第123話 笑顔の裏にあるもの

 樹たちの活躍もあってか、王都は、平和な日々が続いていた。


「マスター、暇だ!」

「いいじゃないか。俺たちが暇なのは、この国が平和ってことだ」


 リビングのソファーに身を委ね、シャルが淹れてくれた紅茶を啜っていた。


「旦那様が家に籠り切りなのも珍しいですね」

「まあ、働き過ぎは体に悪いからな」


 ディルクが掃除しながら言った。


「旦那様、最近笑顔が増えてきましたね」


 遠巻きに見ていた、セザールがアリアに向かい言った。


「そうですね。最初に比べたら、だいぶ笑顔が増えましたね」

「この屋敷も、最初は私と旦那様と、アリアの三人でしたから、その頃が懐かしいです」


 セザールも目を細めて笑った。


「シャルさんが増え、そこから徐々に住人が増えて行きましたからね」

「私も、もう年です。最後の主だと覚悟して参りましたら、こんなに楽しい職場は初めてです」

「私も、まさか冒険者に引き戻されるとは思いませんでしたよ」


 アリアは苦笑いした。


「それが、今は世界で二人だけのSSランク冒険者なんですから、大したものですよ」

「これも、樹さまのお力があったからこそですよ。私、一人では、ちっぽけな人間ですから」

「その言葉、旦那様も同じことを言っておられましたよ」

「えっ!?」


 アリアは驚いた表情をした。


「今の俺があるのは、アリアのおかげだ。一人では守れなかった人達を、アリアと二人だったから救えたんだと、仰っていました」


 セザールと酒を酌み交わした時に、樹が酔っぱらって言った言葉だ。

本人は、まったく覚えがないようだが。


「樹さま……」

「きっと、それが今の旦那様の笑顔に繋がっているんでしょうな」


 ソファーで、シルフィルと談笑している樹を見て、微笑みを浮かべた。

亀の甲より年の劫ということか、セザールには全てを見透かされていると、思うことがある。


「旦那様はまだ若い。それなのに、色々な重たいものを背負い過ぎている」

「確かに、そうですよね」

「過去に何かあった人ほど、ヘラヘラとした笑いを浮かべるものです。最初の旦那様もそうでした」

「言われてみれば」


 アリアにも思い当たる節はあった。


「でも、今の旦那様は心から笑っているように見えます」

「はい」

「アリアやシャルを始めとする、様々人との出会い。旦那様を慕っている人、助けれた人たちとの出会いが、旦那様を変えたんでしょう」


 事実、樹が王都に来てから、何人もの人生を救ってきた。

ひとりひとりの人生に向き合い、決して途中で投げ出さない、その行動は、確かな評価を受けてきたのだ。


「凄い方ですよね」

「凄いという言葉では片付けられないほどのお方です」

「はい、私も近くで見てきましたからこそ、分かるつもりです」

「人のために本気で怒って、それをどんな権力を持った相手にも怯むことなく、立ち向かう。そんな方、初めてお会いしました」


 セザールの長い人生でも樹は特別な存在だと思った。

だからこそ、樹に執事生活の最期を捧げようと。

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