【新説昔話集#9】桃太郎前夜

すでおに

桃太郎前夜

 むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさんがいました。

 おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました・・・ん?山へ芝刈りに?


 川へ洗濯に行くのは分かります。しかしなぜ山へ芝刈りに行くのでしょうか。芝が欲しければ近くの野原へでも行けばいいでしょう。ましてやわざわざ山の芝を刈り揃える必要などないはずです。

 一体なぜ、おじいさんは山へ芝刈りに行ったのでしょうか・・・。



 その日もおじいさんは「山へ芝刈りに行く」と言って朝早くから仕度していた。

 いつもはおばあさんに起こしてもらい、朝飯を食べてもしばらくぼんやりしているのに、芝刈りの日だけは早起きしてさっさと布団をたたみ、おばあさんが起きる頃には着替えまで済ませ、朝飯を食べ終わるともう準備万端。「ごちそうさま」も言わずに玄関へ向かった。


「近頃は芝を刈るのも骨が折れるわい」

 握りこぶしでとんとんと腰を叩いているが表情はいたってにこやかで楽しくて仕方ないと言った様子。おまけに芝刈りのはずが鎌すら持っていない。

 最近すっかり目が悪くなり、ごぼうと薪を区別するのも一苦労のおばあさんはそんなことにはちっとも気付かず、いってらっしゃいと昼飯代わりのきびだんごを袋に入れて手渡した。


 きびだんごを腰につけたおじいさんは「それじゃあちょっくら、芝刈りに行ってくるべ」と家を出た。

 芝刈りに行くおじいさんはいつもご機嫌。その日は一段と日差しが強く、朝早くからうだるような暑さだったが、ちっとも苦にならない。

「今日もお天道様は元気だのう」

 まぶしそうに空を見上げると、足取り軽やかに畦道を歩いた。ただし芝刈りの日だけは、悪臭振りまく肥溜めがある道を避け、わざわざ遠回りするのだった。

 畦道を過ぎると山へ入った。山道は草木が生い茂り、初めは登るのに苦労したが、今ではすっかり慣れたもの。何度も通ったせいで道が出来、一直線にすいすい突き進む。

 やがて原っぱが見えてきた。まさに刈り入れ時といった芝生が青々と生い茂っている。この辺りで芝を刈ると思いきや、おじいさんは芝生には見向きもせずに通り過ぎた。

 そのままもうしばらく進むと、森の中にぽつんと立つ山小屋が見えて来た。お世辞にも立派とはいえないその小屋の前まで来て、とんとんと戸を叩くと「いらっしゃい」と中から若い女が現れた。

 おじいさんは「芝刈りに行く」とウソをついて女に会いに来ていたのだった。


 女は名をイネと言った。

 イネは百姓の家に生まれたが、両親が相次いで他界。イネはまだ幼く、身寄りもなくて畑仕事も出来ずに困っていた。

 するとそれを知った大人が寄ってきた。米や野菜を分けてくれ、親切な人だと心を許したとたん態度が急変。勝手に家に上がりこんで、あれやこれやといじくり回し、気がつくと家も田んぼも全部取られてしまった。

 追い出されたイネは、一人で野山をさまよい歩き、空き家だったこの小屋を見つけて住み着いたのだった。

 それ以来山から出ることなく、一人でひっそり暮らしている。


 そんなイネとおじいさんが出会ったのは1年ほど前のこと。

 その日おじいさんは川へ釣りに出掛けたのだが、しばらく歩いてから「しまった。わらじを履こうと脇に置いたままにしてしまった」肝心の竿を忘れたことに気が付いた。

 しかし、取りに帰るのも面倒だ、せっかくいい天気だからと、道沿いにある山に登った。久しぶりに来た山は涼しくて気持ちよく、気づくとずいぶんと高いところまできていた。


 すっかり暑くなって上着を脱ぎ、腹も減ったから腰を下ろして、きびだんごの袋を開けた。おじいさんはおばあさんが作るきびだんごが大好物で、出掛けるときの楽しみだった。

 さあ食べようと袋から一つ取りだしたちょうどその時、犬を連れた女が通りかかった。それがイネだった。

 顔はあどけなさを残しているものの明るさが感じられず、うつむき加減で、身なりもみすぼらしい。

 イネはそのまま通り過ぎようとしたが、犬が立ち止まった。おじいさんの持つきびだんごをもの欲しげに見つめている。イネが先へ行こうとしても、犬はきびだんごを見つめたまま動こうとしない。

