第3話 ライド・アラングルドの伝説

 尋常じゃない力の衝突。オレ達は一瞬で吹き飛んだらしい。


「かっ……はぁ……」


「ライドさん! 良かった!」


 仰向けに寝転ぶオレの眼前に広がるウィンの心配事が晴れたような明るい表情。身体を見れば傷は全て癒えている。汚れてはいるが。


「オレは……。少し、気を失っていたのか」


「だらしねぇんだよ、お前は」


 頭上の見えない所から馴染みの声がする。生きていのか。


「大分、ヤベぇけどな……もうバッキバキだ」


 グッと起き上がる。不意に「あいててて」と声が漏れた。我ながらジジくさい。


「ライド、俺とウィンの話を聞いてくれ」


「はぁ? なんだよこんな時に。オレがむにゃむにゃしてる間にデキたのか?」


 ガツン!!


 思っていた通り、リダズの大きくて硬い拳がオレの頭を揺さぶる。多少の痛みの後からスーッと、頭が冴えていく。そうだ、これだこれ。


「ふざけんな」


 頬を赤らめたウィンがドギマギと視線を泳がす。言わないでおいてやるが処女バージンか? お前。


「まあ、いいか? 良く聞け」


「んな事より魔王アイツは?」


「今、ムルディスト、トラモント、それにザイモールが相手をしている。かなり弱っている。チャンスだ」


「なら、加勢にいかなくちゃな!」


 よっこらせっとジジくさい間の手を入れ、立ち上がる。何時までも安置での垂れている場合じゃねえ。オレは鳴り響く轟音の中へ今にでも飛びこんで行きたかった。


「いいから! 聞け!」


 リダズは肩を掴んできた。いてぇ。ほんと、無駄筋だろこいつ……。


「ああ、もう。はいよ」


「魔王アイツは逃げない。だから聞いてくれ」


「わかったって、早くしてくれ」


 すると、ウィンが言いにくそうに口を開く。何だ? まさか、オレとデキたかったのかこいつは。

 まさかな。


「私はね、今日、この日の為に賢者になったんだ……。代々、魔王が復活したら封印の礎となるのが賢者の定めなの。でもね、やっぱり私なんかじゃ力が足りないみたい。ごめんなさい……」


 涙を流し、懺悔するウィン。可愛い顔が台無しだ。オレまで泣きそうになる。


「だから、俺が行こうと思っている」


 ……はぁ!? 一体コイツは何言ってるんだ。


 だけど、リダズの眼は本気だ。


 オレは、受け入れられなかった。急に目の前が塞がれる、魔王なんかよりも余っ程、絶望的な壁がオレを塞ぐ。


「なら、何とかすりゃあ良いじゃねえか!」


「無理なんだ!!」


「何でだよ!! 何でお前がッ!!」


「俺はな、この事を覚悟していた。お前らを集めた時からな」


「それでもお前が行く必要なんてあるのかよ!? なんでお前が行くんだよッ!!」


 ……オレは気付かないうちに涙が溢れていたらしい。オレは、リダズを失いたくない。その強い気持ちがそうさせたのだろう。


 リダズはオレの顔を見て苦虫を噛み潰したような顔をする。湿気た面だった。


「ごめんなさい……」


 ウィンが滂沱の涙を流し、泣き崩れる。子供の様に泣きじゃくっていた。オレももう、涙腺の崩壊が止まらない。止めらない。





 ……決めた。






「……オレが行く」


「てめぇ!! 何言ってんだ!!」


「うるせえ!! お前なんかよりオレの方が上手くやれんだよ!!」


「……俺はな、お前に最期の別れを言うつもりだったんだ。わがままを言ってアイツらには待って貰っている。もしお前に行かせでもしたら、これからどの面下げて生きていけばいい? 分かるだろう? この気持ちが。だから、行かせろ。……俺に、行かせろ!!」


 リダズは吠える。オレはボルテージの昂騰に少しだけ気圧され、竦む。


「っ……嫌だ!! オレはッ!! お前をッ……。」


 こんな時に限って上手く言葉を紡げない。オレまでもガキみたいに泣きじゃくった。何が悲しくて、何がここまでオレをここまで駆り立てるのだろう。


「なら、お前を黙らせて行くまでだ」


 リダズの眼にはオレへの殺意ともとれる闘志が満ち満ちていた。


 そこまで、覚悟していたのなら、黙って消えてくれた方がマシだったのかもしれない。


 でも、リダズのその優しさがオレに選択肢を与えてくれている。


「もうやめてよ!! 二人共!!」


 泣き叫びリダズに縋り付くウィン。もう、オレ達は止められないのに。


「どけ、ウィン」


 リダズはウィンの手を払い除ける。


「うぅぅ……」


 オレは涙を拭い、鼻をすすり、リダズに言う。


「今日もオレの勝ちだけどな」


「一撃で終わらせてやるよ、かかって来な」


「元よりそのつもりだ時間、ないんだろ?」


「泣いてたお前にしちゃ分かってるじゃねえか」


「てめえっ!!」


 こんな時にすらリダズはオレの嫌な所を突いてくる。相変わらずの野郎だ。でもオレは、そんなお前に生きていて欲しい。その為に、お前リダズをぶっ倒す。


 オレはリダズから少し間を空ける。


 眼を閉じ、深く深呼吸をする。


 この決闘は男の業。


 逃れられない宿命。


 オレ達は出会った時からいつかこうなる運命だったのかもしれない。


 それは、受け入れよう。


 今のオレにやれる事。


 それは全力でリダズをぶっ倒す事だ!!


