腐女子とバナナフィッシュ2(完全なるネタバレあり)


さて、前回触れた通り、栗本薫先生の「終わりのないラブソング」の挿絵の作者さんが吉田秋生先生だったことから

当然腐女子の私は、いつものように、性的興奮と精神的高揚両方得られる男同士の愛ありエロ本を読むつもり満々でバナナフィッシュを読み始めました。


しかし、読んで頂ければわかる通り、確かにこのバナナフィッシュの主人公のアッシュは、元男娼であることから、性的な描写は数多く出てくるのですが

私自身、邪な目で見ようとした事を悔いるくらい、この作品での性的描写は、徹底的に男の身勝手な一方的暴力として描かれています。


簡単に、この物語の主人公であるアッシュの生い立ちを話しますと

アッシュは、母が出て行き両親が離婚していたりなどの問題は抱えつつも、田舎町で育つ、お兄ちゃん子のごく普通の野球少年でした。

しかし野球チームのコーチをしていた地元の名士にレイプされ、その相手を銃で撃ち殺した事から彼の人生は狂いだします。

町にいれなくなり、10歳で家出少年になったアッシュはその美しさから、今度はディノゴルツィネという子どもを食い物にする小児性愛者のマフィアのボスに広われ、男娼として地獄の日々を送ることになるのです。


世界では、実際白人の子どもを誘拐し、児童ポルノに出演させ、人身売買組織に売り渡すという、信じられないような事が明るみになったりしていますが

私はバナナフィッシュを読むまで、こんな事が発展途上国でもない、一見平和に見える国で行われているなんて信じられませんでした。

漫画の中だけでなく、実際にそういう目にあっている子どもがいるという事を、真実として認識できてなかったんですよね。

バナナフィッシュは漫画だし、アッシュは実在しないのですが、この漫画はまるで、現実に彼らが存在しているようなリアルさがありました。



アッシュは、使い捨ての男娼から、その天才的頭脳と美貌をディノゴルツィネに認められ

ゴルツィネは彼を自分の後継者にすべく、裏世界の帝王学を教え、一流のものを与え磨き、アッシュを育てていきます。


漫画にはゴルツィネとのそうゆうシーンは出てきませんが、アッシュの敵だったオーサーが、兄貴のためにあんたのお相手してたわけかみたいな事言う場面があって

多分アッシュは、バナナフィッシュという薬の事を知る前までは、いつか自由になってやると反発しながらも、ディノゴルツィネとの肉体関係は不良グループのボスになってからも、強かに生きていくために継続してたんだと思うんですよね。


兄を殺され、親友のショーターまで失ったアッシュがゴルツィネと本格的に敵対した時

アッシュがディノゴルツィネのパソコンに、スパイウェアを仕込んでいて、お金を全て盗みだすシーンがあって

あの場面は、アッシュがゴルツィネの相手をしながらも、常に相手の寝首を掻くチャンスを伺っていたことがわかる、鮮やかな場面なんですが


多分現実には、子どもの頃暴力的な性的搾取を受けた人達の中に、アッシュのようになれる人なんてほとんどいないと思うんです。

この話しの場合、ゴルツィネのクラブで売春させられていた子ども達は、薬漬けにされ殆ど長生きできず死んでいきますが、現実に大人になるまで生きれたとしても、ずっとトラウマに苦しみ続けながら生きていく事になるんじゃないでしょうか。