 おじいさんもそんなに見つめられては食うに食えず、「食べるか」と口元に差し出してやると、犬は勢いよく食いついてむしゃむしゃほおばった。よほど美味しかったのか、すっかりおじいさんに懐いてしまった。


 おじいさんは嬉しくなってよしよしとなでながら「こいつに喰わせてやってくれ」と残りのきびだんごを全部イネにあげた。

 イネがうつむいたまま無愛想に受け取ると、犬はその袋に食いつかんばかりの勢いで腕にしがみついた。

 イネが袋から取り出してもう一つあげると、犬はまた美味しそうにほおばり、元通りイネに懐いた。

 イネと犬はそのまま去って行った。


 次の日、おじいさんはまた山へ行った。

 上着を忘れたから探しに行ったのだが昨日の場所で無事に見付かり、一息ついてきびだんごを食べようとしていると、またイネと出くわした。

 イネはおじいさんに気づいて自分から歩み寄り、挨拶なのかお礼なのか、すっと頭を下げた。昨日は愛想の一つもなかったのに。


 今日はなぜか犬と一緒に猿も連れていた。

 イネは昨日の帰り道、山道をふらついている猿を見付けた。群れからはぐれたらしく、不憫に思ってきびだんごをあげると、美味しそうにほおばってすっかり懐いてしまったのだった。

 せっかく会ったのだからと、おじいさんはまたきびだんごをあげた。

 その時イネは初めて「ありがとう」と口を開き、犬と猿にきびだんごをあげた。犬も猿も美味しそうに食べ、イネの後をついて去って行った。


 3度目はそれから数日後、おじいさんはイネに会いたくなって前と同じ時間に同じ場所に行った。


「こんにちは」

 案の定イネがやって来た。その日はイネの方から歩み寄った。


「今日はたくさん持ってきたぞ」

 おじいさんはきびだんごの入った大きな袋を見せた。


「そんなにたくさん。ありがとう」

 イネは初めて笑顔を見せた。

 犬と猿に1つずつあげ、もう一つを手のひらに乗せた。すると突然バッサバッサとキジが飛んで来て、手のひらのきびだんごをぱくっとくわえ、美味しそうにほおばってイネの側に止まった。

 きびだんごはキジまで懐かせていた。


 おじいさんが不思議そうに眺めていると「よかったら、私の家にきませんか」とイネが誘った。「きびだんごを頂いたお礼がしたいので。お腹もすいているでしょう」

 礼には及ばないが、確かに腹は減っている。それにまだ日が高くて、帰るまでには十分時間があった。


「それじゃあお言葉に甘えて、ちょっとだけお邪魔するか」

 おじいさんが誘いに応じるとイネは嬉しそうに「すぐ近くなので、案内します」と家に向かって歩き出した。イネの後に犬と猿とキジが続き、その後ろをおじいさんが歩いた。


 山道を少し進むと森の中にぽつんと立つ小屋が見えてきた。そこがイネの家だった。木や藁を積み上げただけの、ひと一人が住むのがやっとの粗末なもので、イネの暮らしぶりが伺えた。初めからおじいさんを連れてくるつもりだったのか、中にはすでに食べ物が用意されていた。


「このくらいのもので、すみませんが」

 山の草やきのこばかりでどれも美味しいとは言えない代物だったが、おじいさんはその気持ちが嬉しくて「うまい、うまい」と残さず全部たいらげた。


 イネは嬉しそうに微笑んだ。

 