 オレは開眼する。そして、唱える。


「サラマンダー! ウンディーネ! バベル! ナボリス! オレに力を貸せ!!」


 お前リダズが見せてくれたように、オレの奥の手をお前に見せてやる。


「エレメント・シンフォニア!! トリメス! アッソー! ロッシュ!」


 オレは今までで一番の力をコイツ(リダズ)に放とうとしている。こんなんで死ぬ奴ならここで死んだ方が良い。オレは、そう思った。オレはコイツを本気で尊敬している。そんなオレが全力を出す事が、コイツに出来る最後の……。


「ライドさん!? やめて!!」


「来い! ライドオオォォッッ!!!」


 リダズは叫ぶ。鬼の様な形相だ。


「エムロードトルナードオォォッ!!」


 無数に輝く属性刃をリダズ一身に目掛けて放つ。


「極纏気ィ!! 大聖天掌波アァァ!!」


 リダズまでもが最高の力を撃ち込んでくる。今更驚きはしないが、お前めちゃくちゃつよくなったな。


 それにしてもオレ達、本当に馬鹿だよな。この後大一番の仕事が残っているんだぜ?


 オレは昂る感情に任せ、渾身の叫びを上げる。


「くたばれェェエエ工!!!!」


「お前がなアアァァアアア!!」


 チュゥウウウ……ズドオオオオオオオォォォオオンッッッ!!!!



 最後の……恩情だ。



 ーーー


 オレは完全にリダズを押し潰した。一瞬でリダズを吹き飛ばした。


 瓦礫の中の筋肉達磨が何故か笑いながら横たわっている。


「お前……手を抜いたな?」



「いや、オレは本気だった。お前が強くなっただけだろ」


「そうか……。ようやく、俺も、お前に……近づけたか」


 気力を振り絞り、オレに告げた。リダズの首がガクンと力無く項垂れる。死んだ訳では無いタフな野郎だ。


 最期の別れになるかも知れないのに、情けない奴だ。やっぱり無駄筋だ。


「ふっ……」


 こんな時に笑わせんなよ全く。


「ウィン、オレに力を寄越せ。こんな情けねぇ奴には行かせられない。……オレが行く」


 勢いづいているのは分かるが、自分を見失っている訳では無い。


 オレは、本気で覚悟を決めた。


「本当に……行くんですか……?」


「男に二言は無い」


 キッパリ言い放つ。退路を断つために。


「わかりました……」


 ウィンはそう言うと諦めたように力をオレに与える。次第に薄れていくウィンの身体。


「お前っ!? 消えるのか!?」


「はい……賢者ですから……」


「やめろっ!!」


 ブゥオンッ!!


「きゃぁ!」


 オレは力を開放し、ウィンを吹き飛ばした。薄れているが息をしている。


 どうやら今の一撃で根気が尽き、気絶したようだ。


 オレはとことん悪者だな。まあ、起きた後にでもオレを責めるといいさ。


 それに、ウィンまで犠牲になることは無い。こんなにも迸っている力があれば十分やれる。


 いや、やってみせる。


 ーーーー


 轟音の元へとすぐ様向かう。爆音、衝撃音。ひたすらに強い力がぶつかり合う音が聞こえる。


 戦場特有の、ドウドウと低音の効いた歓迎のファンファーレ。


 オレは一度、このパノラマを俯瞰した。この世界の光景を記憶に染み込ませる。


 未練は、無い。唯一気掛かりがあるとすれば故郷のルーシアとディンだ。


 オレが居なくてもやっていけるのだろうか。まあ、オレなんて普段から居ないも同然なんだけどな。やっていることと言えばディンに剣を教えているくらいだ。アイツは筋がいい。真っ直ぐで力強い。オレとはまた異なる力を感じる。


