真夏の創痕
朔(ついたち)
あの日の真相
現実はいつも予定を裏切る。
まるで2020年の夏のように――。
*
例のコロナ禍による自粛生活と、それに伴う連鎖的な倒産で、国中から活気が消えて
友達――
宿無しになる前から俺は、酔いつぶれる度に、人の良い
お陰様で衣食住の不安は無い。俺はランチの配達を手伝う以外、特に何をするでもなく、日がな一日ごろごろしている。
*
「酒がないな……」
うだるような暑さから逃れようと、俺は冷蔵庫に首を突っ込んでひとりごちる。
ビールでも貰って来るとするか。俺はサンダルをつっかけて
「言ってくれれば取りに行くのに」
もう何度となく言った台詞だ。
こいつは変なところでプロ意識が強く、未だに俺を厨房に入れない。コロナのせいで客足は遠のいたが、デリバリーの需要は増えている。オーナーが不在の今、この店を切り盛りするのは
だが
「大丈夫だよ。僕はこう見えて力持ちなんだから」
そう言って玄関の上がり
キッチンの冷蔵庫にビールを移す。
「もうお昼だね。今日は何食べる?」
「う……ん。何か美味しいもの」
「んもう、そーゆーのが一番困る」
俺と話しながらも
オーナーはどうして、こんなか細い奴を残して行ってしまえたのか。
そんな思案など知らず、
*
「海にでも行くか?」
定休日でも
「いいよ。連れて行って」
珍しく
愚かな生き物を
容赦のない陽射しに晒された砂浜は、素足では歩けないほど熱く、潮を含んだ風が肌に張り付いて、不快指数を増していく。
それなのに、
俺は
オーナーが
あれはまだ、俺に自宅と呼べるものがあった頃。俺は店で酔い潰れては、
そんな日々が続いたある夜のことだ。
中年男の汚い尻と、彼に組み
見たくはないものの筈なのに、目を背けることも出来なくて、俺は
「どうしたの?」
「なんだか怖いよ?」
俺を覗き込む切れ長の目。長い
俺は無言で笑い返した。
俺は黙って、波打ち際を歩いた。
*
「「「おーい! 着いたぞー」」」
振り返ると、懐かしい顔ぶれが道路の方から歩いてくる。
「あれ藤木達じゃない? 呼び寄せたの?」
俺は無言のまま頷いた。奴らは以前の店の常連客だ。ダメもとで声を掛けてみたのだが、まさか全員揃うとは。
「取り敢えず何するべ?」
まずは記念に写真を撮ろう。そう言いだしたのは吉田だった。彼がスマホを掲げたので、俺達は海を背に横一列に並ぶ。
「おっと、密集・密接はダメだぜ、離れて離れて」
吉田の指摘に、俺達は苦笑いしながら並び直す。
「あー、それだと画角に収まんねーな。前後斜めに散ってくれよ」
インスタに嵌っている吉田は、とにかく『
「あと
吉田の言葉に、俺の2m斜め右後ろ辺りで、
「そうそう。じゃあ」
俺達のふいをついて『チーズ』も言わずにシャッターを切る吉田に
「あ、このヤロ、顔作ってる暇なかったじゃねーか!」
3人の中でも群を抜いて阿呆な田中が飛び掛かった。
おいおい、ソーシャルディスタンスはどうした?
思う間もなく、彼らは追いかけっこだ砂遊びだと、思いつく限りの幼稚な遊びに夢中になっている。もう誰も濃厚接触なんて口にしない。いや、そんなこと気にして何になる? どうせ人類はコロナに勝てないんだ。いずれ終わる命なら、何を
あっという間に日が落ちて、締めはやっぱり花火だった。
俺達はコンビニで買った安物の花火に次々と火を点けた。
それはやがて最後の1本になり、俺達はその先端がシューと音をたててススキの穂のように弾けるのを見守った。最後の花火は次々と色を変え、
俺達もいつしか無言になった。
家に帰りつく頃にはきっと、はしゃぎ過ぎたことを後悔するに違いない。
*
帰りは
シャワーもそこそこに畳の上に倒れ込む。
全身の日焼けに体力を奪われて、部屋の灯りを消すのさえ
夢の中で俺は
呼吸を整えようと仰向けになると、
腐ったオーナーの首になった。
はっとして見開いた目の一寸先に、俺を覗き込む生身の
「
自分の声に、恋人を呼ぶ甘さが
だが
どれほどの時間を俺達は見つめ合ったのか?
やがて
望んでいたのか、怖れていたのか。
夢と
*
オーナーの妻と名乗る女性と弁護士が店を訪ねて来たのは、それから数日後のことだった。
彼女によれば、毎月きちんと送られてきていた生活費が滞り、メール以外の連絡が途絶えてからひと月以上になるという。「夫の口座を確認したら、この近くのATMで何度もお金を引き出していた。彼の
その翌朝、今度は警視庁がやって来て、家宅捜索という程の手間も掛けずに目当てのモノを探し当てた。
それは厨房の奥にあった。
大型冷蔵庫の中の、オーナーの絞殺死体。
*
そして今。
俺は畳が腐った、トイレシャワー共有の木造アパートに住んでいる。
薄い蒲団に寝転んだきり、暇を持て余す毎日だ。やりたいこともやるべきこともなくて、スマホを手に取り、放置していたSNSを目的もなくチェックする。
そしてそんなことを繰り返すうちに、例の3人からDMが届いていたことに気がついた。
彼らから送られてきた記念写真――。
俺も、
パーカーを脱いで上半身を
その五線譜のような
まるでオーナーの
俺は死後硬直のように微動だにせず、その画像を睨み続けた。
その日以来。
俺はずっと待っている。
コロナか貧困か絶望か、それとも
誰かが俺を殺しに来るのを。
(了)
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