私は実際にレイプされたことはありませんが、想像することはできても、実際された人間の恐怖と苦しみを理解することなんて、半分も出来ないだろうと思っています。


アッシュは、そういった苦しみや恐怖を与え続けられてきた弱者の体現者であり

その頭脳と精神力で、自分達弱者を性と暴力で支配してきた男達を平伏すことができる復讐者だと思うのです。

だからこそ、アッシュと同じような目にあって生きてきた、相反する鏡のような存在として描かれている月龍は

アッシュが冷酷な鬼となり、自分を虐げてきた男達の頂点に君臨することを望んだんだろうし

アッシュが、自分をセクシャルな目で見る男を誘惑し油断させぶち倒すシーンには、読んでいて爽快感を覚えます。


ただ、このバナナフィッシュの複雑なところは、アッシュが復讐の鬼となり、自分を貶めた男達をバッタバッタと倒していく話しじゃないところなんですよね。

私はそうゆう話も大好きだし、多分そうゆうストーリーは、結構沢山あると思うんですよ。


でもアッシュは、復讐の鬼にはなれなかった。

親友を失ったことで、一度は鬼になり、自分の仲間達を殺した敵グループの下っ端すら、容赦なく殺すようになりますが、それを咎め止めようとするのが、英二という存在なんです。


英二は日本からやってきた、元高飛びの選手だった少年です。平和な日本で、スポーツに打ち込んできたごく普通の少年。

アッシュは、俺もお前のようになりたかったと言い、英二を愛し守ろうとしますが、月龍は逆に、平和に愛され生きてきた英二を憎み、殺そうとまでします。

最終的にブランカやシンの言葉で、月龍は自分が英二とアッシュに嫉妬していただけだと気づくんですが(認めることはできてないです)

結局この月龍の嫉妬が、最後の悲劇に繋がるんですよね。


ただね、アッシュは英二と出会わなければ死ななかったかもしれないってのは、確かに正直あるなと思ってて

アッシュの生きてきた世界ってのは、隙を見せれば、殺さなければ殺される世界です。

人を殺める罪悪感さえ無くしてしまえば、アッシュは無敵のダークヒーローとして頂点に立ち、ゴルツィネも手玉にとって復讐を実現することもできたかもしれない。

でもアッシュは、英二という存在によって、そうなることを拒んだんですよね。

ブランカが月龍に言い聞かせるシーンで、あいつは憎んで覇者になるより、愛して滅びることを選んだという言葉があるんですが、この言葉がアッシュという人間の全てを表しています。


アッシュって、普通の世界に生きてたら、美少年だし頭もいいし運動神経もいい

少女漫画ならクラスの人気者な男の子。

腐女子界でいえばスパダリっていうんですかね

そうゆうキャラクターだったと思うんです。


ただ、彼が生まれた世界はそうではなかった。

幼い頃はその美貌ゆえ男達に力でねじ伏せられ性的搾取され

ゴルツィネに見染められ磨きあげられてからは、その並外れた頭脳と身体能力ゆえ、周りの人間達は、時にアッシュを崇め、憎み、欲しがり、アッシュ自身の気持ちなど無視されたまま、あらゆる感情や欲望の的になってきました。


もちろん、ショーターやスキップ、マックスやグループの仲間たちのように、アッシュを慕い助けようとしてくれた人達も沢山いますし、ブランカも最終的にはアッシュを救おうとします。

ただ彼らは、美しく天才で強い圧倒的な存在感を持つアッシュを見ていた。

アッシュが最初に心を開いた大人であるブランカですら、その才能と生い立ちゆえ、アッシュを、この世界でしか生きられない人間だと決めつけていた。


でも英二だけは違ったんです。

英二は、兄が出征した寂しさで泣き、ハロウィンのかぼちゃを怖がり

守られるべき時に誰にも守ってもらえなかった、傷つき涙を流す、無力な子どもでしかなかった幼いアッシュを彼の中に見つけ、その子を癒そう、助けようとしてたんじゃないかと思うんですよね。