 道を、踏み外すなよ。


 それに、ルーシアの事だから上手いことやってくれるとは思っている。なんせ、オレの選んだ女だからな。普段から感謝はしている。口には出さないが。


 今更、照れ臭くて言える訳ないだろ。だから今、ここから伝えておく。


「ありがとう」、と。


 ……おっと。縁起でもない事を言ってしまった自覚はある。オレは生きて帰るつもりだ。ノスタルジックな気持ちになっている場合じゃない。


 すると、見たことの無い金色の悪魔の様な男がオレに気付く。ザイモールか? 三つ首の所の衝撃。その力が今のお前から放たれた力によるものなら合点が行く。


 いや、恐らくそうだったのだろう。ようやく、その力を手にしたんだな。お前の劇的な成長ぶりにはオレも鼻が高いぞ。


「っ!! リダズさ……ん? ライドさんっ!?」


「何故!? リダズさんはどうしたのですかっ!?」


 ザイモール、トラモントが焦りながらもオレに問う。目を離す隙は無い。魔王は絶賛悪足掻き中だ。


「あのだらしねぇ筋肉達磨はあっちで伸びてるぜ」


「な、何があったんですかっ!?」


 ザイモールが驚く。思った通りの反応だ。単調で思うがまま操れる。どれ程成長しようが、相変わらず面白い奴だ。


「オレがぶっ飛ばした! だからオレが行く!」


「「「ええええええええっっ!?」」」


 魔王を食い止めていた三人が叫ぶ。無理もない。リダズから聞かされていた話と全く違うからだ。


「そんな驚かずに聞いてくれ。オレはだらしないリーダーの代わりに魔王アイツに全力の力をぶち込む。頼む、お前ら。道を作ってくれ」


 そう。残された力、これ以上は無駄に扱えない。最後の一撃に全てを懸ける……。


 三人は顔を見合わせる。


(……まだ行けるか?)


 と。そして、三人は力強く頷いた。


 そうだ、それを待っていた。


「どうか、お任せを!」


 ザイモールが力強く進言した。


 オレは頷き、睥睨する。力無い、ぐちゃぐちゃでベチャベチャな肉塊の様なグロテスク魔王を。それは何となく、蜘蛛の様な気持ち悪い蟲のような姿をしていた。悲哀と憎悪に満ちた剥き出しの顔がとても気色悪い。


 ムシケラムシケラ言ってたけど、お前が一番蟲じゃねえか。


 さぁて、昇天の時間ですよ。


 オレは、魔王へと歩みを進める。


 ドゥンッ!! ドゥンッ!!


 攻撃は全て三人が相殺してくれる。辺りが煙るのはご愛嬌だ。そして、静かに気を磨とぐ。


「あぁ……!!来るな、来るな来るなアアアアァアアッッ!!!!」


 ボウッ……。ズドオオォォオオッッ!!


 目の前に怒涛の闇が放たれる。流石に間欠泉の時より力は弱まっているな。だが、今のオレがこれを防ぐ訳にはいかない。


 オレは歩みを止めない。コイツらを、信じているからだ。


 すると、ムルディストが目の前を塞ぐ。


「イケエエエ!! ライドオオオオ!!!」


 ムルディストがフルバーストで身体中から力を解き放つ。


 いや、それ魔王死んじゃうだろ!?


 あっ、不死か……。


「キエエエッエエイッ!」


 魔王が絶叫し、力を強める。ムルディストが押され始めた。流石にキツいか。


「ライド、後は頼んだ」


 何故かムルディストの言葉が流暢に聞こえた。


 刹那、眩い光がオレ達を包む。ムルディストがやりやがった。


「ムルディストオオォオオオッ!!」


 お前まで、逝こうとするんじゃねぇ。オレは叫んだ。


 すぐに光が収まった。魔王の力は消し飛んでいる。目の前にはムルディストのガラクタのような残骸。辛うじて首が繋がって残っている。


「ダイジョウブダ、モンダイナイ」


 残骸から、コアが姿を覗かせていた。


「ふはっ!」


 思わず吹いた。どいつもこいつも驚かせやがって。


「ムルディスト、装甲剥ぐ手間が省けて良かったじゃねえか! 生まれ変わるの、楽しみにしてるからな!」


「キタイニコタエテミセヨウ」


 良い奴だ。出来るならば、もっと、違う出会い方をさせて欲しかった。


 陽気なムルディストを背に、オレは再び歩む。


「ヒエッ」


 ピュンっと一閃魔王が放つ。オレを目掛けて飛んでくる。片手で弾き飛ばそうとしたその時、


 キュイン!


 トラモントがいとも簡単に垂直方向から一閃放つ。華麗な美技だった。オレにはそんな真似、出来そうにない。


「ライドさん、行ってください」


「助かった」




 そして、もう一度だけ言う。





 どうやらオレはしくじったらしい。






 ……魔王コイツの倒し方、聞き忘れちまった。


 誰か教えて?


 小さなコアだけの状態になった魔王を見下ろす。


 何? 普通に剣ぶっ刺せば良いの?


 《気を付けて……その力で芯を貫けば貴方も魔王に飲み込まれてしまいます》


 オレの疑問に反応するかのように女神の声が届く。


 やっぱりか。まあ、少しの間旅行に行く気分で飲み込まれてやるとするか。



 ゆっくりと剣を掲げ、眼下の魔王へと一心に振り下ろす。




 皆、元気でやれよ。


 いつか、必ず帰るからな。




 じゃあ、ちょっくら行ってくるわ!!


 長い休みになりそうだぜっ!!




「オラアアアアアアッッ!!!」

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