 食べ終わるとおじいさんはイネの身の上のことを聞いた。

 どうしてここに住んでいるのか。家族はいるのか。歳はいくつなのか。

 あんなに愛想のなかったイネが、今はすっかりおじいさんに心を開いて、なんでも話した。

 子供の頃のこと、今の生活のこと。

 話しながらイネはそっとおじいさんの隣に座り、もたれかかるように寄り添って手を握った。おじいさんが握り返すと、やがて二人は見つめ合い、そのまま求め合うように結ばれた。

 全部おばあさんが作ったきびだんごのせいだった。


 おじいさんはその日以来、たびたびイネの家を訪れるようになった。おばあさんに「芝刈りに行く」と嘘をついてはきびだんごを持ってやってきた。イネも喜んでおじいさんを受け入れ、二人は情事を重ねた。


 しかしその日のイネはいつもと違っていた。見るからに元気がなく、おじいさんの顔を見ようとしない。

「どうかしたか」

 心配して聞いたがうつむいたまま。

「黙っていては分からん。何があったか言わんか」

 もう一度聞くとようやくイネは重い口を開いた。

「子供ができたみたい・・・」

 おじいさんは耳を疑った。

 おばあさんとの間には子供ができなかったのに。どうして今さら・・・


 自分には女房がいて、家もある。よそに子供が出来ても、育てることなどできるはずがない。頭を抱えたいのをこらえ、動揺をさとられまいと穏やかな笑顔を浮かべて言った。

「それはめでたいことじゃ。元気な赤ん坊を産んでおくれ」


 イネは意外そうな顔をした。女房がいると聞いていたから、見捨てられるのを覚悟していた。

「一緒に育ててくれるのですか」

 不安げに聞くイネにおじいさんは

「もちろんじゃ。なんせわしの子じゃからのう」

 それでもまだ安心できず

「でも、家の人に言えるのですか?」

「心配せんでも大丈夫じゃ。次に来る時までに話をつけてくる」

 それを聞いてやっとイネに笑顔が戻り

「よかった」

 と嬉しそうにつぶやいた。

「それじゃあ話をつけて、また来るから。身体には十分気をつけてな」

 おじいさんはそういい残して帰って行った。


 その日から、イネは少しずつ大きくなるお腹をさすりながら、おじいさんが来るのを楽しみに待った。

 しかしそれっきり、おじいさんが来ることはなかった。おじいさんはおばあさんのもとを離れることなどできるはずがない。これもまたきびだんごの力だった。


 それから月日が経ち、待つのを止めたイネは一人で赤ん坊を産んだ。元気な男の子だった。しかしイネに喜びなどなかった。おなかを痛めて産んだ子だったが、一人で暮らして行くのがやっとのイネに育てることなどできるはずがない。子育てのことなど何も知らないし、頼れる人もいないのだ。


 イネは生まれたばかりの赤ん坊を、おじいさんが置いていった大きなきびだんごの麻の袋にそっと入れた。産湯も使ってない赤ん坊を入れると袋は薄紅色に染まった。そして竹で編んだかごに袋を乗せ、近くの川へ行った。


 運命を分かっているのか、赤ん坊は火の付いたように大声で泣いた。

「ごめんね、本当にごめんね」

 イネは泣きながらかごを川に浮かべ、手を離した。

 かごはゆっくりと川を流れて行った。イネは見えなくなるまで手を合わせた。

 傍らでは犬と猿がその様子を目に焼き付けるかのようにじっと眺め、キジも空の上から流れて行く赤ん坊を見つめていた。


 その日は川の流れがとても穏やかで、さっきまで泣いていた赤ん坊はいつしかすやすや眠っていた。

 赤ん坊を乗せたかごはゆっくりと川を下り、やがて川下で洗濯をしているおばあさんの目の前に流れて来た。

「桃だ!大きな桃が流れて来た!」

 目の悪いおばあさんには薄紅色の袋が桃の実に、竹のかごが葉っぱに見えた。


 こんなに大きな桃が流れてくるなんて、なんと幸運なのだろう。

 おばあさんは慌ててその桃をすくい上げ、おじいさんと一緒に食べようと、嬉しそうに両手に抱えて家に帰ったとさ。


 おしまい

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