人たちが多いんだろうね。


「あ、あそこにいる、いかにもヤンキーっぽい人。あれが、ヒナタです」



 ヒナコさんの視線の先には、きれいな金髪の男の人がいた。あっちこっちの毛先をワックスで固めたその人は、あちこちのお客さんの様子を監視するように見て回っている。


 お客さんたちは、男の人が近くを通ると会話を辞め、通り過ぎると、ひそひそ話をする。ちょっと怖そうな見た目だもんね。


「ヒナタは、見た目で損しています。本当は、とてもやさしいです」


 あの強面の人が、こんな繊細なお菓子を作ってるんだ。


「ヒナタも、あんな怖い顔してますけど、不安なのです。ちゃんとみんなが料理を認めてくれているのか」


 私がヒナタさんって人を眺めていると、彼と目が合った。彼は、すごい目で睨んでくる。思わず、ごめんなさいって言いたくなる。


 ヒナコさんはそんな私たちの無言の攻防戦に気付いたのか、身を乗り出して、ヒナタさんに向かって小さく手を振る。ヒナタさんはそれに気づいて、驚いた顔をした。


 けれどそれは一瞬のことで。彼はすぐに、ずんずんとこちらに向かってきた。

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