詐欺師さんが来るとは言ってない


 アイテムを無事に作り終えたら、なんどかほっとしちゃった。これでとりあえずは、詐欺師さんと遭遇したって大丈夫だもんね。


 そうこうしているうちに、頼んだ食べ物が次々と運ばれてくる。よく、メニュー表に載ってる写真はすごく綺麗に盛り付けられてて、なんか量も多い気がしたりして、


「写真と全然違う!」


 というときがあるけれど、このお店の料理は違う。むしろ、メニュー表に載ってたものよりきれいなんじゃないかってくらい、素敵。


 ああ、小説のネタにしたい。私は思わずうなる。趣味で小説を書いている私は、映画とか演劇とか、何かを見ると、何か言葉では言えない何かを吸収できているような、そんな気がするの。このメニューたちにも、それを感じる。1つ1つのモノに物語が込められている気がする!


 私は慌てて夢幻手帳と夢幻羽ペンを取り出してメモする。ああ、忘れないうちにメモしないと、この輝く何かを言葉にして、手帳にとどめておかないと。忘れちゃう、忘れちゃう。


 私は羽ペンを全力で走らせて、メモを取り続ける。でも、適当なところで切り上げないと、折角の料理がおいしくなくなっちゃう。悩ましいところ。


 そんなことを考えていると、ふと視線を感じた。視線の先を辿ると、さっき私の隣の席に座った独り身女性がすごく興味深げに私と私の手帳を眺めているのが見えた。


 女性と目が合う。年齢は、私と同じくらい……に見えるけど私、人の年齢を顔で判断できない人間なんだよね。私と目が合ったことに気付いた女性は、小さく会釈した。


「あ、えっと……。ごめんなさい」


 小さな声で、女性が謝ってくる。そんな、謝ることじゃないのにな。


「いえいえ」


 しばしの沈黙。何か話しかけたほうがいいかな。私が考えていると、向こうから遠慮がちに声をかけてきた。


「あの。不躾な質問で申し訳ないのですが、このお店のメニュー、どう思われます……?」


 私は、首をかしげる。変なことを聞く人だなぁと一瞬思った。でも、彼女の表情を見て、考えが変わった。彼女は、俯いて、テーブルの下でスカートの裾をぎゅっと握りしめているのが見える。声も心なしか、震えているように聞こえた。


 私は、素直に意見を述べることにした。


「素敵だと思います」


 私のその一言で、彼女の顔が少しだけこちらに向いたような気がした。


「私は、お菓子作りに関しては素人です。ですから、この作品を作るのにどれだけの労力を費やしたか、それを私が推し量ることは難しいと思います。でも、作り手の人が一生懸命考えて作ったこと、そしてこのお菓子1つ1つに物語を詰め込んでいることは、よくわかります。私も物語を作るのが好きだから、分かります」


 私の言葉で、女性は顔を輝かせた。


「本当に……? 本当に、素敵だと、思ってくれますか……?」

「もちろんです」


 私はそう答えつつ、少し疑問に思う。この人、なんでこんなこと聞くんだろう。もしかして、この人の知り合いがこのお店の料理作りを担当しているのかな。


 そんなことをぼんやり考えていた時、意を決したような表情をして、女性は言った。


「あの。……実はわたし、この料理を考案した人間なのです」


 ああなるほど、この料理のアイデアを作った人、だからか。……って、ええーっ!?

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