そんな詳しくはないんですが、心理カウンセリングに、5歳だった自分を思い浮かべ、その時の自分に声をかけて抱きしめるみたいなのがあるんですが

英二は無意識に、アッシュにそれをやっていたような気がして


英二って、なんもできない足手纏いと思われがちだし、確かに前半はそういう部分もあったかもしれないけど

英二はアッシュと初めて会った時から、命がけでアッシュの役に立とうとしていたんですよね。

最初はアッシュのトラブルに巻き込まれただけだったのが、拐われ、レイプされそうになり、殺されかけ、アッシュが人を殺すところも沢山見てきた。

普通そこまでの目にあったら、もうここはプロに任せて自分は帰ろうってなると思うんですよ。


でも、ショーターを失ってアッシュが弱り果て、誰かに寄りかからずにはいられなくなった時、英二は君の側にいると言いました。

英二は自分の命が危険に晒されても、アッシュが望んでくれるならずっと側にいたかったし、それを実行したんですよね。

 

英二の言葉って、多分全部、アッシュにとって殺し文句だったと思うんです。

ショーターが死んだ時の、もしも君まで失ってしまうことになったらおかしくなってしまうから始まり

君の側にいる。君を失いたくない。

君のためならなんでもする。

君を守りたい。

ザッと並べても。もの凄い愛の言葉ばかりで、深く愛し合う恋人同士と言ってもいいくらいです。


ただ私は正直夫に対してそこまで思えてないんですが、似たような感情を唯一持つ相手がいて

私の場合、それは娘に対してなんですよね。


側にいて守りたいし、苦しんでいれば自分が変わってあげたいと思うし

躊躇いはしますが、わたしが死ねば娘が助かるという確かな保証があるなら、多分死ねると思います(いや、その前にそんな条件出す奴殺したいけど)

全ての親がそうではないし、成長するにつれ、子どもにあれやれこれやと望みだし、無償の愛とかけ離れてしまうこともありますが


アッシュと英二の関係って、相手にこうして欲しいとか、こうされたいとか

あらゆるエゴを切り捨てた、1番純粋な状態の無償の愛だったんじゃないかと思うんですよね。


私はBLエロ本大好きだし、性愛がブロマンスより下とか全く思ってないんですが(ブロマンスとは肉体関係のない男同士の深すぎる友愛関係のことです)

このアッシュと英二に関しては、互いに性的感情が全くなかったからこそ、美しかったし、人々の心を打ったんだと思っていて


人間てどうしても利己的だったりどうしようもなかったり、汚い部分があって、それもそれで泥臭くていいんですけど

あーなんかとにかく美しい愛の物語を見て心を浄化したい!となった時無性に見たくなるんですよね、バナナフィッシュって


最終回は納得できない人も多いけど、ラオがああゆう行動でたのも、結局シンへの愛ゆえですからね。

14歳のシンは、やっぱりボスになるにはまだまだ幼なすぎて

二人の仲間の様子がおかしいことにも気づけなかったし、ラオを納得させることも抑えることもできなかった。

やるせないけど、私は、ショーターを殺し、シンにまで銃を向けたアッシュを許せず、シンを死なせないために自分が死ぬの覚悟でアッシュを刺したラオを憎めないし

私はアッシュは、大好きな場所で英二の手紙を何度も読み、ずっと誰からも与えられることがなかった無償の愛を得ることができた喜びを胸に、幸せの絶頂で死ねたのだと思ってます。


とにかくこの物語には、人間のグロテスクなほど利己的な欲望や性暴力と

人間同士の、自分より他の誰かを愛し守りたいと思う純粋な美しさが描かれていて、ああこれはBLじゃないわと私は思ったわけです。


私にとってBLは、性的興奮と精神的高揚感を感じることができる愛あるエロ本なので

もちろん何度でも言いますが私は愛あるエロ本大好きだしBLは他ジャンルより下とか思ってないです。

でもやっぱりね、バナナフィッシュで性的に興奮はできなかった。むしろアッシュごめんなさいだった。


そんなわけで、とにかく私は、今まで見てきた愛あるBLエロ本とは違う、確実に深く相手を思いあっているけどそこに性的関係はない、女から見たら崇高にしか見えない男同士の新たな関係性が描かれたバナナフィッシュに触れ

私ははすっかり、あらゆる男同士の関係性マニアになってしまったのでした。


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